交錯
エメレネアは宮殿の廊下を歩いていた。長い足を規則的に、小気味よく動かして歩いていた。
前方に、ボルティレンが立っていた。壁に背を付けて、立っていた。
エメレネアは一瞬眉をひそめたが、彼には気付かなかったという体で通り過ぎることにした。彼に用はない。
「どちらに行かれるのですか、侍女殿」
「執事殿には関わりないことです」
ボルティレンがエメレネアの目を見てほほ笑んだ。彼の整った顔がエメレネアの癇に障る。顔は笑っているが、目は全く笑っていない。常に周りを、目の前のものを、観察している。冷静冷酷に見透かそうとしている。その油断ならない目が不快だった。
「セレイス卿は公爵にどのようなお話を?」
「執事殿には関わりないことです」
「これはつれないお言葉だ」
ボルティレンは改めてハハッと声を出して笑った。やはり目は笑っていない。この男は危険だ。
「もしかして……公爵に求婚でもされましたかな?」
嫌な男だ。全て分かった上でこちらの反応を確かめている。楽しんでいる。だが、この程度の揺さぶりで考えを表情に出すほどエメレネアは甘くない。
「執事殿にお話しすることは何もありません」
全く表情を変えず、返答を拒絶する。
ボルティレンもまた、この程度で彼女から反応を引き出せるとは思っていない。ボルティレンなりに、彼女を高く評価していた。取りあえずは、「彼女が揺さぶりに反応しない」ということを確認できただけで十分だった。
「そうそう、セレイス卿は大慌てで出ていきました。これからどうするつもりなのか、楽しみですね」
ボルティレンはそう言うと、エメレネアに背を向けて歩き始めた。




