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居眠り卿と純白の花嫁  作者: 中里勇史
ナルファスト公国へ

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アディージャ

 ナルファスト公国に接する帝国直轄領の街の娼館に、アディージャという娼婦がいた。しばらくこの街で稼ぐため、彼女は自らこの娼館にやって来た。


 彼女は、ある伯爵領の街の娼館で娼婦の娘として生まれ、育った。

 母は少女のときに娼館に売られて娼婦となった女で、肉付きが良かったために妊娠に気付かなかった。本人は知っていて黙っていた節があるが、ともかく周囲にはバレなかった。周囲が妊娠を悟ったときには堕胎のしようがない時期になっており、生むことになった。

 こうして生まれたアディージャは、娼婦の世界しか知らずに育った。女とはそういう仕事をするものだと思っていた。周りに居る女といえば、娼婦か娼婦の世話をする少女、そして遣り手婆くらいだった。男はというと、店の主と店の用心棒を除けば、女を抱きに来る客だ。彼女の世界は実に狭く、単純だった。

 母は稼いだカネで自分を買い戻すと娼館から去ったが、アディージャは自分の意思で娼館に残った。自分の意思で娼婦になる道を選んだ。

 売られたわけではないので娼館から出ていくのも自由だったが、娼婦をやるなら娼館に属していた方が都合が良い。客とのもめ事は娼館が処理してくれるし多くの客は遊び方をわきまえているので、比較的安全だった。

 ある程度カネをためると、別の街に行ってみた。初めて見る外の世界は新鮮だった。だが彼女は娼婦以外の生き方を知らない。そこで、その街の娼館で自由契約のような形で仕事をした。カネがたまると別の街に移動してまた娼婦をやった。アディージャはここで初めて、自分は旅が好きなのだと知った。

 軍隊と共に移動する仕事もやってみた。これもなかなか楽しかった。こうしてナルファスト公国までやって来た。軍隊と別れた後、ワルフォガルでしばらく働き、また帝都に戻るための北上を開始した。こうしてたどり着いたのが帝国直轄領の街の娼館というわけだった。

 娼館の主人は、美しくてやる気のあるアディージャを歓迎したのでなかなか居心地が良かった。娼館の娼婦たちとも気が合った。まずは彼女たちを先輩として立てて、下手に出る。おおむねこの処世術でうまくいく。


 ふと見ると、部屋の隅で孤立している娼婦がいた。まだ14、5歳といったところか。アディージャはこれまで多くの娼婦と出会ってきたが、こんなに顔立ちが整った娼婦は見たことがなかった。彼女流に表現するなら、「腰が抜けるほどとんでもない上玉」だった。

 気になったので話しかけてみたが、彼女は俯いたままでアディージャを見ようともしない。

 「その娘はいつもそうさ。放っておきな」と年配の娼婦が言った。

 自分の境遇を受け入れることができず、こうなる娼婦をたくさん見てきた。放っておくしかないことも知っている。だが、生来世話好きなアディージャは、疎まれていることは十分に感じつつも世話を焼かずにはいられなかった。

 それからというもの、アディージャはことあるごとに少女に話しかけた。返事がなくても勝手に話し続けた。旅をして見聞きしたこと。客に求婚されたこと。昼寝ばかりしていて全くアディージャの相手をしてくれない変な男のこと。

 そしてあるとき、「ね、名前だけでも教えてよ」と聞いてみた。返答は期待していなかった。

 少女は何を思ったのか、アディージャの顔をぼんやりと見ながら答えた。


 「ウリセファ……」

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