65.日帰りスキー
冬休みも終わりに差しかかり、まだ外の空気がキーンと冷えるある日。部屋でぼんやり宿題を見つめていた俺は、スマホの通知音を聞いてふと目を上げた。結月からのメッセージだ。
【美玲ちゃん、スキー行かない!?】
という軽やかな文面に、俺は少し面食らう。スキー? お金とか準備とか要るんじゃないの? と思いつつ、興味もある。続けて通話がかかってきたので出る。
「スキー? どうやって行くの?」
そう尋ねると、結月が勢いよく答える。
「うちのお父さんが車出してくれるって! 翔くんも誘ったら行くって言ってるし、美玲ちゃんも来ようよ!」
ああ、なるほど。結月の父親は行動派だな。乗せてってもらうのはありがたい話だ。俺は少し思案してから、冬休みにめいっぱい遊ぶのも悪くないと思い、受けることにした。
「いいよ、行く行く! スキーなんて小さい頃にちょっとやったぐらいだけど、楽しそう」
「よかった! じゃあ明日、朝7時にうちの家集合で!」
結月が即決めした。こうして、俺・結月・翔の三人で日帰りスキーに行くことが決まった。
(雪山か……大丈夫だよね? なんか嫌な予感もしなくないけど……)
そんな微妙な不安を胸に、俺はスマホを置いて冬服の準備を始めた。
――――
当日の朝、結月の家へ向かうと、すでに結月のお父さんが大きめのワゴン車を玄関に横付けして待っていた。運転席にいる結月父はニコニコとあいさつしてくる。
「おはよう、美玲ちゃん、今日はよろしくね!」
「おはようございます、こちらこそよろしくです」
少し緊張しながら車に乗り込む。結月は助手席でテンション高く、はしゃいでいる。
「よーし、スキー場まで2時間くらいかな? 途中でコンビニ寄って朝ごはん買おうね!」
俺は車窓を眺めながら、ちらほら雪景色が見えてくるのを楽しむ。こんなワクワクする冬のお出かけ、悪くないじゃん……と素直に思えた。
2時間ほどのドライブを経て、山間のスキー場へ到着。駐車場で降り、ゴツいウェアを着てロッカーに荷物を預け、スキー板をレンタルすることに。
「よーし、まずはレンタル屋だね。滑れるよね、翔くん?」
「まあ、そこそこ……中学の頃ちょっとな」
「私は去年も来たから大丈夫! 美玲ちゃんは?」
「いや、私は小さい頃にちょっとだけ……忘れたけどなんとかなるかも」
自信ないまま笑う。しかし、それはまだ序の口で、すぐにトラブルが訪れる。
レンタル屋で手続きし、スキー板とブーツを受け取り、よしやるぞと気合い入れて雪上で装着を試みる。その瞬間、ゴキッという嫌な音がして、俺のブーツが板を踏み込んだ拍子に折れた。
「え、板が……折れた?」
まさかのハプニング。先端が折れ曲がり、店員も「すみません、こんなの初めて見た……」と青ざめている。普通ブーツをはめただけで板が折れることなんてある? 誤って踏んだわけでもないのに。
「えっと、じゃあ別の板を用意しますね」
店員が慌てて別の板を探してくれ、もう一度装着。すると今度はビンディングの部分がガキンと外れ、板が吹っ飛んで店員さんの顔にかすりそうになる。
「あわわ、すみません……」
「いえいえ、なんかこちらこそ申し訳ない……」
まさかの二連続破損。店員は不吉なものを感じたらしく、ひどく動揺している。
「実はこの店のスキー板、余分がもう無くて……スノーボードも残り少ないんですよ」
店員が困り果てて言う。結月や翔は苦笑いしている。
「いや、そんなに壊れるって、どういう……」
「美玲だからな……」
いや、好きで折ってるわけじゃないよ!
