カーリルン公領再び その1
「なんで私が……」
ウィンは、まだぶつぶつ言いながらダルテマイア街道を南下していた。今回は治安が安定している街道を往復するだけの任務なので傭兵は連れていない。アデンだけが旅の供だった。
だらだらとロレルを進ませているが、モタモタし過ぎると次の宿場町に着く前に日が暮れてしまう。まだ2月だ。さすがに野宿は嫌だった。というわけで宿場町に着くようにロレルを歩かせると、結局普通の速度で進むことになる。
「宿場町の間隔ってよく計算されて作られてるんですねぇ」とアデンは感心した。
宿場町は計画的に作られる場合、自然発生的にできる場合など、成立の起源はさまざまだが、それらはその街道を往来する人々によって最適化される。中途半端な位置に作っても、そこを利用する者が少なければ寂れる。戦乱によって完全に更地になってしまった宿場町もあるが、都合の良い立地であれば復興する。宿場町の立地は旧帝国時代から受け継がれているから、現在の配置は何百年もかけて興廃を繰り返した結果なのだ。この街道を往く人々にとって便利なように、在るべき所に宿場町がある。
そして、結局はソウンで一泊することになる。
大した理由はないが、また親孝行亭に泊まることにした。
「おや、久しぶりだね」と女将に声をかけられた。よく覚えているものだ。
「ま、客商売だからね。それにあたしゃ記憶力だけはいいんだ」
そう言って、女将は忙しそうに酒場を切り盛りしている。さほど大きい店ではないが1人では大変そうだ。そういえば、以前は女給が居たような。
「女給? そんなの居ないよ。この店はずっとあたしと旦那の2人だけさ。人を雇う余裕なんてありゃしない」
そうだったような気もする。確かに、女将の顔しか印象に残っていない。
豚の腸詰めや蒸かしたジャガイモを麦酒で流し込みながら、2日後にはフロンリオンだなぁなどと考える。
「心配ですか? ウィン様」
「別に心配なんかないよ。伝達事項を伝えたらさっさと帰る。それだけさ」
「その割にはお酒が進んでますね」
「うるさいな」
カーリルン公領か……。恐らく二度と訪れることもないだろうと思っていたのに、たった3カ月後に再訪することになろうとは。これが10年後、20年後であれば、立派な君主に成長したリフィと再会を喜び、心穏やかに「思い出を語り合う」こともできただろう。だが3カ月では短過ぎた。
うまく言語化できない、言語化したくない、言語化すべきではない葛藤にもやもやして眠れない夜を過ごし、結局は日の出とともに出立した。その日もロレルをだらだらと歩かせ、フロンリオンの手前の宿場町に入った。
翌日、皇帝の正使として装束を改めた。後はフロンリオンに行くだけだ。
着いた。
あっさり到着した。
着いてしまった。
来てしまったものは仕方がない。
宮殿に行って来訪を告げる。そこで自分の失策に気付いた。こうした場合は、数日前に先触れの使者を送っておくものなのだ。つまり、「数日後に正式な使者が来る」と前もって知らせるのである。今回はそうした手順をすっかり失念していた。皇帝の正使が突然来たら先方は困る。
カーリルン公の宮殿は、当然混乱した。
「何? ウィンが来たじゃと!?」
アルリフィーアも当然仰天した。
「服、服じゃ。もっとよい服を持て! 髪、髪もくしけずらねば。ああもう、なぜ突然来るんじゃ、あのたわけが」
二度とウィンに会うことはないと思っていた。一体、どんな顔で再会したらよいのか。なぜ先触れを出さないのだあのおっちょこちょいは!
会うのはこれが本当に最後の機会かもしれない。そう思うと、最も美しい姿で会いたかった。それで何が変わるということはない。だが、せめて少しでも美しい姿でウィンの記憶に残りたいと願った。




