73.ホワイトデー
朝のホームルーム前、いつも通り学校へ到着した俺は、教室のドアを開けた瞬間に違和感を覚えた。廊下にずらっと人が並んでいるではないか。しかもクラスの中にも、何か行列が続いているような……。
(え、何これ……まさか配給?)
そしてすぐに思い出す。今日はホワイトデーだと。そういえば先月のバレンタインに俺は大量にチョコレートを配りまくった。それこそ全校生徒に行き渡るほど。
もしみんなからのお返しがあるなら……まさか、こんな大人数がお返しを持ってきたのだろうか?
「私が配ったのはただの余り物みたいなものだったのに、まさかこんな……」
呆然としていると、クラスメイトの結月がパタパタと走ってきて、満面の笑みでこう言う。
「美玲ちゃん、おはよう! みんな美玲ちゃんにお返ししようとしてるの!」
「こ、こんなに……?」
恐る恐る教室に入ると、まさにバレンタインデーの反動か、人の列が伸びていて、「美玲ちゃんだ、ホワイトデーのお菓子だよ!」とか「いつもありがとう!」みたいな声が飛び交っている。
(……握手会かな?……いやアイドルってわけじゃないんだけど)
「結月、この人たちは私が来るの待ってたわけ?」
「そういうことだね。私もさっき見てびっくりしたよ。クラスメイトが整理しようとしてるけど混乱気味!」
結月はおろおろしながら俺を見つめる。翔も加わって「ここに整列して順番に渡して行け!」と声を張り上げ、自然発生的な行列整理が始まる。
「みんな! 落ち着いて! お返しはちゃんと一人一人受け取るから、押さないでね!」
「うわ、すごい……本当に大量の人がいるね……」
翔と結月が懸命に誘導し、どうにかまともな列になってきた。みんな俺のところに来ると「ありがとう、バレンタインのチョコ美味しかったです。これお返しです!」とお菓子やクッキー、キャンディーなどを手渡してくる。まるで握手会みたいに一言ずつ掛け合いが発生して不思議な光景だ。
(ああ……ありがたいんだけどさ、これどうやって全部持ち帰るの?)
そんな疑問を抱えつつ、俺は微妙な緊張感でお返しの品を受け取り続ける。行列は全然減らない。
(まだ朝のホームルーム前だというのに、一体いつ終わるのか……)
結局、約小一時間ほどかけてずっとお菓子を受け取る作業が続く。
「次の方どうぞー!」
結月が声を上げる。
「受け取ったらさっさと退場しろよ」
翔は効率的に追い出し、なんとか列が動く。クラスメイトも笑いながら「なんなのこれ」と突っ込む。
俺は机の上に山積みの菓子を一つずつ受け取っては「ありがとう」と頭を下げる。
(もう握手会じゃないな、なんだろう……年貢を徴収する徴税官の気分だ……)
先生も様子を見に来て、「ちょっと、朝のHRの時間終わってんだけど……」と呆れながらも放置。列に教師も混じっており、先生も強くは言いづらいのか。
ようやく行列が途切れたときには、ホームルームどころか一時間目も終了していた。机も床も袋や箱だらけで、俺の周辺が菓子の山に占領されている。結月と翔も手伝ってくれたが、量が多すぎる。ほんの一部しかロッカーに入らない。
「絶対これ一人じゃ食べきれないよ……」
「美玲ちゃん、すごい量作ってたもんね……」
「うう……自業自得か……」
圧倒的な量で頭が痛い。
「まあ食えばいいじゃん。甘党だろ?」
翔が無責任に笑う。
「でもこんなに食べたら体壊すよ……。どうする?」
結月が心配してくれる。
(そうだ、配り直そうかな……)
思わず「配り直すか……」と零すと、結月が「やめてぇ!」と泣きそうな声を上げる。
「そんなことしたら、また大混乱になるって! みんなせっかく美玲ちゃんにあげたのに、配り直されたらまた行列になるよ……もう大惨事だよ!」
俺は「た、確かに……」と思い、うなだれる。
(そうだよな、受け取った以上は礼儀として何とか保管すべきか……)
放課後、クラスの片隅に俺のお菓子山脈がそびえ立ったまま。徒歩で運べる量じゃない。
「仕方ないな……学校備品の軽バンがあるし、今日は使われてないから運んであげるよ」
小早川先生が言ってくれる。夕方、車が出発し、先生と俺の2人きりの車内。
「ったく、ほんとにいつも大騒ぎ起こすよな……」
先生は呆れ顔だ。でも悪意はなさそうで、俺は苦笑いを浮かべる。
「すみません、先生……ありがとうございます。ほんと助かります……」
「いいんだよ、まぁ……お前んち、どこだっけ。道分かるか?」
「はい、大丈夫です。この先を右折して……」
家に到着すると、先生は早速降りて準備する。
「じゃ、荷下ろし手伝うからさっさとやろう」
家の玄関開けて、先生と一緒に菓子を運び込み開始。何往復もして汗だくになりながら、ようやく全てリビングに収めることができた。
(今度は引っ越しバイトの気分だな……)
「ふぅ……お疲れ……。この量、食べるの1年かかるだろ?」
「ほんとそうですね……ま、気長に消費します……」
「じゃあ帰るぞ。もう暗いしな。明日はちゃんと来いよ?」
そう言って先生は車で帰っていく。
リビングには俺一人と壮大なお菓子の山――クッキー缶、飴細工、チョコ箱、マカロンセット……多種多様。まるで世界菓子博覧会の展示みたい。
「はあ……これどうしよう……」
とりあえず一袋開けて味見しようとしゃがむ。
その瞬間、背後で「キキー」「ニャー」という鳴き声が聞こえる。まさかと思いつつ振り向くと、やはり出た、猿や猫たちが窓から覗いている! さらにアライグマらしき姿も……。
(やっぱり動物来た……チョコを作ったメンバー?)
