8.返礼品パニック
午前中の授業を受けていると、終了と同時に担任の小早川先生がなにやら困惑しきった様子で職員室からやってきた。
小脇に抱えているのは、どこか懐かしさを感じる茶色い紙袋。しかも一つや二つじゃない。大中小、サイズもさまざまな包みがいくつも積みあげられている。
「え、先生……その荷物、どうしたんですか?」
クラスメイトたちの好奇心が爆発する中、先生は苦笑いを浮かべながら、教壇にどさっと荷物を置いた。
「実はさ、職員室にこんなに届いてるんだよ。宛先は……藤堂 美玲」
驚きのどよめきがクラスを包む。俺は思わず椅子から立ち上がった。
身に覚えがないわけではない。最近、おばあちゃんたちを道案内したが、ここまで大量の荷物が届くとは……。
段ボールや紙袋を一つ開けてみると、中から出てきたのは、上品そうな和菓子の詰め合わせ。それだけじゃない。別の袋には地元特産の野菜や漬物、はたまたなぜか編み物の帽子らしきものまで。まるで寄せ集めのお歳暮セットみたいだ。
「な、なんでこんなに……?」
「そりゃ、お前、道案内してあげたおばあちゃん達だろう? 『お礼です』ってわざわざ学校まで届けてくれたらしいぞ」
隣の席の佐々木翔が、呆れ顔で教壇の荷物を見やる。俺は頭を抱える。確かに道に迷ったおばあちゃんたちを助けた記憶はある。それも10人ほど、立て続けに。でもまさか、全員がこうしてお礼を送ってくるなんて……。しかも場所は学校。正直、受け取るのも申し訳ない上に、先生からすれば面倒ごとだろう。
「うわ、私も見たことあるメーカーの和菓子だ。けっこう高いよ、これ」
「この漬物、ちょっと気になる……」
クラスメイトたちが興味津々に寄ってくる中、小早川先生は意外にも困惑の色を濃くする。
「藤堂さん、一応これ全部個人的なお礼ってことになるんだけど……学校としては、受け取るかどうか微妙なラインなんだよね。職員室内でも扱いに困るよなって……」
確かに一理ある。感謝の気持ちとはいえ、関係者以外の荷物を学校が受け取るのはいかにもまずそうだ。みんなの前で肩身の狭い思いをしながら、俺は「はぁ……」とため息をつく。
クラスメイトたちの注目も一層高まっていく。中には羨望の眼差しを向ける人もいれば、「さすが迷惑系美少女、また何かやってくれた」と面白がってる人も。
すると、複数の声が上がる。
「いや、でも美玲ちゃん、善行じゃん? 困ってるおばあちゃんを助けたわけでしょ? 返礼品くらいいいんじゃないの?」
「そうそう、もらっておけば……」
返礼品を用意するの早すぎない?とか、迷子になるようなおばあちゃんがみんな学校にはすんなりくるのか?とか、不思議でしかない。なんとなく嫌な予感がするが――これもまた、藤堂美玲のトラブル体質に巻き込まれた結果なのかもしれない。
休み時間になると、職員室から追加の連絡が入る。「また荷物が届いた」と。今度は大きな箱にみかんやら手作りジャムやら、素朴な贈り物がぎっしり。取りに行った小早川先生はますます疲れた顔をして教室に戻ってくる。
「藤堂さん……本当にどうする? これ、もう保管場所がないんだけど……」
「すみません……。でも、返礼をお断りすると、失礼になるような……」
なんとも言えない板挟みだ。そもそも個人情報を聞いたわけじゃないから、連絡先すら分からない。やむを得ず、当面は職員室の空きスペースとクラスのロッカーを臨時保管場所として使うことに。クラスメイトが大笑いする中、結月が声をかけてきた。
「美玲ちゃん、これ全部一人で持って帰るつもり? 無理でしょ?」
「そうだよね……そもそも、持てない量だよ……」
かさばる和菓子やら箱物やらが大量にある。周囲のクラスメイトは呆れ半分、興味半分といったところ。先生も「どうしてこうなるのか」と頭を抱えながらも、クラス全体がどこか楽しそうな雰囲気なのが救いといえば救いだ。
