79.始業式と花見リベンジ
「なんだかんだで、もう3年生かぁ……」
四月初頭。桜が咲き誇る通学路を歩きながら、しみじみとつぶやいた。去年も一昨年も、結局は大騒動ばかりだった気がする。
運動会や文化祭、海や修学旅行……振り返ればロクな思い出がないような、笑えるような、よく分からない事件ばかり。
そんな自虐的な思いを抱えつつ、いつもの校門をくぐる。今日は始業式の日。新しいクラス分けも発表されるということで、校内はざわめいている。
結果として、俺は翔と結月と同じクラスだった。前と同じ面子だなんて、なんか安心感がある。
始業式が終わり、校長や先生の挨拶もそこそこに解散したところで、同じクラスになった結月がいそいそと寄ってきた。
「美玲ちゃん、今日このあとヒマでしょ? 花見行こうよ!」
キラキラした目を向けてくる。
「は? 花見? え、前に終業式の日に、まだ桜が咲いてなくて無理やり花見したじゃん……椿の花だけしか見れなかったやつ……」
思わずそう突っ込む。つい先日、季節外れの花見を無理やり決行して大騒ぎした経験がまだ新しい。
「だって! 満開の桜で花見してないじゃん。日本人ならやっぱ満開の桜を楽しみたいでしょ!」
結月は胸を張って熱弁を始める。翔も少し離れたところから笑っている。
「まぁ満開の桜はちゃんと見たいよな」
「それにほら、今日は始業式が午前中で終わったから、午後はフリーなんだよ! せっかく桜が咲いてるし、今度は正真正銘の花見しようよ!」
「……まぁ、春は一度きりだし……いいけどさ……」
こうして、成り行きで午後にまた桜の下で花見をすることになった。
早速放課後に翔・結月と3人で公園へ移動。神崎と西園寺はクラス行事で忙しいとかで不参加。
「桜、ばっちり満開だね!」
「すごい綺麗! さすが最盛期!」
確かに咲いている桜は見事なピンク一色。散り始める前の最高のタイミングだ。結月もテンションMAX。
(これこそ通常の花見……前回は椿の枝しかなかった……)
しかし、花見スポットにはすでに大勢の人がブルーシートを敷いて宴会している様子。場所取りが凄まじく、どこにもスペースが無いという感じ。
「……どうする? これじゃあシート敷く場所がないじゃん」
「うーん、あてがはずれたね。さすがに桜が満開だと混むか……」
「まぁ隅っこに狭いスペースあるけど、桜の木から遠いし……」
翔は肩をすくめる。
「せっかく来たのに……」
結月も口をとがらせて悔しそうだ。
途方に暮れていると、後ろから声がする。
「おいおい、君たちはあの枝だけの桜で花見していた高校生じゃないか?」
振り向くと、前回俺たちが椿の花しか咲いてない時期に花見を強行した際に、偶然一緒に騒いでいた近所の人だった。
「あ……あの時はどうも……」
結月が照れ笑いする。
「いやぁ、珍しい花見だったな!君ら気が早い高校生で面白かったよ。今日はちゃんと桜があるな! どうした、場所無いのか?」
「そうなんですよ……もういっぱいで……」
「ならうちの場所、広いから一緒に花見しよう! カモーン!」
あっさりと誘われ、俺たちはオジサンたちの大人数グループのシートに加わる形となる。
「なんか知らない大人ばかりだけどいいの?」
翔は困惑してるが、オジサンは「気にすんな気にすんな!」と歓迎ムード。
「やったー!」
結月は花見ができて大喜びだ。
オジサンや近所の人たちがずらりとテーブルを並べ、お菓子や酒、弁当を広げている。俺たちはその端っこに座らせてもらい、「わーい、お菓子いただきます!」なんて軽く摘まんで談笑。桜は満開だし、暖かいし、雰囲気最高――だったのに。
「いやぁ、花見っつったら酒がなきゃだめだよ、どんどん飲もう!」
あるおじさんが音頭をとると、別の女性が反論し始める。
「違うわよ、桜を静かに眺めるのが醍醐味でしょう? 酒で酔っぱらうなんて下品だわ!」
「下品とはなんだ! 酒を楽しむのが日本の花見文化じゃないか!」
「言っておくけど、酒のせいで騒音やゴミが増えるんでしょ! 桜の風情を台無しにするのよ!」
段々と二人の口調が激しくなり、周囲も「まぁまぁ……」ととりなすが、別の人が「いや花見で酒飲むのは当然だろう?」などと助長し、もう一方が「酒は家で飲め!」と反撃して、ヒートアップ。
「ちょっと険悪な雰囲気になってるね……」
結月が俺の耳元で心配そうに声を出す。
「いや、これ大丈夫か……?」
翔も硬い笑みだ。確かに嫌な空気が漂い始めている。
次第にその二人だけでなく、他の飲兵衛グループ vs 花見静寂派グループが派閥化し、互いに罵り合いを開始。さらに俺たちのシート近くにも「どっちが正しい?」と意見を求められたりして困る。
「え、あの……程々に飲めばいいんじゃ……」
結月が曖昧に返すと、「ほら見ろ、若い子も酒派だ!」とか「いや、中立でしょ!」みたいに勝手に解釈されて騒ぎが拡大。
「なんだと!?」
やがて一人がテーブルを蹴飛ばしてしまい、皿や弁当が飛び散る。
(え、ちょっと暴力展開はやめて……)
焦った瞬間、別の人が「やんのかコラ!」と殴りかかり、もう手がつけられなくなる大乱闘に発展……!
