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転生したら『迷惑系美少女』になっていたので、普通に生きることを目指します  作者: ぜんだ 夕里


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91.新しい家庭教師

 翌日の放課後、俺は結月と翔と図書室へ足を運んでいた。

 昨日の勉強会で、自分の学力が想像以上に酷いことを思い知らされ、正直危機感でいっぱいだ。


「美玲ちゃん、昨日はちゃんと復習した?」

 結月が笑顔で聞いてくる。


「一応……教科書を開いたけど、3分でうつらうつらしちゃって……」

 正直に白状する。夜の勉強はどうも集中力が続かない。


「お前の場合は動物トラブルが多くて疲れてんじゃないか?」

 翔が苦笑混じりに言う。確かに、動物絡みの事件に体力を奪われているのは事実だけど……


「とにかく今日は、ここで勉強して帰るよ。眠気に負けないように頑張る……!」


 意気込みを見せると、結月と翔が「うん、がんばろー」「おう」と相槌をくれた。俺たちはノートを広げ、勉強会をスタートさせる。


「この三角関数の公式は覚えた?」


「うー……sin、cos、tan……分かるような分かんないような……」


 結月のノートを借りつつ、自分の問題集を埋めようとするが、さっぱり頭に入ってこない。


「美玲ちゃん、たぶんこれ、基礎からやらないと無理だと思う……」

「うっ……分かってはいるけど、時間が……」

 はぁとため息をつきかけたそのとき、背後からドアが開く音が聞こえた。こんな時間に新しく入ってくる人は珍しいな。

 ちらりと振り向いた俺は、一瞬目を疑った。


「……え?」


 なんか毛むくじゃらの生き物が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる――あれは……オラウータン?


「……あれ? 勉強しすぎて幻覚見てる?」


 思わず小声で呟いてしまう。翔と結月も同じ方向を見て、固まっている。


「え、え? オラウータン? なんでオラウータンがここにいるの……?」


 結月が驚きのあまり口元を押さえている。


「……やっぱり俺だけに見えてる訳じゃないんだ。リアルにいるよな、あれ」

 翔が目を丸くして言う。


「ひ、ひぃ……」

 結月が今にも悲鳴をあげそうになるが、オラウータンは「シーッ」と人差し指を口元に当てるジェスチャー。まさか『図書室ではお静かに』とでも言いたいのか?


(いや、なんで日本の高校の図書室に大型類人猿が当たり前の顔で来てるの……?)


 俺は心の中で叫ぶが、オラウータンはまるで「当たり前でしょ?」みたいに落ち着き払っている。周囲の生徒は誰も気づいていない……いや、呑気すぎるだろ、この空間。


「……騒いだら怒られそう。図書室だし……とりあえず無視して勉強するしかない……のかな?」


 結月が迷うように言う。

 オラウータンは俺たちの机に近づいてくると、ほぼ隣りにドスッと座り込み、俺のノートをじーっと覗き込んでくる。


「え、な、なに?」


 あまりの近さに小声で抗議する。けれどオラウータンは遠慮なくノートをのぞき、指先でとんとんと俺の計算式を指す。


「あ……そこ、美玲ちゃん、符号違うじゃん」


 結月が指摘する。たしかに符号をプラスマイナス間違えてる……


(もしかしてこいつ、解答チェックしてるの?)


 オラウータンに間違いを教えられる日が来るなんて思いもしなかった。いや、そもそもなんでオラウータンがいるんだよ……。

 オラウータンは「シーッ」という仕草をして、俺たちが大きな声を出さないように促してくる。


(いや、君がいるだけで充分騒ぎなんだよ……)


 その後も、オラウータンはまるで飼育員のような落ち着きぶりで、俺たちの様子を見守り続けた。時々、間違えがあれば「トントン」と指さして指摘。結月と翔が「ほんとだ」と訂正する。

