81.鬼退治
昨日の夜は、新入生からもらった三通の手紙を読んで軽く絶望した。どうやら1年生の番長・鬼塚なる強烈な存在がおり、犬顔、猿顔、雉顔が俺に「一緒に懲らしめてほしい」と懇願しているらしい。
「はぁ……」
思わず溜め息をついていると、後ろから小走りの音が聞こえてきた。
「美玲ちゃん、おはよー!」
「わ、結月。おはよう」
結月が並んで歩き始めると、昨日の話題を思い出したらしく、にやっと笑いながら声をかけてくる。
「ねえねえ、昨日あの手紙読んだの? 3通もあったやつ。」
「あ、ああ……まあ、一応……」
「どうだった? 告白? 激アツなラブレター? きゃー! 読みたい!」
ここは正直に言うか迷いつつ、俺は口を濁す。
「いや……あんまり大したことじゃなかったんで……後で話すよ……」
「ちぇー、ケチ。」
結月が頬を膨らませる。
校門をくぐろうとした瞬間、いきなり3人の男子が横から現れた。犬顔、猿顔、雉顔。いずれも俺が先日手紙をもらった新入生たちだ。
「美玲さん! おはようございます!」
「昨日の手紙、読んでいただけましたか?」
「あなたじゃないとダメなんです、どうか……」
まるで好きな人へ熱烈告白するような言い回しで迫ってくる3人。それを見た周囲の生徒が「え、何、美玲ちゃんモテてる……?」と奇妙な目で見るし、俺も恥ずかしくて仕方ない。
「こらこら……誤解させるような言い方しないで! それじゃほんとにラブコールみたいじゃん!」
「いえ……僕たちは、どうしても美玲さんが……」
「そう、それが愛です!」
「違うだろ!?」
結月が隣でニヤニヤしながら観察している。
「美玲さん! 我々の気持ちに応えてください!」
「貴女が必要なんです!」
3人の動物顔がまくし立てるから、周りの視線がすごい。非常に恥ずかしい。
(校門前でこんな大声出すなよ……)
「わあ、三人同時にアプローチされるなんて修羅場だね、美玲ちゃん!」
結月は楽しそうだ。人がどんどん集まってきてしまうし、恥ずかしいから早く終わらせたい。
「分かった分かった、じゃあ、とりあえず行くから……詳しく話聞くから……。もう……」
「ありがとうございます!」
3人は一気に表情を輝かせる。結月が「がんばってー! ファイトー!」と無責任に見送ってくるのを尻目に、俺は渋々1年生の教室へ連れて行かれる形になった。
(どうしてこうなる……)
3人に案内されて1年生の教室へ入ると、まず目を引くのが教卓の上で偉そうに座っている男。しかも腰蓑らしき植物繊維っぽい布を下半身に巻いているだけで、上半身裸。
「え……なにこれ? ヤバいだろ、校則的にも……」
俺は思わずドン引き。
「まさかこれが鬼塚君?」
「いえ、あれは越美濃って子です……」
俺が聞くと、3人が同時に呟く。
(紛らわしいんだけど……)
「いやいや……鬼っぽい格好だし教卓座ってるし……普通に鬼塚って感じじゃん。 しかも腰蓑って……なんで……。」
「あいつ、毎日ああなんですよ……なんか、原始人か何かに憧れてるらしく……」
「すみません……いろいろ個性的なやつなんです……」
俺はうんざりする。
(ヤバいやつだな、ありゃ)
教卓の越美濃という男子は目を細め、何かブツブツ唱えてるが、まったく注目していない様子だ。正直、関わりたくない……
さらに振り返ると、教室の扉が開いて、新たな生徒が入ってきた。今度は般若の仮面を頭にかぶり、腕を組んで静かに立っている。鬼の仮面をかぶった男……
「…あれが鬼塚君?」
「いえ、あれは猪狩君です……」
俺が聞くと、3人は申し訳なさそうに話す。
「はぁ!? 紛らわしいな。いったいどんなクラスなんだよここ……」
雉顔や猿顔は「うちのクラスは、ちょっと……色々濃くて……」と頭を下げている。
(確かに色々濃いんだけど、問題は番長の鬼塚……いつ出てくる?)
