71.バレンタインデー 後編
「結月、翔、ごめん……これ運ぶの手伝って!!」
バレンタインデー当日の朝、俺は自宅で大量のチョコレートを玄関に並べて頭を抱えていた。前日に動物たちが作っていった超大量のチョコレートが、保管できないほどあり、そのまま捨てるのは忍びない。
そこで、同じクラスの結月と翔を朝早く来させて、一緒に学校へ運ぶという暴挙に出たのだ。
「ちょ、ちょっと美玲ちゃん……何、この数……? 何箱あるの? え、まじで?」
「いや、バレンタインだからって限度があるだろ……工場かよ」
結月は驚き、翔は呆れている。「動物が来て作った」という部分は少々ごまかしながら、「いっぱい作りすぎた」みたいに濁す。
「というわけで、学校でクラスメイトとか先生に配りまくりたいから、ちょっと運ぶの手伝ってくれない?」
「わかったわかった。てか、車とか使わなくて大丈夫……?」
「大丈夫でしょ……ほら、リュックと袋、これだけあれば……」
なんだか引率される子供みたいに、結月や翔が袋を抱え、俺も一部をリュックに詰めて準備完了。前日夜に徹夜でラッピングしなおしてたので、ひたすら眠いがバレンタイン当日に間に合わせるため仕方ない。
「じゃあ行こっか……朝から荷物重いけど……頑張ろう!」
「はいはい……」
結月は嬉しそう、翔はげっそり、そして俺は少し申し訳ない気持ちで学校へ向かう。
「うわ、美玲ちゃんなんかすごい荷物……」
登校すると、周囲が早速噂する。
「美玲ちゃんが配るって……!」
結月が言うと、みんな「え、全部配るの!? どんだけ作ったの?」と口々に疑問を爆発させる。
「えっと……うん、とりあえず一人一個、もらって……余るからもう一個、みたいな感じで……」
俺は汗を拭いながら照れ笑い。
クラスメイトが「嘘だろ、何個あるんだよ!?」「すげぇ大盤振る舞い……」などと色めき立つが、苦笑も交じっている。
「本当に全部美玲ちゃんが……?」
何人もに聞かれる。
「ちょっと手伝ってもらったけど、ま、まぁそんな感じ……」
俺は曖昧に濁す。
朝のHRが終わったところで、担任の小早川先生が来たので「あ、先生もどうぞ」とチョコを渡す。
「え、藤堂……やけに張り切ったな?」
先生は不思議そうな顔。「まぁありがとう」と受け取って口に入れた瞬間。
「ん、うま……!」
目を見開いている。
(この謎チョコは味が段違い……)
思いのほか好評なので、俺は勢いに乗って廊下で他クラスの友人や顔見知りにまでチョコを配りだす。
すると「すげぇ、こんなに……いいの?」と戸惑いつつも受け取る人が続出し、あっという間に噂が広がって、「藤堂がチョコ配ってる」「しかも超美味らしい」「わー欲しい!」という渦になる。
「ま、まだまだあるよ……どうせ捨てるのもアレだし、みんな食べて」
自分で言いながら「もう、何やってんだろう」と苦笑。ただ、みんなが嬉しそうに食べてくれるなら良いかと思う。チョコの山はなかなか減らないが、それでも順調に配布が進んでいる。
昼休みあたりになると、既にチョコを食べた生徒たちが口々に「やばい、メチャクチャ美味しいんだけど」「プロの味じゃね?」と騒ぎ出し、SNSに拡散する人も出てくる。
「藤堂さんのチョコ」みたいに名前が勝手につけられ、「あれは相当すごい、まるで有名パティシエの作品だ」と絶賛される。
(いや、作ったの動物なんだけど……)
心の中でツッコミたいが言えない。
結果、「どこで手に入るの?」「もう在庫ある?」と増え続ける生徒や先生が俺のクラスの廊下に列を作る始末。ちょっとした行列になっている。俺はお菓子屋の店員かよって気分。翔と結月も販売員のように配っている。
「これ、もう仕事みたいで疲れる……」
翔がぼやくが、それでも喜んで受け取ってくれる人が多いし、皆が幸せそうだから悪い気はしない。動物たちが作ったものだけど……
午後の授業中、突然校内放送で「藤堂さん、職員室へ来てください」と呼び出しがかかる。嫌な予感がしながら行ってみると、そこには本物のパティシエらしきコック帽を被った人物が立っている。
「君が藤堂さん? このチョコは君が作ったのかな……」
問いかけられ、俺は唖然。
「どうやらSNSを通じて噂が広がり、パティシエさんがわざわざ訪ねてきたらしい」
先生たちも横にいて、説明してくれる。
(いつの間にプロに行き渡った……? しかも何でこんなに速攻で学校へ……?)