「まじかー!?」
翔が慌てて止めに入ろうとするが、止めようにも人が増えすぎていてわけが分からない。近くで騒音に気づいた他の花見客も流れ込んできて、数百人規模の大混乱に。何が何だかさっぱり分からないが、とにかく「酒だ!」「うるせえ!」とか叫び合いながらパンチや頭突きが飛んでいる。
「ひえええ……!」
俺が呆然としていると、どさくさに絡まれた人がこっちに転がってくる。
「お嬢ちゃんも花を愛でに来たんだろ!」とか「酒の飲めない高校生に声かけるなんて反則だろ!」みたいに、よく分からん理論で俺に矛先を向けてくる奴までいる。
(いや、何をくだらないことで争ってるの!?)
あっという間にパンチとキックが飛び交う大乱闘に飲まれ、俺は悲鳴を上げる。「なんでこんなことに!?」と混乱してるうちに、人波がぐちゃぐちゃになって押されて転びそうになるし、服を掴まれかける。
「いやああ! 誰か助けて!」
当然、俺は酒も飲んでないし、花見静かに派でもないし、無関係なのに、なぜか酔っぱらいオジサンが「未成年は帰りな!」と背中を押してくるし、逆側から「桜を舐めるな!」とか叫ばれたりして何が何だか……。
「ああ……もう無理……蜂まみれよりはマシかもしれないけど、これはこれで最悪……」
パニック状態の中、結月の声が「美玲ちゃん、こっち!」と聞こえる。腕を掴まれ、ぐいっと人の波をかき分けて引きずられるように移動。足元がもつれそうになりながら、ようやく乱闘の外へ出られた。
「はぁ……はぁ……ありがとう……」
「ああもう、びっくりだよ……なんでこんな大げんかになるの!?」
「さ、さあ……花見って平和なイメージだったんだけどね……」
俺は肩で息をしながら、ふらふらとベンチに腰を下ろす。周囲では警備員が「止めろー!」とか言いながら制止しようとしてるが収まらず、桜の木の下が地獄絵図となっている。
「……これじゃ『花より酒戦争』だよ……」
「ほんとだね……あ~、なんか、季節外れの花見の方が平和だったかも……」
二人して顔を見合わせて、苦笑いしかできない。このままじゃ今日はもう花見どころじゃないし、桜の綺麗な記憶より、殴り合い乱闘の衝撃が強すぎて全然花を楽しめてない。
(結局また事件……)
春が来て、3年生になった途端、また大騒ぎに巻き込まれた俺たち。最初は「やっと普通に満開の桜を楽しめる!」と思ったが、大乱闘にまで発展するなんて予想外。
あのあと結局、警察も来て対応したらしい。俺たちは何とか難を逃れ、帰宅の途につく。
「……次こそは、ほんとに普通の花見がしたいよ……」
「私も……もういらない、花見はしばらくいいや……」
結月がしんみりと答え、二人で顔を見合わせてため息をつく。そう言いながら、彼女はきっと春になるたびに花見に誘ってくるだろう。なにせ、桜が咲いていなくても花見をやりたがるぐらいなのだから……
二人で少し桜並木を歩いて帰り、ささやかに桜の風景だけは目に焼き付けておこうと思う。
(これが一番穏やかな花見だ…… あれ、翔は?)
後日分かったことだが、翔は喧嘩の仲裁に入ったのに、警備員に捕まって拘束されていたのだとか。誰よりも可哀そうな翔であった。




