怒り
ロレンフスはオデファルス公領の騒乱を収めるため、直接出向いて領民との対話に応じることにした。テルメソーンを同行させ、留守居役はヴァル・ゼルクロトファ・モルトセフェスに任せた。彼は、ロレンフスの側近候補として幼少期から共に育てられた兄弟のような存在である。大貴族はこのように、腹心を育成することが多い。
フィーンゾルを付家老から解任するわけにはいかなかったので、オデファルス公領の中心都市コーンローンドにある宮殿での謹慎を命じた。これ以上余計なことをされたら、首をはねてしまうかもしれない。領民たちの前で責任者として磔にでもすればいっそ清々するが、「騒ぎを起こせば爵位貴族を処刑に追い込める」といった誤った成功体験を領民に与えるのは好ましくない。フィーンゾルについてはあくまでも貴族間の問題として処理すべきだった。
フィーンゾルについては、皇帝に付家老の罷免と処罰を要求する書簡を送っておいた。ロレンフスには手出しができない以上、処分は皇帝に任せるしかない。
領民たちは、大公が自ら出てきたことでさすがに動揺した。
「大公のロレンフスである。貴公らの指導者は前に出よ!」とロレンフスが自ら叫ぶと、騒乱の指導者らしき者たちがロレンフスの前に出てきて平伏した。この態勢を作れれば勝ちだった。
ロレンフスが大公という巨大な威光を背景に親しく声を掛け、領民たちの苦難と課題を聞いて深く同情し、善処を約して騒乱の罪は問わないと諭す。荒政を効率的に進めるためにも、まずは騒乱を収めて在所に戻るべしと言って指導者らの肩に手を置いてから、優しく立ち上がらせる。これで彼らは大公の忠実な領民に戻る。彼らは涙を流して大公に感謝を述べて去っていった。
これを3カ所で行うと、騒乱は潮が引くように東部へと縮小していった。
ただしこれで解決とはいかなかった。騒乱が悪化していた南東部で、領主による武力鎮圧が行われたのだ。これによって何人かの領民の血が流れた。
ロレンフスは激怒し、100騎の騎兵を従えて自ら南東部に向かうと領主を捕らえて領民の前で斬首にした。上級領主として、領主裁判権を行使したのである。テルメソーンは斬首に反対したが、ロレンフスは許さなかった。これは貴族と領民の問題ではない。領民に手を出すなと命じて、ロレンフス自ら領内を回っているのだ。命じた君主と主命を犯した家臣の問題なのである。
ロレンフスは領民に謝罪するとともに、在所への帰還を促した。ロレンフスの果断な処置に納得した領民は、ロレンフスの命令に従った。
コーンローンドに戻ると、皇帝からの書簡が届いていた。フィーンゾルの罷免と処罰には応じない。ロレンフスが君主として責任を持って使いこなせという内容だった。フィーンゾルが引き起こした問題もまた、責任はロレンフスが負うべきものである。責任転嫁すべきではない、と。ロレンフスの要求に対する単なる拒否にとどまらず、叱責に近い論調にロレンフスは衝撃を受けた。
フィーンゾルは、ふてぶてしく笑っている。ロレンフスに処罰されることはないと高をくくっている。
こんな男まで家臣として使いこなせというのか。ロレンフスは奥歯をかみしめて怒りを抑え込んだ。




