72.本格派ひな祭り
3月に入りそうな時期。ある朝、俺はいつも通りに教室へ入ると、後ろの片隅に奇妙なひな壇らしきものが置かれているのを目撃した。
「え、何あれ……雛人形の台?」
クラスの連中も「おお、なんかかわいいじゃん」「ひな祭り?」などとざわめきながら周囲に集まり始める。よく見ると、それはひな人形用の段飾りだけで、肝心の人形はない。
「誰が持ってきたんだろうね?」
隣の席の結月が首を傾げるが、誰も答えられない。まさか学校が公式に用意したわけではなさそうだし、クラスメイトの一人が「まあ、せっかくだし雰囲気いいね!」と肯定的だ。俺も「ひなまつりか、可愛いし、悪くないかも」と思う。特に問題なさそうだから、みんなで容認することに。
先生も「うん、まあスペース的に大丈夫ならいいんじゃないか」とスルー気味で、結局その日は後ろにひな壇があるまま授業を受けることになった。
(まあ雛人形ないし、ただの棚状態で終わるかも)
深く考えなかったのが翌日への不安を見過ごす原因だった。
次の日、朝に教室へ入ると、後ろのひな壇に男雛と女雛がちゃんと飾られているではないか。純和風のきらびやかな衣装を着た人形が、最上段にちょこんと並んでいる。
「すごい、誰がやったの?」「いいじゃんかわいい」「なんか和むね」とクラスメイトがちょっとしたほっこりムードに包まれる。
「これ本格的な人形だよ、ちゃんと顔もきれい……」
結月も目を輝かせて感心。俺は特に興味なかったが、見た目が華やかだし「へえ、ちょっといいかも」と認める気持ちになる。
クラスメイト数人が「せっかくなら官女とか飾りたいね!」などと話しているが、「誰が持ってきたか分からないし、勝手にいじるのも悪いか……」と様子見することに。皆謎のまま静観している。
しかし、それで終わらなかった。さらに翌日になると、三人官女まで増えているし、その次の日には五人囃子が追加されていて、急激にひな壇が本格派になってきたのだ。
「うわあ、ガチのひな祭りセットじゃん!」
「段々豪華になってるし……すごいな」
クラスメイトも「誰がやってるのかマジで謎……」と言いつつも、毎朝ちょっと楽しみにしている空気がある。
俺は正直「まあ可愛いし、いいんじゃない?」ぐらいの気分。
「こんなの自宅でも見たことない!なかなか豪華になって来たね!」
結月もなんだか嬉しそう。
日が進むごとに、ひな壇そのものが段数を増やす形になっていた。最初は三段くらいだったのに、五段、七段、九段……いや、もう後ろの壁を覆う勢い。しかも人形が増えただけでなく、一体一体が微妙に大きくなっている。
ある朝登校すると、見たこともない男雛が2倍サイズで堂々と座っていたり、その横にぼんぼりが増え、お菓子や果物までお供えされている。教室の一角がやたら派手になりすぎてクラス全員が引いてしまうレベルだ。
「ちょ、これやりすぎじゃない? 」
「誰が……本当に誰がやってんの? 見てないんだけど……」
しかも夜も学校が閉まるはずなのに、いつ飾っているのか全く目撃情報がないのだ。もはや少し不気味というよりホラーな域に達している。
そこへ担任の小早川先生が現れ、後ろを見て「なんだこれは……」と絶句。
「どうせ藤堂……またお前の仕業じゃないのか?」
先生はクラスを睨み回して、いきなり名前を指すから理不尽だ。
「いやいや、先生、理不尽ですよ! 私じゃないですって! こんな本格ひな壇をどうやって用意するんですか!」
俺は両手を振りながら必死に否定する。
「けど、いつも怪現象はお前が絡んでるからなあ」
先生は冷たく返す。くそ……偏見がひどすぎる……。クラスメイトたちも「うーん、美玲ちゃんがやってるんじゃ?」と疑いの目を向けてきたりするのがむかつく。
「ちょっと待ってよ……私だってそこまで暇じゃないし、第一、これ深夜か早朝に誰かが仕込んでるんでしょ!? 無理無理!」
「……じゃあ誰なんだ?」
「知らないですよ、ほんとに」
先生は「正体が分からんな……」と首をひねるが、結局そのまま放置する形で授業が始まる。クラスは変な恐怖ムードやワクワクが入り混じった空気だ。
(マジ謎すぎる……)
さすがに教室後部が埋まるほどの規模なので、終業後にクラスメイトたちが大勢で人形を元の箱っぽいところへ収納し、ひな壇を解体することになった。
「これで明日はスッキリするね」
「ちょっと名残惜しいけど……」
何者かが飾っているなら外してもまた置かれるかもしれないが、さすがにもうやらないだろうと思った。
しかし、翌日の3月3日、教室に来てみると……なぜか雛人形がフルセットで戻っているではないか! クラスメイトが一様に「ぎゃああ!?」と悲鳴を上げ、俺も背筋が凍る。
「なんで!? 昨日確かにしまったよね!?」
しかも例の巨大バージョンで、後ろの壁一面にズラリと並んでいる。もはやホラーだ。
「なんなのこれ……」
結月も怯えながら泣きそうに言っているし、男子も気味悪がっている。
「どうなってるんだ……これ、やっぱ呪いじゃないか……?」
「ひな祭り当日だから余計に本気出した……とか……?」
戦慄するクラスメイト。その視線がまた俺に向かい、囁き始める。
「美玲ちゃんが呪われてるんじゃ……?」
(なんでだよ!)
