70.バレンタインデー 前編
二月も近づき、教室ではバレンタインの話題がぼちぼち盛り上がり始めていた。クラスメイトの女子たちは「誰にあげる?」とか「手作り派? 買い派?」などと盛んに語り合う。
そんな中、俺もふと「そうだ、せっかくだから今年はチョコを配ろう!」と意気込むことに。
前世では当然男としてチョコレートを受け取る立場だったが、今は美玲という女の子。バレンタインにチョコを作って楽しそうだと思ったのだ。
「よし、まずはクラスメイトに義理チョコを配ろうかな。結月や仲良い友達に友チョコもいいし……ああ、ちゃんと形がきれいに作れるかな」
「美玲ちゃん、私も一緒に作るよ!」
結月が声をかけてくる。だが、断ることにした。
「ごめん。うちのキッチン狭いし、ちょっと個人練習したいから先に一人でやってみるよ」
(本当は、初めての本格チョコ作りだから、他人に見られると恥ずかしい……)
ともかく今年はチョコを配るのだ……。このバレンタインくらいは女の子らしく楽しもう……! そんな決意を胸に、週末を迎える。
――――
週末、自宅の台所に道具を並べる。スーパーで買ってきた安価の板チョコや生クリーム、バター、そして100均で買ったハート型・星型のシリコンモールドなどをテーブルに置き、意気揚々。
「よーし、まずは簡単な友チョコ用に生チョコとかトリュフ的なものを作ろう。それからフォンダンショコラに……ん? いや、いきなり難しくするのはリスクが……」
独り言をつぶやきつつ、結局は「板チョコを湯煎で溶かし、型に流し込む」という単純な工程からスタートすることにした。失敗しづらいし、最初ならこれくらいが無難だ。
レシピ本を片手に湯煎を始めると、チョコの甘い香りが鼻をくすぐる。
(おお、この匂いこそバレンタイン……! もはや自分で食べたい……!)
「まずは結月用にちょっと可愛いハート型を作ろう。あと何人か女子友に星型で……。男子へは適当に板チョコを割ってラッピングでもいいけど……うーん、まあ多少は可愛く飾ろうかな」
そんなプランをブツブツ言いながら、俺は溶かしたチョコを型に流し、冷蔵庫で冷やし固めるという地味な工程を順次こなしていく。なぜか背中に嫌な予感がしたのは、ほんの数分後のこと。
集中して作業していると、背後でガタッと音が。振り返ると、窓際に黒猫がのそのそ入ってきているではないか!
「え、ちょ、ちょっと猫!? なんで家に……」
俺が驚く間もなく、猫は口に砂糖の袋を咥えていて、それをカウンターに置く形で、まるで「これ使え」と言わんばかりに俺を見上げる。
「え、は? ど、どこからその砂糖持ってきたの!?」
突っ込みたいが猫は無表情(?)で返事がない。ヤバいパターンだと一瞬で悟る。猫が単独で持ってきたならまだしも、俺の背後から「キィーッキッキ」と猿の声も聞こえてくるじゃないか。
案の定、台所の勝手口がバタンと開き、猿が一匹入ってくる。そして腕にはなんとカカオの実がぶら下がっている。あの黄色や茶色っぽい、海外産のフルーツみたいな形状のやつ。どこで手に入れたんだ……。
「な、何……この展開……。動物たちがチョコ作りに参加しに来たの……?」
俺は思わず頭を抱える。
(また動物騒動? でも、チョコを奪いに来たわけじゃないのか……?)
なぜか、猿はキッチンのテーブルにカカオの実をドンと置くと、周りを見回して調理器具を探す仕草を始める。
(え、まさかカカオ豆からチョコを……って、こっちよりよっぽど本格的じゃん……!?)
そしてさらに複数の猫や猿が次々に玄関や窓から入ってきては、ミルクやら香辛料やらを運び込む光景が……もうわけが分からない。
(どこからそんな材料を盗……いや、持ってきたの……!?)
