96.夏休みの計画
「それでは終業式もこれで終了! みんな、夏休みは事故に気をつけて有意義に過ごすように。以上!」
ホームルームの最後、担任の小早川先生が軽く締めくくると、教室にはさっそく解放的な空気が広がった。夏休み前の半ドン授業だったこともあり、時間はまだ正午過ぎ。
俺は自分の机にカバンを置きつつ、どこか気が抜けたようなため息をついた。
「はー、今日から夏休みか……」
周りを見ればクラスメイトたちが「午後はカラオケ行こうぜ」とか「プール行く?」とか、浮かれ気味に盛り上がっている。例にもれず、隣の席の結月が目を輝かせて近寄ってきた。
「美玲ちゃん! 夏休みだよ、夏休み! 何する? どこ行く? 海? 山? プール? 祭りはもう行ったけど、まだまだ夏のイベントはたくさんあるよ!」
彼女はまるで子犬のように尻尾を振りながら質問攻めをしてくる。だが、一瞬で俺の脳裏に「受験生」という文字が浮かび、ちょっと申し訳ない気持ちになりながら答えた。
「うーん、でもさ、今年受験だよ? 勉強しなきゃダメなんじゃないの……?」
その言葉を聞くやいなや、結月は固まり、まるでこの世の終わりを聞かされたかのような顔になる。そして、がくがくと肩を震わせながら呟いた。
「……え?……そ、そんな……」
そこまでショック受けることかよ、とツッコみたくなるが、どうやら結月は相当遊びたかったらしい。目にうっすら涙が浮かんでいる気もする。
「ま、まあ、ゼロじゃないよ。夏休みの間にちょっとは遊べるかもしれないし……?」
慌ててフォローしかけたところ、結月がピシッと俺をにらみつけてきた。
「美玲ちゃんなんか……オラウータンとイチャイチャ勉強してればいいんだ!」
「いや、あれは嫌だったって何度言えば……! 第一、オラウータンにしばかれながら勉強なんて、修行にも程があるよ!」
以前、期末テスト前に大量のオラウータンとスパルタ家庭教師ごっこをさせられた悪夢が蘇る。俺としては二度と味わいたくない経験だ。結月はぷいっとそっぽを向きつつも、声のトーンを下げて小さく呟く。
「……でもなー。夏休み、勉強ばっかりはやだよ。なんか遊びもしたいし……」
確かに、俺もずっと机に張り付いているのはしんどい。だからこそ、いい落としどころはないかと思案し、
「じゃあさ、勉強合宿……ってのはどう? がっつり勉強するけど、休憩の合間におしゃべりしたり、夜更かしでちょっと遊んだり……。メリハリつければ楽しいんじゃない?」
そう提案してみる。すると、結月はハッと目を見開き、先ほどまでの絶望顔がみるみる輝きを取り戻した。
「えっ、それいいじゃん!! それなら、全然アリかも! 勉強もするし、息抜きもできるし……」
パッと両手を打ち鳴らして喜ぶ結月。うん、やっぱりこういうのがいいよね。俺も内心ほっと胸を撫で下ろす。すると彼女は唐突に思いついたように言う。
「じゃあさ、私の家でやろうよ! 部屋は広いし、親も歓迎してくれると思う。せっかくだから翔君も誘っちゃって、3人で合宿しようよ!」
「おお……そうか、翔も交えて3人ならお互い教え合えそうだね。数学とか英語、翔はわりと得意だし」
俺もすぐ賛同する。結月の家は以前も勉強合宿でお世話になったことがあるし、彼女のご両親とも面識があるから気楽だ。何より、オラウータンが侵入してくるよりはずっとマシ……。
「じゃあ決まりだね! 夏休み入ったら早めにスケジュール組んで、具体的に始めよ!」
結月がさっそくスマホを取り出し、カレンダーを確認し始める。意外とこういう時は行動が早い。
「うん、そうしよ。……まあ、せめて夏休み初期はちょっと余裕あるけど、あんまりサボると今度は西園寺さんに怒られそうだしね」
