94.今年の花火は…… 中編
「わあ、見て見て、あそこに綿あめ屋さんがある!」
夕暮れの祭り会場。浴衣姿でサングラスをかけた俺は、首から大きな一眼レフカメラを下げている結月に腕を引かれながら、まずはふわふわ甘い綿あめ屋台へと向かった。
周囲には金魚すくいやたこ焼き、ヨーヨー釣り、焼きそば、さらには各種縁日らしき露店がずらりと並んでいる。どこもかしこも楽しそうな笑い声と、美味しそうな香りで満ちていた。
「美玲ちゃん、サングラス姿でまるで芸能人みたいだよ」
「……顔がバレると去年みたいに大惨事が起こるかもしれないから、念のための対策なんだって」
俺は周囲をキョロキョロ見回しながら、綿あめを受け取る。今年こそは普通に祭りを楽しみたい……そのためにサングラスを装着しているのだが、結月に言わせれば余計目立つとのこと。
「うーん、確かにサングラスが逆にインパクトあるかもね。でもまあ可愛いからいいか!」
「サングラスは、全然可愛くはないと思うけど……」
やれやれとため息をつきながらも、とりあえず目の前の綿あめをひとくち頬張る。もふっと溶ける甘さが口いっぱいに広がり、ふいに笑みがこぼれた。
「うわっ、結構美味しい! 祭りの雰囲気もあって、余計においしく感じるね!」
「うんうん。甘いの食べると元気出るよねー。あ、じゃあ綿あめで物ぼけでもしてみる?」
結月が急に言い出すので、俺は怪訝な顔をする。
「物ぼけ……? なんで綿あめで?」
「ほら、これさ、頭に乗せたらアフロみたいになるかも! 写真映えするよ!」
そんなわけで、結月はうきうきとカメラを構え、「はい、美玲ちゃん、綿あめを頭に乗せて!」と指示してくる。もちろん俺は抵抗したが、彼女はまったく意に介さずシャッターを押しまくっている。
「いやいや、こんな姿撮っても……」
「へへへ、すごい面白い写真になりそう! あ、口の周りに砂糖ついてるよ」
結月がニヤニヤと笑いながら俺の写真を何枚も連射。俺は恥ずかしさと甘さとで混乱しつつも、「もう……やめてよ!」と苦笑するしかない。
そして綿あめをちょいちょいつまんでは、あちこちの屋台を覗いて楽しんだ。……本当に普通に回れている。
「うん、いい感じ。このまま何も起こらずに花火を見られるといいな……」
「そうだね。でもまだ少し時間あるし……おっ、くじ引きがあるよ!」
結月が指さす先に、「豪華賞品当たります!」という看板のくじ引き屋があった。まあ、この手の屋台は子供だまし……と思いつつも、意外とこういうのに当たると楽しいものだ。
「やってみようか? 当たらなくても記念になるしね」
「いいね、じゃあ私が先に引いちゃおーっと」
結月が箱の中からくじを一枚抜き取って広げる。結果は「惜しい!ハズレ!」だそうで、飴玉をひとつもらって終わり。
「ちぇ、残念!」
「ま、もしかしたら当たりなんて入ってないかもね」
俺が肩をすくめながら、同じく箱に手を突っ込んだ。すると、紙を開いてみるやいなや、店主が派手な鐘をガランガランと鳴らしはじめるではないか。
「で、出たーっ! 大当たりーーー!」
周囲の注目が一気に俺に集まる。
「おおお、マジで当たった! すごい、美玲ちゃん!」
「いやいや、当たりなんてあるんだね……」
店主が満面の笑みで、「大当たりおめでとう! お菓子詰め合わせをどうぞ!」と特大の箱を抱えて差し出してくる。中にはポテトチップスやラムネ、グミ、チョコレートなどがぎっしり詰まっていて、予想以上に重そうだ。
「す、すごい量だね……ありがとうございます」
「いえいえ、お客さん、おめでとう!」
店主が勢いよく鐘を鳴らし続け、周囲の屋台関係者も「大当たりだって!」「めでたいじゃないか!」とざわざわ盛り上がっている。そして何を思ったのか、周囲の屋台からも続々と声がかかり始めた。
「お嬢ちゃんたち、これも持っていきな!」
「今日はめでたい日だな。ほら、たこ焼きサービスするよ!」
「こっちのわたあめも詰めてやるから!」
「お菓子詰め合わせなら、うちのお店も負けてられないよ!」
