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居眠り卿と純白の花嫁  作者: 中里勇史
カーリルン公領へ

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アルリフィーア

 一部始終を見ていたベルロントは、皇帝の真意を測りかねていた。なぜこの縁談をウィンに伝えさせたのか。そもそも皇帝が間に入るような話ではないのだ。

 ため息をつきながら廊下を歩いていると、執事の1人であるソド・ボルティレン・ポーリンドに行きあった。4年前に前任者の紹介で宮殿に入った男で、気が回るので執事長の覚えもめでたい。将来の執事長候補である。

 「サルダヴィア卿(ベルロント)、どうされましたか。お疲れのご様子」

 「帝都から使いが来たのだが、よりによって因縁のある人物でな。これは揉めるであろうな」

 「ほう、揉めますか」

 「うむ。使いがセレイス卿でなければ何の問題もなかったのだが……困ったことだ」

 「そうでしたか。心中、お察し致します。お部屋にお茶をお持ちしましょうか」

 「ああ、頼む」

 そう言うと、ベルロントはやれやれと言いながら去っていった。ベルロントを見送りながら、ボルティレンはうっすらと笑った。

 「やはり揉めますか。困りましたねえ」


 ウィンが連行されるように客室に去った後、アルリフィーアは急ぎ足で私室に戻り、扉を乱暴に閉めた。

 涙がこぼれ落ちる。涙が止まらない。部屋に戻るまでよくぞ耐えたと自分を褒めた。

 髪飾りをむしり取って投げ捨てると、寝台に倒れ込んだ。立っている気力も使い果たした。

 枕に顔を押し付けて泣いた。こうすれば声が部屋の外に漏れない。3カ月前も、こうして泣いた。

 なぜ自分は女なんぞに生まれてしまったのか。なぜ男の兄弟がいないのか。自分が男であったなら、男の兄弟がいてくれさえすれば、こんな思いはしなくてもよかった。

 アルリフィーアに、公爵の地位を捨てることはできない。爵位は、父が勅許を得てまでしてアルリフィーアのために残してくれたものだ。そして、この爵位を守るために多くの者が戦って死んだ。今や、カーリルン公という爵位はアルリフィーアだけのものではないのだ。「都合が悪くなったので捨てます」などと言えるわけがない。

 アルリフィーアはカーリルン公でなければならないのだ。

 ただの1人の女になって、ウィンに「ワシの夫になれ!」と言えたらどんなによかっただろうか。しかし、アルリフィーアはウィンではない帝国諸侯と結婚して子をなさねばならない。一度は覚悟を決めたことだが、よりによってウィンに「他の男と結婚しろ」と言われたことに耐えられなかった。


 こんこんと戸をたたく音がする。

 「誰じゃ!」

 「エメレネアでございます」

 エメレネアは、4年前から宮殿の女官として働いている少女である。最近、アルリフィーアの侍女になってデシャネルの補佐をしている。デシャネルは数日前に腰を痛めて寝込んでいた。

 「取り込み中じゃ! しばし待て」

 「かしこまりました」

 公爵が泣いている姿を家臣に見せるわけにはいかない。水瓶から水をくむと、ぐちゃぐちゃになった顔を洗った。浮かれて、めったにしない化粧までした自分が滑稽だった。髪を編み込んで髪飾りまで付けて、一番上等な服を着て、それが何になるというのか。何をどうしようが、未来は変わらないというのに。

 目の周りが赤いので、白粉を少し乗せてごまかした。そして、普段通りの、公爵としては著しく簡素な服に着替えるといつものアルリフィーアに戻った。

 「エメレネア、もうよいぞ」と言うと、エメレネアが戸を開けて入ってきた。アルリフィーアよりも一つ歳上の18歳だが、切れ長の目のためか、もっと大人びて見える。黒髪を首の辺りで切りそろえている。

 「泣いていらっしゃったのですか?」

 「な、泣いてなどおらん」

 「左様ですか」

 口やかましいがどこか抜けているデシャネルと違って、エメレネアには全て見透かされているような気がする。

 エメレネアはそれ以上何も言わず、お茶の用意を始めた。

 「香草茶です。気分が落ち着くでしょう」

 「最初から落ち着いておる」

 「左様ですか」

 エメレネアはそのまま退室しようとした。

 「エメレネアも座るがよい。ちと話し相手になってくれ」

 「御意のままに」

 アルリフィーアは香草茶を一口すすると、「ほう」とため息をついた。

 「エメレネアは好いた男などおらんのか?」

 「殿方……ですか。いえ特に。いずれ父が決めた相手に添うことになるかと存じます」

 エメレネアの父は確か騎士身分であったか。

 「平民でも、多くは親が決めた相手と結婚すると聞いております。父の領地の農民などは、既成事実を先行させてしまうことも多いそうですが」

 「既成事実! すると何か。その、そういうことを?」

 「林の中にでも入ってしまえば親の目も届きませんし」

 「自由じゃのう……」

 「公爵はセレイス卿と結婚したいのですか?」

 「ワ、ワシのことは関係ないじゃろ」

 やはり、エメレネアには全て見透かされている。「油断ならない女だ」とアルリフィーアは思ったが、アルリフィーアの気持ちを知らない者などこの宮殿には1人も居ない。バレていないと思っているのはアルリフィーアだけだった。

 「私はお役目上、ダルンボック伯との縁組をお受けするのが道理であると申し上げざるを得ません」

 いつも無表情なエメレネアが、初めて葛藤するような顔を見せた。

 「ではデシャネル様にご用を言いつかっておりますので、失礼致します」

 そう言って、エメレネアは退室した。


 エメレネアが初めて本音を見せたような気がした。彼女の意外な一面にしばらく気を取られていたが、違和感を覚えた。

 「お役目って何じゃ? 侍女としてということか? それに、エメレネアはいつのまに縁組の話を知ったのだ?」

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