午後の授業を終え、放課後になるころには大まかな対応策が決まった。
小早川先生と生徒会の先生が協議した結果、寄付という形で学園祭のバザーへ回したり、必要なら家庭科部の活動に使ってもらうなど、学校全体で活用できるものは活用することに。また、生モノについては自己責任としてクラスメイトに配ることに。
ただし、個人的な手紙や一点物の編み物のような明らかに美玲宛ての品については、俺が責任を持って受け取ることになった。
「うわぁ、こんな立派な手編みのマフラーとか……嬉しいけど、どうしよう」
どこに保管すればいいのかも分からないまま、俺はクラスの机に積み上げられた袋を見てため息をつく。翔が手伝いながら、それらを仕分けしてくれるが、一向に減った気がしない。
「オレらも協力するけどよ、こんなにあるとさすがにクタクタになるわ」
「私も手伝うよ! ひとまず、生徒会室に運ぼう!」
結月や他のクラスメイトも加わって、運搬作業が始まる。ロッカーから廊下へ、廊下から教室へ。わっせわっせと返礼品の山を運ぶ光景は、もはや学内の誰が見ても「何事!?」という状態だ。
先生たちからは「多くの人を救っているんだから、ある意味すごいよね」との声も聞こえる。だが一方で、「学校が荷物の受け取り所みたいになってる」と嘆く職員もいるそうだ。
結局は、迷惑かけつつも結果オーライ――これが俺の宿命なのだろうか。周囲をドタバタに巻き込みながらも、なぜか最終的に「面白かったね」で済んでしまうという。美少女の役得でもある気がする。
「でもさ、美玲、あのおばあちゃん達がどんな気持ちで持ってきてるか考えたら、無下にはできないよな。道に迷ったところを助けてもらって、すごく感謝してるんだろ」
梱包のひとつを手にとって、翔がそんな風にぼそりと口にする。
そうなんだ。善意ゆえの大騒動なら、責めるわけにもいかないし、むしろ俺も感謝されること自体は嬉しい。だけど、人に迷惑をかけてしまうのはやはり申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「そうだね……。わざわざ時間と手間をかけて届けてくれたんだもんね。感謝……ちゃんと伝えられるといいけど」
返礼品と一緒に入っていた手紙を読むと、「孫が遠くにいて寂しかったけど、あなたのおかげで助かったよ」なんて、あたたかい言葉が綴られている。こういうのを知ると、確かに受け取らないわけにもいかない。微妙に歯がゆい気分だが、最終的にはありがたいことなんだと思い直す。
「……でも、本当にどうやっておばあちゃん達は学校を探し当てたんだろう? あんなに迷子になっていたのに、学校にはバッチリ来られるって、変じゃない?」
「もしくは郵便局とか交番に聞いたとか……」
結月が補足を入れる。
校門を出るころには、すっかり夕陽が差し込んでいた。今日もまた一日が波乱に満ちていたが、いちおう返礼品問題はなんとか落ち着きそうな気配。
「おつかれー、美玲ちゃん。今日はすごかったねぇ」と結月が手を振る。
「ほんとおつかれ。今後も似たようなことあったら教えてくれよな。」
翔が苦笑する。
少し気まずいような、でもなんだか心があたたかくもなる不思議な光景だ。迷惑ではあるけれど、周りが笑って受け止めてくれるからこそ救われているんだよな、と改めて実感する。
「じゃ、また明日……」
軽く手を振り返して別れを告げると、俺は家へと歩き始めた。
――次こそは、“普通の登校日”が来るといいな。けれど、そんな淡い期待も、きっと明日にはまた別の騒動に飲み込まれるんだろう。それでも、せめて笑顔で過ごせるように。そう願いつつ、視界に映る茜色の街並みを横目に、俺はふと小さく微笑んだ。
(おばあちゃん達、ほんとにありがとう。でも……こんなことってある……?)
自問自答しながらも、今はただ、賑やかな余韻を残したまま家路に就くのだった。