まるで大盤振る舞い合戦が始まり、俺と結月の手元にどんどん袋が積み上がっていく。
「え、ちょ、あの、こんなに要らないですって……」
「いやいや、いいんだよ、せっかくの大当たりだからな!」
人々は祝福ムードで押し寄せ、次から次へと商品を押し付けてくる。去年もこうやって余計なサービス攻撃を受けた記憶が蘇る。
「……なんか最終的に去年と同じ感じになってない?」
結月がやれやれという顔で笑う。俺も苦笑いを返すしかない。
「ほんとだよ……サングラスの意味……。まあ、これはこれで嬉しいけど、荷物多すぎてもう持てないよ……」
とはいえ、せっかくの好意を無下にはできず、俺たちは手いっぱいに袋を抱え、重さにヒーヒー言いながら屋台を後にする。
「どうする? このまま人通り少ないとこ行くと、また神輿に担がれたり、変な誤解されそうじゃない?」
「だよね……じゃあもう、これ食べ歩きしながら祭りを回っちゃおう! 荷物抱えて移動するほうが目立つかもしれないけど、どうせどこ行っても注目されるなら、開き直るしかない!」
俺の言葉に、結月は「そうでなくっちゃ!」と笑ってサムズアップ。こういうときの結月は本当にポジティブだ。
それから二人でお菓子やたこ焼きをつまみつつ、花火開始の時間まで祭りをうろうろすることにした。
「お、あっちに射的があるよ。やってみようか」
「射的? あ、懐かしい。去年はバタバタしてて遊べなかったもんね」
射的の屋台にはプラスチック製の銃とコルク弾が用意されており、小さい景品から大きな人形までが的として並んでいる。俺は荷物が多すぎて身動きが取りづらいので、結月に一部の袋を預けて銃を受け取った。
「よいしょっと……ん? なんかこの銃、やけに凝ってない?」
プラスチック製にしてはずっしり重いし、見た目が妙にリアルだ。艶消しの黒い塗装に、怪しげなスコープらしきパーツまで付いている。
「確かにちょっと本格的……まあいいじゃん。頑張れ、美玲ちゃん!」
結月がタコ焼きを頬張りながら応援してくる。
「それじゃあ……狙いを定めて……」
俺はサングラス越しに的を見据え、コルク弾を発射――しようと引き金を引くその瞬間。
「おい、エージェントM」
どこからともなく、男の低い声が響いた。びくっと身体が強張り、振り返ると、黒服にメガネをかけた大男が立っているではないか。
「……え、なんですか?」
黒服の大男は無表情で続ける。
「浴衣なんて着て、周囲に溶け込むのは悪くないが……本当に祭りを満喫している一般人のようだな。そろそろターゲットが動き出す、付いてこい」
「はぁ!? ちょっと待って、絶対人違いです!」
思わず声をあげるが、大男は聞く耳を持たない。むしろグイッと俺の手を掴み、無理やり引っ張っていく。
「浴衣にサングラスの人間が他にいるか? お前に間違いない」
「そんな単純な理由で……! 違うんだってば!」
だが彼は完全に確信している様子。「早く来い!」と言わんばかりに力任せに俺を連れ去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待ってくださいってば! 私、ただの高校生ですから!」
とはいえ、黒服の大男はまるで何かのミッション中のような雰囲気で、全然こちらの言い分を聞かない。
「そんな言い訳が通用すると思うか? いいから黙って来い。ターゲットを取り逃がすぞ」
射的の銃をまだ持っていた俺は、結局恐怖に負けてしまい、そのまま引きずられる形に。
「結月、助けて!」
混雑した祭り会場のなか、結月は大量の屋台戦利品を抱えてこちらに駆け寄ろうとするが、人混みに阻まれて足元がままならない。
「あ、美玲ちゃーん! ちょっと離れないでよー!」
彼女が必死に手を伸ばしてくるのを見ながら、俺は抵抗もむなしく大男に連行されていく。ぐいぐいと路地裏へ押し込まれる。
(なんでこんなことになるんだよ……! 祭りを普通に回りたかっただけなのに!)
泣きそうになりながら、俺は連れ去られるまま人波の中に消えていくのだった。