 さらに、ちょっと難しい英語の文法問題に取り組んでいると、俺が単語の意味を取り違えていることにも気づいて指摘してくる。


「……こ、これはさすがにプライドが……」


 俺は頭を抱える。まさかオラウータンに学力負けしてるのか? と思えて情けなくなる。


「美玲ちゃん、あんまり気にしない方がいいよ。現実問題、助けになってる……よね?」


 結月が微妙な表情でフォローを入れる。実際、オラウータンの指摘通り修正すると問題が解けたりするから、否定できない。


「うーん、でも、なんでこんな頭の良い猿がうちの図書室に……」

 翔も困惑しきりだ。


 そしてしばらく勉強しているうちに、俺の眠気がやって来た。


「うあぁ……眠い……限界……」


 うとうとと突っ伏しそうになったとき、いきなり額に軽い衝撃が走った。オラウータンの大きな手にペチンと叩かれたのだ。


「いだっ……な、なに??」


 顔を上げると、オラウータンは「ダメだろ、ここで寝るな」というように人差し指を左右に振りつつ、小さくウホウホ音を立ててる。


「いや……私、オラウータンに叱られるほど落ちぶれちゃったの……?」


 ショックで意識が一瞬はっきりした。横を見ると、結月が必死に笑いをこらえているし、翔は呆れ顔だ。


「美玲、気合入れろよ。どんだけ眠いんだ……」

「そ、そうは言っても……ああ、もう……」

 仕方なく俺は両頬をペチペチ叩き、無理やり眠気を吹き飛ばすことにした。


 さらに驚くことに、図書係や司書の先生が近くを通りかかった瞬間、オラウータンはさっと机の下へ姿を隠し、まったく見つからないように振る舞うのだ。


「すごい、何その擬態力……」

 結月も感心してしまうほど。まるで忍者のように姿を消し、先生が通り過ぎれば静かに戻ってくる。


「ていうか、なんでバレたら困るのに図書室に来たんだろう。こんなにも巧妙に隠れるくらいなら、最初から来なきゃいいのに」

 翔が首をかしげる。


「分からないけど……なんでか私たちの勉強を見たいんだよね? ……もしかして、人間界の学問に興味があるとか?」

 結月は半ば冗談めかして言う。


(周りに集まる動物たちは、不可思議な行動をとるケースが多いけど……まさか試験勉強をサポートしてくれるなんて思わなかった)


 結局、俺たちは図書室の閉館時間まで踏ん張った。外はすっかり暗く、そろそろ帰らないといけない。


「今日はわりと集中できたかも。……オラウータンに叱られたからだけど……」


 俺がそう呟くと、横にいたオラウータンが満足そうに頷いた……ように見えた。


「な、何だろう、だんだんオラウータンが仲間に思えてきた」

 結月が苦笑を浮かべながら言う。


――――


 図書室を出た俺たち3人はそれぞれ帰路についた。背後を振り返ると――そこにはオラウータンがきょとんと立っている。しかも、俺の歩みに合わせるように数メートル後ろをついてきてるではないか。


「な、なんでついてくるの……?」


 オラウータンは首をかしげ、「ウホ」とひと鳴きしてまた近づいてくる。


「いや……これ困るって。どこまでついてくる気?」

 俺が焦って周囲を見渡すも、人通りが少ない夜道で幸いにも誰かに見られてはいない。


(追い払うのも怖いし、どうしたら……)


 結果的に、オラウータンはずっと俺の後をついてきた。街中では物陰に隠れたり、さながらスパイ行動をしながら俺の帰り道を尾行している。


「すごい警戒心……そんなにバレたくないの? いや、むしろどうやって街中に来たの?」


 謎は尽きないが、結局、俺の家の玄関前まで、オラウータンはしっかりついてきた。


 家のドアを開けると、母親が「おかえり、美玲。今日は遅かったのね」と出迎えてくる。


「う、うん。ちょっと図書室で勉強してた……」


 俺はオラウータンを見ないようにしながら部屋へ急いだ。母は全然オラウータンに目もくれない。おいおい、どんなステルス性能だ。

 俺は自室に入ってドアを閉め、布団の下を確認する。すると、もうすでに先回りしてベッドの陰にうずくまっているオラウータンの姿が。


「う、嘘でしょ……どんだけ隠れるの上手いんだ」


 暗い部屋の中からギラッとこっちを見つめ、静かに「ウホ」と鳴く。なんか妙にシュールだ。


「……と、とにかくバレないようにしてよ……?」


 オラウータンはまるで「分かってる」と言いたげに軽く頷き、布団の下に潜り込む。


 夜になり、夕食を済ませて再び勉強に取りかかる。すると、背後から肩を叩かれる。


「え……オラウータン……?」


 振り返ると、ノートを覗き込んで「ここが違う」とばかりに指をトントンする。そこは数学の計算式の途中の項目だった。


「え、ホントに……?」


 改めて見直すと、確かに一つの数字が全然違う。どうやらミスしていたらしい。


「ありがとう……って、オラウータンにお礼言う日が来るとは……」


 情けないやら恥ずかしいやらで、変な気分だ。

 さらにしばらく勉強を続けていると、また眠くなってきたので少し机に突っ伏しそうになる。すると、ペチンと頭を叩かれる。


「痛あ!……ちょっと、加減してよ……」


 振り返ると、オラウータンはやれやれという様子で首を振っている。完全に家庭教師ポジションじゃないか……。


「オラウータンの家庭教師なんて、誰に話しても信じてもらえないだろうな……」


 俺は自嘲気味に呟く。隣の部屋には家族が普通に過ごしているはずだが、まさか自分の娘の部屋にオラウータンが潜んでいるなんて想像もしていないだろう。


 結局、深夜近くまで勉強を続けた。オラウータンが叩いてくのおかげで、無駄に寝落ちせずに済んだし、間違いも修正できたのは大きい。


「でも、ずっとここにいるつもり?明日学校に行けば、また図書室に来るの?」


 もちろん答えは返ってこない。そしてベッドの下に潜り込み、気配を消してしまった。


 正直、この状況にツッコミたいことは山ほどあるが、疲れが限界だ。こんな奇妙な同居人(?)がいる生活を、いつまで続けることになるんだろう。


(普通に勉強したいだけなんだけどなぁ……どうしてこうなるかな……)


 ため息交じりで目を閉じ、次第に意識が遠のいていく。不可思議な心境に包まれながら、俺は深い眠りにつくのだった。

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