最後に、教室の隅で椅子も使わず直立している巨漢が視界に入る。
(ん? なんだあいつ、やけにデカい……2mくらいあるじゃん……)
俺は思わず目を丸くする。
3人が「あれが……鬼塚君です……」と指さす。その男は腕を組んで壁に寄りかかっていて、見上げると眉毛は剃り込んでいて、顔にはゴリゴリの表情筋、首筋には筋が浮き出し、体格はまさに大人のプロレスラー並み。
(ま、マジ……)
「え……こいつが番長……? でか……これ絶対勝てないじゃん……」
思わず声が裏返る。あまりの威圧感に息が止まりそうだ。周りの1年生が「鬼塚君……」みたいに距離をとっているのが分かる。
(2m超の筋骨隆々相手にどうしろと……桃太郎でも無理だよ。しかも3人は「頼みます!」とか言ってるし……バカなのか)
クラスの雰囲気が「鬼塚がいる……怖い……」と張り詰めている中、俺は犬顔・猿顔・雉顔の3人をチラリと見て、声を潜めて話す。
「すみません……やはり美玲さんに頼むしか……」
「その、僕たちはどうにもならなくて……」
「いや知らないって……」と思いながらも、鬼塚本人を見ると完全に筋肉と威圧感の塊でとても話しかけられない。俺は冷汗を流し、「……ごめん、また今度ね」と言って一方的に逃げようとする。
「え、ま、待ってください!」
「いや無理無理無理、こんなのに襲われたら死ぬって!」
とはいえ、ここでまごついていても仕方がない。意を決して一歩踏み出す。
(よし、せめて話だけでもしてみよう……)
「え、えっと……鬼塚君……?」
声を掛けようとした瞬間、こちらを見た鬼塚の目がカッと見開かれた。すると、驚愕の表情で体がブルブル震えている。
「ひぃ! あ、あなたは……!!」
鬼塚は青ざめた顔でガタガタ後退し、そして突然地面に頭を擦り付ける勢いで土下座してしまった。
「え、は!? 何で!?」
俺は唖然。すると鬼塚が震える声で言う。
「前に街中で見かけた……あの時、カラスや黒猫を自在に操っていた恐ろしい魔女!! どうか命だけは……!」
「はあぁあ!? カラス? 黒猫? 操ってはないけど……いや、勝手に寄ってくるだけで、操ってるわけじゃないんだけど……」
あまりの誤解に驚きつつ、鬼塚は「ゆ、許してくださいぃい」と土下座を続行中。
(なんなんだこれ……と思ったら、そういえば以前、街中で動物たちに囲まれて変な目で見られたっけ……まさか鬼塚に目撃されてトラウマを植え付けた……?)
