67.マラソン大会に断固として反対する会
「さて、今年もやるぞ、恒例のマラソン大会!」
担任・小早川先生がホームルームの締めくくりにひと言、そんな爆弾を落としてきた瞬間、教室には「はぁ!?」「いやだー!」などと悲鳴が飛び交う。
冬も本格化してきたこの時期に、マラソン大会なんて罰ゲームじみてる!と、もはや生徒たち全員が同じ思いである。
俺としては決して運動が好きなタイプではないが、そこまで死ぬほど嫌というわけでもない。ただ、毎年この時期に長距離を走らされる行事があることは聞いていたから、覚悟はしていたつもり。
しかし今、クラスメイトたちの反応は普段以上に騒々しい。
「マラソン大会の詳細は後日配るからなー。次の授業まで自習しといて」
先生は一方的にホームルームを切り上げ、職員室へ戻ってしまった。
(なんだろ、今年は一段と盛り上がりそうな予感がする……嫌な盛り上がりが……)
そう思いながら、机に突っ伏そうとすると、どこからか演説風の声が響き始めた。
「皆さん聞いてください!! このマラソン大会という行事……本当に必要でしょうか!?」
そう叫んだのはクラスメイトの萩原。普段は目立たないタイプだが、今日はやたら気迫に満ちている。彼が勝手に教壇に上がり、腕を大きく振り回しながら演説を始めるのだ。
俺は呆気にとられながら見守るが、どうやら彼はマラソン大会に相当な嫌悪感を抱いているらしい。
「まず、なぜ冬場に走らねばならないのか! ただでさえ寒いのに走るなんて無理があります! 息が白くなるだけならまだしも、筋肉が縮こまって怪我のリスクも上がる。つまり、冬に長距離を走ることは人道的にも問題があります!」
これに対しクラスメイトたちは「そうだそうだ!」と合いの手を入れはじめる。正直俺は「冬だろうが春だろうが走るのはキツいわ……」と思っている。そこまで気合いを入れて反対するものなのか? と首をひねってしまう。
萩原はさらにヒートアップし、教壇を叩きながら言葉を続ける。
「皆さん考えてみてください。走るという行為は、心臓や筋肉に大きな負荷をかけるもの! 人が一生のうちで打てる心臓の鼓動回数は限られているとか聞いたことありませんか!? つまり、マラソン大会で走れば走るほど、寿命が縮む可能性があるのです!」
「おおー!」とクラスがざわめく。
(いやいや、その理論はどうなんだ……)
ツッコミたくなるが、周りの生徒たちは全員「なるほど!」と賛同している感じだ。
俺は軽く冷や汗が出て、「でも少しくらい走った方が健康にいいんじゃ……」とか言いたいが、誰も聞いてくれない空気だ。みんな萩原の演説に100%賛成しているように見える。
(確かに走るの嫌だけど、そこまでしなくても……)
心の中でそう呟くが、クラスの勢いは止まらない。
「我々は立ち上がらなければならない! こんな無意味な行事に時間を割き、身体を痛めつけ、寿命まで縮めるなんてバカげている! だからこそ――」
萩原は手を振りかざして声を張り上げる。
「『マラソン大会に断固として反対する会』を結成する! 皆さん、賛成してくれますよね!?」
「おおおおおー!」と教室が一斉に盛り上がる。男子も女子も「いいぞー!」とか「やろうやろう!」と一致団結している。
(そんなバカな……みんな嫌がってるだけじゃないの?)
結局クラス全体がこの運動に乗っかる流れになり、拍手喝采の中で萩原がガッツポーズを決めている。
結月は俺の隣で「こ、これはすごい……」と呆れまじりに苦笑い。「美玲ちゃん、どう思う?」と聞かれて、俺は肩をすくめるしかない。
「うーん、なくてもいいけど、別にあるならあるでいいかも……。でもまあ、参加しなくて済むならありがたいかなぁ」
そんなぼんやりとした考えで、俺は「断固として反対する会」の結成をただ見守るしかなかった。
まさにそのタイミングで再び小早川先生が教室に戻ってきた。先ほど抜けていた先生が忘れ物を取りに来たようだが、クラスが騒がしいので何事かと目を丸くしている。
萩原はここぞとばかりに再度教壇へ上り、先生に向かって指を差す。
「先生、聞いてください! このマラソン大会という行事、いったい何の意味があるんですか!? 先生はそもそもこの大会の意義を理解されているんですか!? 走ることで人の寿命が縮む可能性があるし、みんなが嫌がっているんです。ぜひ中止に――」
萩原の勢いは最高潮で、背景に情熱のオーラが見えそうだ。クラスメイトたちも「そうだー!」と大合唱。まさに民主革命でも起こりそうな雰囲気が教室を覆う。
(わあ……ほんとに言っちゃうんだ……マラソン大会なんてやめちまえ! とは思うけど、こんな直球で先生に向かうとは……)
俺は内心ドキドキしているが、既に止められない。
ところが、小早川先生は萩原やクラスの熱弁をすべて聞き終えても微動だにせず、まるで出店の金魚を観察するような冷静な目をして一言だけ放った。
「訳分からんこと言ってないで、毎年やるから今年もやるぞ。もう決まってるんだよ。頑張れ」
あまりにもあっさりした受け流し方だ。クラスが「え、ちょ……」と微妙な声をあげ、萩原が「ま、待ってください! そんな一言で済ませるなんて!」と反論しようとするが、先生は「はいはい」と資料を取り上げ、教室を出ようとしている。もう完全に話し合う気なし。
萩原は「え……」と呆気に取られ、そのまま肩を落として「そっか、やるのか……」と消沈モードに。教壇から降りるときの彼の顔はまるで敗北した勇者のようだ。
(さっきまであんなに情熱的だったのに、この落差……)
周りの生徒も「えー…そうなのか」「まぁ先生が言うなら……」と次々同調し、あっという間にさっきの勢いは雲散霧消。結月も苦笑しながら「さっきまで皆で盛り上がってたのにな……」と苦笑している。
(あんなに鼓舞してたのになぁ……)
俺も呆れと同情の入り混じった気持ち。結局「断固として反対する会」は一瞬の盛り上がりで崩壊してしまった。
先生が去った後、教室には緊張が解けた空気が流れるが、かえって重苦しいムードもある。萩原はぽつりと言う。
「まぁ……先生がやるって言うし、しょうがないか……」
まるで別人のように静かになってしまった。
周りの生徒たちも「えー……まぁ、もう無理か」「どうせ逆らえないもんね」などと力なく呟く。
結月がポンと背中を叩きながら聞いてくる。
「でも、美玲ちゃん、走るの嫌じゃないの?」
「まぁ嫌だけど、無いなら無いでありがたいけど、あっても別に死ぬわけじゃないし……」
最終的に、『マラソン大会に断固として反対する会』はその場限りの勢いで消滅。萩原は机に突っ伏し、「もういいや……」と無気力状態。ほかの連中も「どっちみちやらされる」「寿命が縮むとか関係ないか……」とすっかり諦観している。
(まったく、なんだったんだよ……)
俺は苦笑しながら窓の外を眺める。外は相変わらず寒風が吹き、冬の青空が広がっている。
先生があっさり言うだけでここまで一瞬で萎えるクラスメイトたちのテンションも面白いけれど、結局、マラソン大会をする羽目になるんだろう。走るの嫌だけど仕方ない……