ツッコミたいが、相手は興奮気味に言葉を続ける。
「このチョコ……カカオから厳選し、独自の配合で練られたような、圧倒的風味を感じる。しかも素材の持ち味が完璧に引き出されている……」
しかも、感涙しているじゃないか。
(ええ……動物がやったんだけど……)
内心真っ青だが、言い出せない。「はい、えーと……ありがとうございます……」と曖昧に応対していると、パティシエがさらに熱弁する。
「是非、君にはパティシエとして将来うちの店に来てほしい! 私の弟子になってくれ! このチョコには情熱を感じる……いや、驚愕の才能と言っていい!」
周囲の先生や、様子を見に来た生徒たちが「おおおー!」とどよめく。クラスメイトも「え、すごいじゃん藤堂さん!」と拍手喝采になる空気だ。
(違うよ!! 俺は動物に手伝ってもらっただけで、何もしてない……第一、配合とか言われても、俺は無知だし……)
大勢の人が「美玲ちゃん、そんな特技があったなんて……!」「やっぱり天才だったんだね!」とわいわい盛り上がり、俺は眉間に汗をかく。
(ちょ、聞いてないって! そんな高い評価受けても困る……)
「ほんの一口で分かる。カカオと砂糖の絶妙な調和、これは偶然じゃないんだ。藤堂さん、卒業後はうちの店に来てくれ!」
パティシエも本気モードで口説いてくる。先生たちも「すごいね、藤堂、よかったなぁ」などと祝福気味。
(マジかよ……そんな特技ないから無理だって……)
焦りながらしどろもどろになっていると、「藤堂よかったなぁ。これで将来安泰じゃん!」とクラスメイトに押され、結局まともに否定できないまま、その場を終える形に。
その日の放課後。やっと教室に戻って机でうなだれていると、結月がやってくる。
「あ、そうだ。美玲ちゃん、ありがとね、私用のチョコももらったけど、すごい豪華だった!」
「え、ああ……どうだった? 食べた?」
尋ねると、結月が微妙な顔になる。
「うん、二種類入ってたでしょ? ハート形と星形の。で、片方はめっちゃ美味しくてビックリしたんだけど……もう片方は微妙だったかも……甘みが薄いし、なんかザラザラしてた。失敗作?」
「あ、ああ……そっか……」
そう、結月への特別な友チョコには俺が作ったもの(完全な手作業)と、動物が作ったもの(超本格チョコ)を半分ずつ詰めていたのだ。結果、俺のほうが失敗作感満載だったようだ。
「ご、ごめん、練習不足でうまくいかなかったかも……もう片方は良かった?」
「うん、そっちは極上の味だった! びっくりだよ。 えへへ、あれを全部食べたいくらい……ってごめんね! 美玲ちゃんの手作りをディスるつもりないの!」
結月が慌ててフォローしてくれるが、内心けっこうショック。動物チョコの完成度と比べたら俺のチョコが大したことないのは当然か……。
「あはは……来年はもっと練習する……」
「うん、楽しみにしてる!」
結月は優しく微笑んでくれるが、やっぱり自分の下手さを思い知る結果に落ち込むのだった。
「あと、さすがにもっと少ない量でよかったと思うよ!」
……つくづく、微妙な気持ちになるバレンタインデーだった。




