90.美玲ちゃんの学力ってぶっちゃけどうなの?
「えー、来週から期末テストを実施する。範囲は資料を配るから、しっかり勉強するように。」
ホームルーム終了間際、担任の小早川先生が無情の宣告を下す。俺は思わず「うへえ……」と机に突っ伏しそうになる。毎度毎度テストはあるが、なんだかんだで大騒ぎに巻き込まれて勉強してなかった記憶が……。
「はあ、やだなぁ……またテストか……」
「美玲ちゃん、勉強してる?」
すぐ隣で結月がにこっと笑い、軽く尋ねてくる。
「うーん、最近ね、勉強しようとすると眠くなるんだよね……」
俺は苦笑いで返すしかない。実際、夜に机に向かうたびに謎の眠気が襲ってくる。
(なんだろう、前世はそこそこ勉強してたはずなのに、今ではまるで意欲が湧かないというか……不思議な無力感があるんだよな……)
「……しかも、最近、家で教科書を開くともう瞬間に舟をこいじゃう……何だろうね、怪奇現象かな?」
「大丈夫? 眠くなる原因ってストレスとか?」
「分かんない。でも、たしかに授業中も何か理解が追いついてない感じがするし……」
正直に言うと、退化してる感すら感じる。前世サラリーマン時代なら、一般教養くらい余裕と思ってたのに、なぜ今こんな惨状に…… 。半分パニックだが、結月はパッと頭を切り替え、提案してくる。
「じゃあ一緒に勉強しようよ! 放課後、図書室に集まってさ!」
「え……勉強会? 面倒くさい……」
「駄目! このままだと赤点とるよ?」
「……う。しょうがない……」
こうして俺は放課後、図書室で勉強会に参加することになったのだった。
放課後、学校の図書室は割と空いている。普段は部活や委員会で人が散るので、勉強組が数人いる程度だ。結月と翔、そして俺の3人は、机にノートや教科書を広げ、期末テスト範囲をざっと確認し始める。
「じゃあ、まずはみんな、どこまで分かってるのかをお互い確認し合おう!」
結月がリーダーシップを発揮し、笑顔で仕切ってくる。
「おう、まぁ俺はそこそこ理解してると思うけど……」
翔は自信ありげだ。俺は暗い顔だが、仕方ない。現実を直視しないといけない。
「じゃ、まず数学の範囲からいこう。三角関数の公式とか……美玲ちゃん、これ分かる?」
結月がノートを指差すが、俺はさっぱり理解できない。
「うーん、やったっけ?」
「いやいや、授業で何度もやったろ。公式のX=Y(sin…とか……」
翔が驚いて補足するが、ピンと来ない。
「え、そんな公式知らない…… 記憶にない。 前世で習ったはずだけど……」
「前世? 何言ってんだ?」
「あ、いや、なんでもない。とにかく頭が真っ白で……」
数学だけじゃない。英語の助動詞や古典の文法なども聞かれても、「あれ、こんな単語初めて見るかも……」とか「なんで敬語がこんな複雑なんだよ?」みたいに意味不明な状況になっている。
(やばい、ホントに退化してるんじゃ……)
「こ、これは想像以上にやばいぞ……結月、お前が思ってたよりさらに理解度低い。そもそも中学範囲すら怪しいかも」
翔は険しい表情。
「ヤバいね……美玲ちゃん、これ受験生として……どころか、卒業できる?」
結月も心配そう。
「うわあ……なんでこんなにできないんだろ……自分でも分かんない……」
わたしは頭を抱える。これは本当にマズいかもしれない。
一通り教科書やワークをめくりながら、結月が確認を続ける。
「えっと、じゃあ歴史分野どう?」
「うーん、江戸時代は徳川家がいたんだよね。家康…だっけ?」「え、分かんない」「そんな年号あった?」
「これは……まるで退化してる感じだね……昔はもっとできてたんじゃないの?」
結月は驚いて首を振る。
(前世の記憶的に、こんなの余裕だと思ってたんだけどな……)
「そうだよ、美玲。お前、前に『数学の連立方程式なんて余裕』とか言ってたよな?今全然覚えてないじゃん!」
翔が追及し、俺は俯くしかない。
(ああ……何でこんなに勉強能力が消えてるんだろう……昼間眠気がきて全然頭に入らないし……)
「正直、このまま期末テスト受けたらヤバいレベルじゃないか?」
「だよね……赤点余裕で出しちゃいそう……」
結月がシビアに指摘する。
「それだけじゃなく、卒業に必要な科目もあるだろう。留年とか補習連発が待ってるぞ?」
翔は深刻な顔。俺は青ざめて声が出ない。
「ちょ、ちょっと待って、そんな……卒業できないなんていやだよ……」
「でも何とかしないと……とてもじゃないけど、すぐに取り戻せる量じゃなさそう。どうする?」
結月が眉をひそめる。
こんなピンチ初めてかもしれない。動物に囲まれて危険を感じたことは何度もあるが、今回は学業という現実的な死活問題だ。こんなに勉強できない人になってるなんて……
しばらく沈黙が続いたが、結月がポンと机を叩いて言う。
「よし! じゃあ新しく『美玲ちゃんを赤点回避させようの会』を結成しようよ!」
「おう、俺も協力するぜ!」
翔もやる気を示す。俺はちょっと面映いが、ありがたいと思う。
「ほんと、いいの? 二人に迷惑かけない?」
「気にしなくていいよ、美玲ちゃん! 私たち、同じクラスで受験生だし、勉強教え合うのは普通だもん!」
「ああ、まずは基礎を固めるとこから始めよう。数学も英語も、今ならまだ間に合うかもしれん!」
「二人とも……ありがとう!」
正直助かるけど、なんだこの会の名前……。でも背に腹は代えられないから、頭を下げることにした。
図書室の閉館時間が近づいたので、3人は片付けを始める。
「あと1週間ちょいだよな、期末まで……」
翔はカレンダーを見ながら呟く。
「放課後は毎日、勉強会やろうよ!」
結月が提案する。
「わ、わかった……やるしかないし……眠気に負けないよう頑張る……」
俺も言葉を絞り出す。
(……やるしかない! 卒業したいし、大学にも行きたいんだから……)
図書室を出て昇降口に向かう廊下で、結月と二人になる。翔は先に帰った。
「ねえ、美玲ちゃん、ほんとに前はもう少しできてたはずだよね? なんでこんなにできなくなってるんだろう……」
「……分からないけど、魔女の呪いとか……?」
結月が「ぷっ」と吹き出す。
「さすがに呪いはないでしょ……でも、実際やばいから、うん、がんばろ!」
(確かに、今のままじゃ赤点連発だ……。よし、もう夜更かししてでも勉強しなくちゃ。)
「ありがとう、結月。私も危機感あるから、協力してもらうよ……!」
「うん! 『美玲ちゃんを赤点回避させようの会』、大成功させようね!」
結月が無邪気に微笑み、俺も笑って答えるのだった。




