決断 その2
アルリフィーアは執務室で決裁に追われていた。
領民同士の問題は、村の中で収まる場合は村長、村同士なら領主が対応する。領主同士の問題や領民が領主を訴えた場合も、多くはベルロント管轄下の行政機構が処理する。財務関係も人事関係も、慣例にのっとったものや月次、年次処理するものは家臣たちが受け持つ。
それでも公爵自ら決裁すべき事項は多い。そういう案件に限って慎重な判断が求められたり、背後関係が複雑で問題点を理解することが困難だったりする。普段はベルロントが脇に控えており、質問に答えるなどしてアルリフィーアの業務を支援するのだが、このときは所用で離席していた。今はエメレネアだけが執務室に控えている。
アルリフィーアは唇を尖らせて、眉間に皺を寄せながら書類に目を通していた。領主同士の諍いについて、公爵に仲裁を求める文書だった。話が複雑過ぎて、どこでどう話がこじれたのやらさっぱり分からない。「3代前にさかのぼる両家の因縁が……」など、「そんなこと知るか!」と言いたくなる。
アルリフィーアが書類を破り捨ててやろうかと考えていたとき、執務室の扉をたたく音がした。
エメレネアが扉を明けると、執事のボルティレンが立っていた。彼はエメレネアを冷たく一瞥した。エメレネアもまた、醒めた目でボルティレンを眺めた。そんな2人に、アルリフィーアは気付いていない。
「セレイス卿が公爵に面会を求めておいでです」
「セレイス卿が?」
「ぜひ公爵にお取り次ぎください」
2人とも、言葉は丁重だが温かみに欠けている。「少々お待ちを」と言って、エメレネアはいったん扉を閉じた。
「公爵、セレイス卿が面会を希望されているそうです」
「何じゃと!?」
アルリフィーアは落ち着きを失い、立ち上がるや室内を歩き回り始めた。
「で、ではここに通せ。いや待て。エメレネア、この服は変ではないか? 髪はとかした方がよいかの?」
「お召し物はとても素敵です。髪は少しお整え致しましょう」
普段は寝癖が付いたままでも頓着しないアルリフィーアが、この期に及んでまだ見た目を気にすることにエメレネアは驚いた。
アルリフィーアの髪を整えると、エメレネアは再び扉を開けてボルティレンに話しかけた。セレイス卿を執務室に通すように、と。ボルティレンはわざとらしく礼をすると、去っていった。
「ウィンは……セレイス卿は一体何の用じゃろ。帰るというのかの。やはりとどめ置くのは無理があるしの」と言いながら、アルリフィーアは部屋の中をぐるぐると回った。落ち着かないこと甚だしい。
「公爵、私は次の間に下がっておりましょう」と、エメレネアは退室しようとした。
「待て! エメレネア、ここにおれ。いてくれ」
「しかし……」
「2人になったら泣いてしまうかもしれん。頼む、ここにいてくれ」
既に泣きそうな顔で懇願されては断れない。こんな顔を見せられたら、任務とは無関係に女として助けてやりたいと思うしかなかった。
扉の向こうで、ボルティレンがウィンの来訪を告げた。
「入るがよい」と、アルリフィーアは威厳を込めて答えたが、語尾が少し上ずった。