最初は戸惑って叫んでいたが、数が多すぎて制止もできない。猫が棚を開いてボウルを出し、猿がミキサーや鍋を抱えてシンクへ走る。他の動物たち(時々アライグマっぽいのも混じってるような)まで、卵やスパイスを持ち込み、キッチンが突如チョコレート工場のような活況を呈している。
「え、嘘でしょ……なんでこんなにも……なに作るの……?」
俺が声を上げても動物たちは「キャッキャッ」「ニャー」と鳴くばかり。妙に手際が良く、カカオの実を割って豆を取り出し、何やら煎る工程まで始める。
(煎る……これ、カカオ豆を焙煎して粉砕して砂糖と混ぜて練る……ガチのチョコじゃん……)
俺より遥かにプロっぽい手順に、こっちは「板チョコ溶かすしかやってないのに……」と自信を失うほどだ。
しかも驚くべきは、彼らがちゃんと衛生手袋のようなものを付けている(どこで入手した?)らしく、キッチンが汚染されている感じがない。
(妙にプロ意識高い動物たちだな……)
しばらくボーッと見守っていると、チョコレートの甘く濃厚な香りが家中に漂う。なんだかすごくいい匂い。動物たちがガシガシと混ぜ続け、固め、成型し……次々にチョコの塊が生産されていく。
さすがにキッチンだけでは足りず、ダイニングテーブルやリビングのテーブルまでトレーが並び、大量のチョコレートが仕上がっていく。どれもココアパウダーやラム酒まで使われていて、俺の目から見ても高級な仕上がりに見える。
猫や猿たちは手際よくラッピングまで始め、リボンを結ぶ姿すらある。
(え、これどうするの……配るの? でもこんな量、配りきれないよ……)
俺は圧倒され、唖然としていると、突然一匹の猿がトレーを持ってきて「キャキャ」と鳴いて、まるで「どう?」と聞いてくるように俺を見上げる。
恐る恐る一つ摘まんで口に入れると……やばい、ものすごく美味しい。
(闇鍋とは違うけど、これも別次元の旨味……何だよこの動物たち、天才か……!)
大方の作業が終わったのか、猿と猫たちは満足げに頷き合いながら、最後に生チョコやボンボンショコラらしき物体をテーブルに整然と並べ、次々と窓やドアから外に出ていく。
「え……マジで? こんな大量にどうするの……」
俺が問いかけても誰も返答しない。動物たちは愛想もないまま、さっと森へ? 帰っていく。わずかに黒猫が一度振り返って「ニャー」と鳴いたのを最後に、家の中は閑散となる。
「すごい量……本格的なチョコだし、美味かったし……何なんだ……」
キッチンを一応チェックする限り、道具はキレイに洗われているし、床やシンク周りも動物たちが後片付けしたようで清潔感がある。
(いや、でもさ、動物が作ったチョコって……普通に考えて衛生面とか大丈夫かな……でも見た感じめちゃくちゃ綺麗だし、あの味だし……)
仮に捨てるとなると相当量のチョコが無駄になるし、このクオリティだともったいない。
「うーん、捨てるのも忍びないし……たぶん食べても平気か……」
そんな納得を自分になんとか言い聞かせる。
(よし、どうせなら配ろう、これ……)
こうして、俺が板チョコを溶かす程度の計画だったバレンタイン準備は、謎の動物たちの乱入によってチョコレート工場と化し、圧倒的な量の超高級(?)チョコが生産された。
「こんなにどうすれば?」という不安はあるが、折しもバレンタイン直前、クラスメイトや友人たちに配るには十分すぎる量だ。
(まあ、せっかくだし皆に渡すか……とはいえ「動物が作った」なんて言ったら引かれるよな……どう言い訳しよう……)
悩みつつも、既に家中がチョコの香りに包まれている。だんだん「あれ、結構いいんじゃね?」と気分が高揚するのも事実だ。ほんの一口試しただけで死ぬほど美味しかった。きっと喜ばれるに違いない。
この後、一体どんな騒動に発展するか、今は誰も知る由もない。




