命令
帝都に帰還したウィンに、新たな命令が下った。
「ダルンボック伯との縁組をカーリルン公に通達すべし」
この命令に、ウィンは首をひねった。監察使の仕事ではないからだ。ましてや、ティーレントゥム家は当事者ですらない。当事者間で話を進めればよいことだった。縁組の通達? それはダルンボック伯がやるべきことなのだ。
しかも宮内伯に呼び出されることもなく、使者が命令書を持ってきたのみ。封筒にはこの指示が書かれた紙が1枚封入されているだけだった。
「はて、なぜ私が?」
改めて首をかしげた。視界が斜めになっただけだった。
「あのカールリン公がご結婚ですか」
アデンが茶化すように言う。
「ダルンボック伯家といえば、ワルヴァソン公の弟の家系。名門カーンロンド家ですね。公爵のお相手にふさわしいお家柄です」
「……」
「ウィン様、どうされましたか?」
「……」
「カーリルン公の縁談話はお嫌ですか?」
「別に、私が口出しすべきことじゃない」
アルリフィーアは確か今年で17歳。縁談はむしろ遅過ぎるくらいである。
諸侯の縁組は諸侯同士、つまり公爵家か伯爵家と結ぶのが通例だ。その通例からすれば、つり合いが取れた良い縁談だと言える。
「いえ、つり合いが取れているかどうかの話ではなく、ウィン様が嫌かどうかの話をしているのです」
「私が嫌だと思うかどうかも関係ないよ。雲の上の世界の人たちの話だ」
「では論点を変えましょう。あくまでも一般論として、爵位のない貴族と公爵の結婚は可能なのですか?」
「それは貴賤結婚条項に引っ掛かるね」
「貴賤結婚?」
「つまり、身分違いの結婚は禁じられている」
正確には、禁止されているわけではない。貴賤結婚を強行した場合、上級貴族は相手と同等の身分に落とされる。爵位のない貴族と公爵が結婚した場合、公爵は帝国爵位を剥奪される。もちろん、領地も家臣も全て失う。
「だから、普通は貴賤結婚なんかしない」
「では公爵が低い身分の者を見初めたとしたら、諦めるしかないのですか?」
「公爵なんだから財力はあるだろう? 側室にするとか、妻という身分は与えず身近なところに囲っておくとか、やりようはある」
「では公爵が女性だった場合は?」
「それ、一般論じゃなくてカーリルン公のことだよね。それは彼女の問題であって私がどうこう言う問題ではない」
こういうときのアデンはしつこくて、煩わしい。考えがまとまらないときは、アデンと話すことで筋道が見えてくることがある。同時に、アデンはウィンが触れたくない点を容赦なく突いて責めさいなむ。子供のときからずっと一緒にいるアデンにごまかしは利かない。全て見透かされる。
「女性は側室を持てないのですか?」
「用語的な違和感はあるが、まあそうしたければ複数の男をはべらせることはできるだろう。禁じられてはいない」
実際、勅許を得て公爵家を継いだ女性が正式な夫を持たず、複数の男と子をなしたという例も過去にはある。ただし子供たちは法的には庶子として扱われるので、公位継承者にするには勅許が必要になる。その公爵家は庶子を継承者にする勅許が得られず、女性の跡は傍系の男子が継いだ。
「カーリルン公はそういう生き方を選ぶと思いますか?」
「リフィにこだわるね。私が知るわけないだろう」
「ウィン様は、『カーリルン公ならどうすると思うのか』と伺っているのです」
「アデン、しつこい。少し黙れ」
アデンはようやく沈黙した。
ウィンはため息をついて目を閉じた。「どう思うか」など意味がない。ウィンは関係ない。関係することはできない。考えることも思うことも求められていない。ただ、アルリフィーアにダルンボック伯との縁組を伝えるだけのことだ。それ以外のことはできないのだ。
「なぜよりによって私がそんなことをやらねばならんのだ」
ウィンは寝台に寝転んでつぶやいた。雲の上のことは雲の上で勝手にやっていればいいものを……。




