78.いちご狩り
「冬休みももう終わるのか……」
そんなぼやきが思わずこぼれたある日。俺はうたた寝していたところ、結月から着信が入った。
「もしもし? どうしたの?」
「美玲ちゃん、いちご狩り行こうよ! 今なら季節もいいし、いっぱい甘いイチゴが食べ放題なんだって!」
「いちご狩り……?」
結月のテンションはいつも高いし、特に断る理由もない。「どうせ暇だし……」そう思って承諾した。
「じゃあ明日の朝10時、駅前で集合ね! バスで行こう!」
「うん、分かった……」
翌日、俺は駅前に行くと既に結月が待っていた。
「おはよ~! 今日はたくさん食べるぞ!」
結月は張り切っている。俺も「まぁ甘いイチゴ大好きだからね……」と同調し、バスに乗り込む。
片道30分ほどでいちご農園に到着。ハウスが数棟並んでいて、受付で「30分食べ放題コース」のチケットを購入する仕組みだ。少し混んでおり、人混みの中を進む。
「わ~、いっぱい人がいるね。でも負けないよ、30分で元を取るぞ!」
結月は気合十分。「そんなに元取りたいか……」と苦笑する。まぁ安くはないから分からなくもないが。
係員に案内されてビニールハウスの中へ。中はポカポカ暖かい。つやつやのイチゴが低い棚にずらりと並んでいるのを見て、思わず感動。
「うわぁ……すごい真っ赤。めっちゃ美味しそう……」
「私、もう手が止まらないかも!」
結月はビニール袋片手に、次々イチゴをちぎっては頬張り、「あまっ! 美味しい!」と大興奮。俺も「わぁ、ホントに甘い」と嬉しくなる。ビニールハウス栽培ってすごいな……と感心。
「あと20分くらいしかない! もっと食べる!」
「落ち着いて、そんなに急いで食べても……」
でも結月はガツガツ食べていて、「あうあう、口の中が甘酸っぱ……幸せ……」なんて呟いている。俺もそこそこ食べたが、もう十分満足。
残り10分くらいになった頃、突然、周囲にミツバチが飛び交い始めた。どうやら花を栽培するために受粉用のミツバチをビニールハウス内で飼育しているらしい。普段は穏やかで刺したりしないと聞くが……なぜか俺のほうへ集まってくる気配がする。
「ん? なんか蜂が……」
軽く手で追い払う程度で済むと思ったが、次第に数が増えていく。「ブブブブ……」という羽音が耳元で聞こえる。
「え、大丈夫? なんか美玲ちゃんの周りにいっぱい蜂来てない?」
「ちょ、私、別に蜂好きじゃないけど……」
「大丈夫かな……?」
しかし次の瞬間、3匹、5匹……10匹とどんどん増え、気づけば俺の周囲をミツバチ集団が取り囲む形になっていた。もう顔や首元をホバリングする感じで、手で追い払うのも怖い。刺されたら嫌だし。
「え、なんでこんなに集まってくるの!? 私は花じゃないよ!? もしかしてイチゴ汁がついてるのかな……」
「美玲ちゃん、顔をあまり振らないで! 刺されるかも!」
結月も焦りだしているが、蜂はどんどん増えて、最後には視界が黄色い小さな物体で埋まる。目を開けると蜂が入ってきそうで恐怖に駆られる。
(うわあ……どうしよう……)
俺は静かにじっとしてるが、額や頬にミツバチが止まっている感触があるし、羽音がどんどんやかましくなる。怖くて手も足も動かせない。
「美玲ちゃん、いろんな人から構われるし、蜂にも好かれるフェロモンとか出してるのかな……」
のんびり結月がそんなことを言う。
(そんなこと言ってないで助けてよぉ!)
周囲で「え、何この光景……」「やばくない?」という声が飛び交う。係員が駆けつけてくるが、その人も「うわっ!」と驚いて後ずさりし、「ひいい……!」と半分パニックになっている。
「ちょっと、何とかしてくださいよ!」
結月が叫ぶが、係員は混乱している。
「お、落ち着いて……そうだ、巣箱が壊れたとか……?」
(ひいぃ……目が開けられない……口開けたら蜂が入りそう…)
もうどうにもならず、俺は固まったまま蜂に包囲され、呼吸もままならない。
次の瞬間、係員が俺から後ずさってつまづき、ビニールハウスの大型ヒーターに激突してしまう。ぐらぐら揺れてヒーターが倒れ、電源コードがショートするか何かでバチバチッと火花が散る。
「わああああ!?」
そこからビニールハウスのビニール面に火が移り、パチパチと燃え始める最悪の事態。周囲の客たちが悲鳴を上げ、「消火器! 水!」「これやばいぞ!」と大混乱。
「ええ、火が! ちょ、誰か消火器!」
結月身も走り回り、係員も「消火ホースが……!」と必死に対応。場内はパニック状態。俺はというと、目を開けられないまま状況が把握できず、「何が起こってんだ?」と絶望的。
どうにか周囲の人がホースで放水したり、消火器を使ったりして、火はそれほど大きくならずに鎮火したらしい。10分かそこらの騒動だったが、ビニールハウスの端のほうは焦げて穴が開いてしまい、煙が立ちこめている。
「はぁ……よかった、なんとか消せた……」
結月が肩で息をしながら息を荒げているのが見える。係員は膝をつき、「ああ……うちのビニールハウスが……」と涙目。焼け焦げがかなり広がっており、「修理代どうするんだ……」という呟きが聞こえてくる。
(え、どうなったの……火は消せたの?)
俺はまだ蜂に包囲されて動けないため、状況が把握できない。
「大丈夫、鎮火した……んだけど、ビニールハウスはちょっと……」
結月は残念そうにつぶやく。
火が消えたあとも、蜂たちは俺の周囲を飛び回っており、結局どう対処すればいいか分からない。巣箱が壊れたわけでもなく、なぜここまで俺に群がってくるのか謎だ。
「と、とりあえず、刺さない種類のミツバチだって聞いたけど……?」
結月がヒヤヒヤしながら近づくが、俺は目をぎゅっと閉じたまま声を震わせる。
(ま、まだ怖い……助けて……)
「えっと、こういう時は煙とか使って追い払うんですが……火事で煙出してたけど逆にパニックになったのかもしれませんね……」
係員もお手上げ状態。客も「あらら……」と遠巻き。
(誰か助けてくれよ……)
目を開けてないから視界は真っ暗、口も怖くて開けられず、両手は静かに下ろしたまま動けない。火事の騒動は去ったらしいが、結局俺は蜂まみれ状態。
「ごめん、美玲ちゃん、なんとかしようね……」
結月が励ましてくれるが、俺の中で今日は終わった感が強い。楽しいイチゴ狩りになるはずが、最悪の思い出に塗り替えられた。
(ああ……なにが起こったんだ……ついさっきまでは甘くて美味しい体験をしてたのに……)
呟く俺に、周囲は言葉もなく静かに見守るしかない。
1時間後、係員や周りが煙や甘いシロップなどを使ってうまく蜂を誘導したらしいが、俺の記憶はパニックと疲労で途切れ気味だ。
ビニールハウスは穴が開いて焦げが残り、係員が涙目。
「はぁ……なんだろう、このイチゴ狩り……」
「ほんと、まさかこんなことになるなんて……」
結月はしゅんとしているが、もはや誰も責められない。
(こうして……今年の冬休み最後の思い出は、またしてもロクでもない感じに……。)
思いながら、結月が支えてくれる腕にすがり、イチゴ農園を後にした。
また一つ、笑い話にするには重すぎる事件が追加されてしまったのだった。




