ウィンと皇帝 その1
皇帝宮殿の奥深くにある皇帝の私室。ここは皇帝の他はごく限られた者しか入ることを許されない。あくまでも皇帝が1人でくつろぐための部屋である。
今、この部屋にいるのは皇帝と宮廷道化師のピンテルの2人だけだった。
「陛下、セレイス卿が面会を求めて参りました」
扉の向こうから、侍従長のマーティダが呼び掛けた。
「ここに通せ」
控えの間に戻った侍従長が、ウィンに声を掛けた。
「奥の間でお会いになるそうだ」
「……」
控えの間から奥の間に向かう間、侍従長は何も言わなかった。
ウィンが入室すると、ピンテルがはやし立てた。
「問題児の監察使のお出ましお出まし~」
「やあピンテル卿、お久しぶり」
「この世でただ1人、私を卿付きで呼んでくれる監察使に助言を一つ。願え! 望め! さすれば与えられん!」
「ピンテル、控えよ」
皇帝に制止されると、ピンテルはわざとらしく両手で口をふさいで壁まで後ずさりした。
皇帝は深々とした椅子に座り、ぶどう酒を傾けていた。ウィンはその前まで進むと跪いた。
「カーリルン公への正使、確かに果たしました」
「うむ」
「……」
「どうした。用が済んだなら下がれ」
「……陛下にお願いがございます」
「ほう、セレイス卿が余に願いとは、珍しいこともあることよ」
皇帝は跪くウィンの後頭部を見下ろして笑った。まだ顔を上げる許可は出ていない。ウィンは床を眺めつつ、上から降ってくる皇帝の言葉を受け止めた。
「まあいい。面を上げよ。どんな顔をしているか見せてみよ」
ウィンが硬い表情の顔を上げる。
「いつものへらへらした顔はどこに落としてきた」
「陛下に、勅許を賜りたく」
「勅許?」
「カーリルン公を貴賤結婚の対象外とする勅許を賜りますよう」
「できぬな」
皇帝は冷たく言い放った。即答だった。ウィンの顔から血の気が引いた。これがウィンの唯一の可能性だったのだ。
「勅許は乱発するものではないのだ。ステルヴルア家には一度与えている」
「そこを曲げて、なにとぞ」
「くどいな。ラエウロントには、長年の忠勤への褒美として与えた。現カーリルン公は勅許に値する功績を挙げたのか? ステルヴルア家だけ優遇するわけにはいかぬ」
その点を突かれると痛い。何も言えなくなった。
「終わりか? ではカーリルン公への正使、ご苦労だった。下がれ」