俺が「いや、操ってないし!」と止める間もなく、3人の動物顔男子は大喜びで鬼塚を指差しながら叫ぶ。
「見たか、これこそ美玲さんの実力だ!」
「番長も平伏したぜ!」
「悔い改めろ、鬼塚め!!」
「いやいや、何これ……勝手に誤解してるだけじゃん!」
周囲の1年生が「おお、すごい……魔女ってホントだったのか……?」とか囁いているのが聞こえる。そんな中、鬼塚は震えて土下座している。意外と小心者なのかな……
「ていうか……鬼塚君はどんなことをして暴れてるの? 具体的には?」
俺は呆れて尋ねる。
「えっと……授業が終わると、黒板の前で暴れるんです!」
犬顔が言う。
「暴れる?」
すると鬼塚君は土下座のまま言う。
「いえ……僕は皆さんの勉強がはかどるように黒板を拭いてるだけです……」
良いやつじゃん、鬼塚。
「あとは掃除の時間になると、急に暴れだすんです! 怖くて……」
「いや、掃除が好きなんで、張り切ってるつもりなんだけど……ふえぇ……」
鬼塚は再度うなだれる。
「え、それってお前ら、勝手に怖がってるだけなんじゃ? 鬼塚君、別に迷惑行為してなくない? ただでかいだけで掃除とかしてるいい奴じゃん……」
俺が冷静に指摘すると、犬・猿・雉が「はっ」と驚く表情を見せて「え……良い奴……?」と顔を見合わせる。徐々に「た、確かに……」という空気になっていき、ついには「鬼塚、おまえっていい奴だったのかよ!」とか言い出す。
「……まさか、こんな誤解で皆に怖がられていたなんて……。僕はただ……大柄だから周りに引かれてて……友達ができなくて……うっ……」
すると犬顔・猿顔・雉顔が次々涙を浮かべ、「おまえ、いい奴だったんだな!」「ごめん、勘違いして……」と4人抱き合い始める。
「ぎゃーー、なんか感動の和解シーンが始まった……」
俺は距離を置きながら呆然と見る。
犬猿雉が「鬼塚、ほんとごめん!」「俺たちずっと怖がって避けてたから……」「これからは仲良くやろうぜ!」と泣いていて、鬼塚も「はい……ぜひ……」とハンカチで涙を拭いている。
視界の端で、越美濃は腰蓑のまま「うむ、平和が訪れた……」と謎のポーズ、猪狩は仮面を外してポロリと涙ぐむ。クラス中が拍手している。
(これマジ茶番だろ……勝手に和解してるし……帰りたい……)
こっそり1年教室を出て、3年の自分のクラスへ戻る。教室に入ると結月がすぐ寄ってきて嬉しそうに聞く。
「美玲ちゃん、どうだった? 熱烈告白が成功しちゃったとか?」
「いや、鬼塚に全部持っていかれた感じかな……」
「え、略奪愛!? 美玲ちゃんが鬼塚君と……あははー!」
結月は妙に勘違いして楽しそうに「鬼塚君に連れ去られる系?」とか勝手なシチュ想像して笑い転げてる。俺は呆れて相手する気にならず、机に突っ伏す。
――――
さらに翌日、朝の時点でクラスの周囲がやたら盛り上がっている。
「おい、美玲、なんかお前が1年生にモテモテで、校門で愛の告白されたって噂が出てるぞ!」
翔がニヤニヤと報告してくる。
「それだけじゃなくて、『美玲ちゃんが不思議な力で番長を締めた』みたいな話もあるよ!」
結月が苦笑しながら言ってくる。
「はああ!? そんなのおかしい……全部誤解なのに……」
さらにホームルーム前、担任の小早川先生に呼び出される。
「おい藤堂、1年生の鬼塚が怯えてるらしいが、何やった?」と詰問される形に。
「な、何もやってないですって……!」
「でも『美玲が番長を締めた』とか、よく分からん噂があるぞ?」
「そんなの全部誤解ですよ……」
先生は「はぁ……またお前らのせいでトラブルか」と呆れ顔。結局話にならないので、「とにかく、1年生に迷惑かけるなよ」とだけ言われ、解放される。
「はあ……大騒ぎになったな……」
結果的に、鬼塚は俺を『恐怖の魔女』としてビビりまくり、動物顔の三人は「鬼塚は改心した!いいやつだ!」と涙しながらハグ、周囲は「美玲ちゃんが1年生クラスで暴れたらしい……」などと好き勝手噂し、先生にも叱られた。
(何もいいことないじゃん……)
結月はニコニコしながら「美玲ちゃん、人気者でいいじゃん?」なんて軽口叩いてる。
こうして『鬼退治』というより『泣いた鬼塚』の茶番が終わり、俺にはまた厄介な誤解が積み重なったのだった。




