ウィンと皇帝 その2
ここで下がったら全てが終わる。何か言わねばならない。だが、言葉が出ない。皇帝はそんなウィンを冷たく見下ろしていた。
「今どんな気分だ? セレイス卿」
「……」
「監察使としては、それなりに役に立ってきた。小知恵も回る。ナルファストでは小ざかしく立ち回ったようだな」
「決してそのような……」
「だが、スソンリエト伯には手玉に取られ続けた。自分よりも賢い相手に翻弄された気分はどうだ? たまたま勝てたが、運が良かっただけだな」
「何もかもご存じなのですね」
「フロンリオンでの出来事は全て筒抜けよ。お前がカーリルン公に求婚したこともな」
ウィンは愕然として皇帝の顔を見上げた。皇帝は無表情でウィンを見下ろしている。
「そして今は、身分の壁を前に、何もできず無様に跪いている。小ざかしい小知恵では身分の壁は崩せぬ。それがこの帝国で生きるということだ」
「……」
「言い返すこともできぬか。どうだ? お前が見下し、背を向け、否定した身分によって行く手を阻まれる気分は」
「5年前に余に言ったことをもう一度言ってみよ。『権力も身分も要らない』と。その割には平民に戻るわけでもなく、中途半端な身分でふらふらと生きることを望んだのはお前だ。義務も責任も負わず、安楽な生活を選んだのはお前だ。凶状持ちのお前でも生きていける職を与えてやったのは誰か。余はお前の望みを叶えたのだぞ?」
「私が……」
「何だ?」
「私が……間違っておりました」
「何を間違えたと言うのか」
「私は逃げていました。義務や責任から」
「お前の弟たちがどうしているか、お前も知っていよう。あやつらは何をしている?」
「はい……」
「どうだ、義務を果たす気になったか」
「陛下の……御意のままに」
「帝室の藩屏として犬馬のごとく働くか」
「帝室にお仕え致します」
「ならば、『あれ』を渡せ」
「!?」
「『あれ』の在りかを言え」
ウィンは唇をかんだ。口の中に生臭い味が広がる。両手を床に付けていなければ体を支えられない。
「……帝都郊外の森に」
「よかろう。お前にどこぞの副伯領をくれてやる」
「……副伯」
「喜べ。またお前の望みを叶えてやったのだぞ」
「……」
「領主として民を統治し、軍役を負え。カーリルン公がやっているように。お前がカーリルン公に偉そうに『負え』と言ったように、義務を果たせ」
「御意」
「領地は宮内伯から追って沙汰する。下がれ」
ウィンはのろのろと立ち上がると、奥の間から退室した。後ろでピンテルの声がする。
「願え! 望め! さすれば与えられん!」