プライドの高い西園寺麗華。彼女は勉強面にめっぽう厳しい。俺がのんきにしていると、容赦なく鬼軍曹モードで追い込みをかけてくるから油断はできない。
「そうそう。それに、美玲ちゃんを赤点回避させようの会もまだまだ継続中だしね!」
「なんでその恥ずかしいネーミング……もう自力でなんとかするから……!」
口をとがらせる俺をよそに、結月はクスッと笑う。なんだかんだで、みんなでわいわい勉強するのが一番やる気も出る。俺も弱い科目をどうにか克服しなきゃいけないし、一石二鳥だ。
「それじゃあ、勉強合宿は後日ってことで。今日はどうする? 午後はフリーだし……」
俺が首をかしげて尋ねると、結月はパッと顔を上げ、ニヤリと笑みを浮かべた。
「それなんだけど……せっかく一学期が終わったし、打ち上げパーティーやらない? うちの近所に美味しいケーキ屋さんあるし、夕方くらいからうちで飲み食いしようよ!」
「いきなりパーティー? いやいや、遊ぶ前に勉強って流れどこ行ったの……!」
思わず笑いながらツッコミを入れる。さすが、結月はノリがいいけど、その分勢いがすごい。夏休みというだけでテンションMAXだ。
「いいのいいの! まずは英気を養うってやつよ。こういうの大事でしょ? 『1学期お疲れ様でした』っていう打ち上げ感も味わえるしさー!」
結月は両手を広げて自信満々。まったく、いくら受験生だからって、固くなる必要はないけど……毎回なんかイベントが増えていく気がするんだよな。
「はあ……まあ、いっか。たまのことだし。じゃあ今日の午後は何も予定ないし、付き合うよ」
俺が苦笑まじりに了承すると、結月は「やったー!」と小さくガッツポーズを作る。
「じゃあさ、翔君も呼んで、うちで夕方からパーティーやろう! 夜更かしはしないけど、ワイワイ盛り上がるくらいはアリだよね?」
「うん、いいんじゃない。ケーキ買ってくの? それともピザとかも頼むのかな?」
「もう全部やろうよ! 甘いものとしょっぱいもので無限ループ! 天国だよ!」
「はいはい……そんな調子で、本当に勉強できるのかな……?」
突っ込み半分、あきれ半分。とはいえ結月の笑顔を見ると、つい許してしまう。彼女のキラキラした目は「青春しようよ!」と全力で語りかけているようだ。
「まあ、夏休み初日だしね。ちょっとくらい羽目を外してもいいか」
そう自分に言い聞かせながら、俺は結月と連れ立って教室を後にした。
「じゃあ翔に連絡するか。……ああ、でも、翔って結構すぐ『めんどくせー』とか言いそうだよね」
「大丈夫、大丈夫。『夜はゲームもしよう!』とか言えば食いつくよ、あの子は」
結月がスマホ片手にウキウキしながら連絡を取る横で、俺は「どんな勉強合宿になるんだろう……」と若干の不安を感じていた。
(せめてオラウータン家庭教師の再来だけは勘弁してほしい……それさえなければ、まあ何とかなりそう……)
「じゃあ、今日はとりあえず夕方からうちでパーティーね。美玲ちゃんは何か持ってきたいものある?」
「うーん……ケーキとかはそっちで買うんだよね? じゃあ飲み物とか用意しようかな。あとは宿題をちょっとだけ進める気があるなら、教科書とか……」
「まあ、そこはノリで決めよ!」
結月が笑い声を上げて、小走りに先へ進んでいく。俺はその背中を追いかけながら「結局ノリか……」と、苦笑せざるを得ない。
こんな調子で本当に勉強なんてできるのだろうか? いや、きっと最後には慌てて猛勉強するハメになるんだろうな……と思いつつも、それもまた夏の思い出、という気もしてくる。
「まあいいか……夏休みだもんね」
こうして、俺たちの夏休みが始まるのだった。波乱だらけになりそうな予感がするが、それはそれで楽しみかもしれない……。