心の中で叫ぶばかりである。
みんなが騒いでいる中、先生が来ても事態は変わらず。先生も呆然としている。
「ひぃ……マジかよ……」
「む、無理……怖い……勝手に夜中に人形が復活してるの……?」
結月も涙目で肩を震わせる。周囲のクラスメイトもだんまりで、雛人形を触る気すらない。あまりの不気味さに誰も近づけない状態。
(何が目的で、誰がやってるんだ……)
結局そのまま3月3日の授業が淡々と進み、背後に巨大雛人形が並ぶ異様な空気の中で一日が過ぎていく。皆が心ここにあらずでソワソワしてる。先生も授業に集中できず、授業もどこか投げやりだ。
(こんなの、どう収集つけるんだろう……)
そして迎えた3月4日の朝、教室へ足を踏み入れた瞬間、「あ! 無い! 雛壇が全部無くなってる!」という声が上がる。後ろを振り返ると、そこは何事もなかったかのように片付いており、床も綺麗に拭き掃除までされている気配。
生徒たちが口々に「よかったー!」「怖かったけどもう終わったんだね!」「やっぱり雛人形はすぐに片付けろって言うし!」と胸をなで下ろし始める。
「ふぅ……やっと普通の教室に戻った……」
俺も安堵。しかし周りはまだ落ち着かない。
「でも結局あの人形は誰が持ち込んで飾ってたんだろう? まじで分からないよね」
「夜に動き出す人形かも……とかホラーじゃん」
「いや、俺は呪われてる説信じるよ……藤堂が呪われてそう……」
(なんでトラブルは全て俺に絡めるんだよ!!)
「確かに美玲ちゃんに纏わるトラブルはいろいろあったもんね……」
「あれかな、雛人形が勝手に集まる体質とか……」
「そんなわけないでしょ!!」
俺は思わず声を張り上げる。だけど周りは「でもまた美玲ちゃんじゃないの?」みたいな空気になりかけている。
(勘弁してくれ!)
「なんで私のせいにされるの……? ほんと訳わかんないよ……」
こうして、教室を占領していた本格派の雛人形は、3月3日を終えた翌日に痕跡もなく消え去った。誰が持ち込んだか分からず、誰が夜中に並べ替えていたかも完全な謎のまま。クラスメイトは「ほんとホラーだったな……」と怯え半分、でもちょっとしたイベント気分半分で受け止めている。
「結局犯人は分からんのか……」
先生は頭を抱えつつ、最後は「まあ、もう無いからいいか」と放置。俺は勝手に嫌疑をかけられたのが納得いかないが、仕方ない。
(いつものことだけど理不尽だ……)
心の中で溜め息をつきながらも、俺はいつものデスクに腰を下ろす。周りのクラスメイトが「呪い」「ホラー」とか言ってるけど、当の人形たちはどこへ行ったんだか……。何かまた奇妙な気配は消えてない気がするが、とりあえず落ち着いたらしい。
わずかな不安を抱えたまま、次の日常が始まるのであった。