静かにリビングへ侵入し、菓子の包みをガサガサと触り始める。動物たちは一斉にお菓子を袋や箱に詰めなおし、テキパキと回収。
まるで「チョコを作った俺たちに届いたお返し」という理屈で、自分たちの戦利品を持ち帰ろうとしている……?動物たちは容赦なく「チャッチャッ」とまとめ、ダンボールにパッキングし、あっという間に運び出す準備を進める。もう呆然とするしかない。
「いや……ある程度持って行ってくれるのは助かるけど……いやでも、チョコ作ったのも彼らだし、まぁいいのかな……?」
頭が混乱するが、彼らの力強い行動には逆らえず。
数分後、リビングは空っぽ。動物たちは袋や箱を抱えて外へ消える。部屋には菓子の包装紙の切れ端が少し落ちているだけ……。苦笑いするしかない。
(結局、チョコ作った連中にお返しが回収された形か……今日は彼らのために働かされた気分……)
――――
翌朝、学校でホームルーム前、結月が俺に駆け寄る。
「昨日の夜、先生とあれ全部運び込んだんでしょ? どうしたの?」
「動物が持っていった事実は言えないし……」と思った俺は渋々応じる。
「な、なくなった……」
「え、なくなった? 一晩で? 食べたの? 全部?」
結月が驚愕の表情で身を乗り出す。
俺は曖昧に笑い「ま、まあ似たようなもんかな……」とごまかす。
「あんな大量のお菓子一晩で食べきるとか……美玲ちゃん、糖尿的な意味でやばいよ!」
焦った顔で結月が説教しそうになるが、俺は「大丈夫大丈夫、なんとかなったから」と謎の返事をするしかない。
だが、翌日にはさっそく「藤堂が大量のお菓子を一晩で処理したらしい」といった噂が広まり、「糖分で死なないの?」とか「いや、彼女は『お菓子の妖精』かも」と騒ぎ出す人が出てきた。
いつの間にか「美玲ちゃんはいくらでもお菓子を食べられるらしい」「そもそもチョコレートから生まれたって聞いたよ」みたいな電波な話が出回っており、俺は非常に複雑な気分である。
「……そんなバカな噂、誰が言い始めたの……」
結局、これも一種の学園の都市伝説化し、「美玲ちゃんはお菓子に埋もれて生きてるから、チョコから誕生した妖精だ」なんてからかわれてしまう展開になる。
さらに厄介なのは、この噂を真に受けてか、「妖精ならお菓子あげれば何か奇跡を起こしてくれるんじゃ?」みたいな勘違いをする人も出てきた。
「美玲ちゃん、お菓子……どうぞ! 妖精パワーで私の恋愛運上げてくれない?」
ある日の放課後、机に箱菓子を置きながらそんな話をされる。いや、無理だから……
他の人からも「お菓子を受け取ってくれたら試験合格する気がする!」などと言われたりする。
(はぁ、なんでこうなるんだ……)
いつの間にか俺は「妖精キャラ」としてまたお菓子が集まりだしている。ループかよ! 俺にとってはホワイトデーどころかお菓子祭りが延々続いている印象だ。
「もう嫌だ……普通にしてたいのに……」
そんな気持ちを抱きながらも、周囲の怪しげな盛り上がりは当分収まりそうにないのだった。
こうして、ホワイトデーはチョコ配布の逆襲で、俺が強制的にお返しを受け取る大イベントと化した。最終的に全部を動物に回収され、「妖精伝説」なんて噂が校内に広まるおまけ付き。
結局のところ、せっかくみんながくれたお返しを口にする暇もなく家に運び込み、そのまま動物が持っていった形だ。
(動物は満足したのだろうか……)
そんなことを考えながら、翌日もクラスには2~3人が「お菓子捧げます!」とお菓子を持参してくる。「もうやめてくれ!」と心で叫びつつ、とりあえず苦笑いで受け取るのだった。