結局、スノーボードの大きいサイズにもトライしたが、装着時にビンディングが軋んで外れてしまった。店員は申し訳なさそうに言う。
「うう、申し訳ないんですが、危険なので貸し出せません。ちょうどそりだけならいっぱいあるんですが……」
「え……そり?」
困惑する俺。結月は「いやスキーしに来たのにそりって……」と絶句。
「つまり私、スキー板使えないってこと?」
バツが悪そうに頭を下げる店員に対し、しょうがないのでそりを使うことになった。
「わかりました……もうそりでいいです……」
――――
スキーウェア姿の結月と翔は、各々板を装着し、リフトの列へ向かう。結月がこちらを見て申し訳なさそうに言う。
「美玲ちゃん、本当にいいの? そりで……」
(他に選択肢がないんだよ……)
苦笑いする俺。
「平気平気、そりも意外と楽しいかもだし! 先に滑ってきてよ」
2人が気を使わないように無理やり笑顔で返す。結果的に2人はゲレンデ上部へ消えていった。
スキー場の一角には子供向けの「そり用ゲレンデ」的なコーナーがあって、ちびっ子や親子連れが楽しそうにそり滑りをしている。俺もそこへ合流し、「一緒に遊ぼうか…」と小学生グループに混ざる感じになった。
「よし、こうやって乗って、坂を滑ればいいだけ……」
と子供たちを見よう見まねでやってみるが、意外と楽しい。風を切りながらビューンと下る感覚はスキーとはまた違う魅力がある。そり専用の小さなコースでも、けっこうスピード感があってワクワクする。
「うわ、意外といいじゃん、そり…」
内心ちょっと気に入ってる俺。本当に悪くない。結月や翔が華麗に滑ってるのとは違うけど、平和に楽しめるのだからまあいいかと思い始める。
「まあ、こういうスローライフ的な遊びもありだね……」
そんなほんわかムードも長続きはしなかった。昼を過ぎたころ、俺が一人でそりコースを滑ろうとした時、なぜかゲレンデ近くの森から野犬やシカ、トナカイが何頭か現れて、俺のそりに群がり始めるではないか。
「え、何? 何これ!?」
慌てる俺を無視して、動物たちは「ワンワン」「グォン」「グルルル」みたいな声を上げながら、そりの紐を咥えてズルズルと引っ張っていく。そりに半分乗っている俺はバランスを崩しながらも叫ぶ。
「ちょっと、どこに行くつもり!?」
猛ダッシュで斜面を飛び降りる動物たち。まさに犬ぞりやトナカイそりのごとく、俺を乗せたそりが暴走を始める。
「ぎゃああああああ!!」
悲鳴を上げる俺を横目に、子供たちや周囲の人は「え、何あれ? そりが勝手に走ってる?」とパニックに。野犬がリーダー格か何か知らないけれど、先頭に立ってものすごい速度で坂を駆け下り、シカとトナカイが後ろから押している形だ。
ゲレンデで滑るどころか、コース外の林道まで突っ込もうとしているやばい状況。あっという間に人の視界から消えてしまいそう……!
「だ、誰か助けて! なんで動物が! 」
涙目で叫ぶが、暴走そりは止まる気配なく雪道を突き進む。雪煙が舞い上がり、俺は絶望を感じながら、スキー場から姿を消していく……
――――
最初はゲレンデの端で暴走したそりだったが、野犬・シカ・トナカイらのリレーとも思える連係プレーで、そりはまるで犬ぞり競技のように高速移動を続けていた。無理やり乗せられた形の俺は、もう恐怖と寒さで震えるしかない。
(ひー、1時間ぐらい経ってるんじゃ……)
なぜか途中で野犬がバテるとシカが変わって前に出て、そのシカが疲弊するとトナカイが交代し、また野犬が復活……みたいなループで山道を越えていく。どこまで行く気だよ、何だこの動物たちは。
雪煙が視界を邪魔し、方角も分からない。ときおり森の中を突っ切るようなルートも取っているらしく、木々をかすめながら必死に頭をかがめて回避する。死ぬかと思うような場面が何度もあった。
(ま、まじで遭難? どうしてこんなことに……)
と泣きそうになりながら、結月や翔が心配してるだろうなと頭に浮かぶ。だが携帯を取り出す余裕すらないし、そもそもこんな雪山で圏外かもしれない。一体どこへ連れていかれているんだ……。
それでも動物たちは同じペースで走りまくる。途中、山を越えたと思しき場所に着いたとき、雪があまり積もっておらず地面が見えはじめる。つまり、もうスキー場のある雪山地帯を通り過ぎてしまったようだ。
「え、雪山から外れた? まだ走るの?」
そう思った瞬間にも、そりはガタガタ道を突き進み、森の斜面を駆け下り、川沿いをすれすれで走ったりして、命がいくつあっても足りない気分だ。まったくこの動物集団は何を目的にしてるんだろう。
「ねえ、なんで?普通にスキーしたかっただけなのに…… いや、スキーもできてなかったけど……」
小一時間以上経っただろうか。だんだん森の雰囲気が変わってきたなと思った矢先、動物たちが急ブレーキをかけるようにキキッと止まる。衝撃で俺はそりから跳ね上がり、雪の上にゴロゴロ転がった。
「うわ、痛……でも待って、ここどこ?」
起き上がって辺りを見ると、雪はほとんどなく地面が露出しているし、遠目に学校のような建物が見える……。あれ、あれはうちの学校じゃないか? 校舎らしき屋根が見える。
まさか、学校裏の裏山だ。こんなところに出るとは……。
野犬やシカ、トナカイたちはハァハァと息を整え、そりの紐を放して静かに散っていく。まるで「任務完了」と言わんばかりの佇まいで、俺をここに置き去りにしているかのようだ。
「え、雪山からここまで? これって要は……追い出されたってこと?」
呆然と立ち上がる俺。スキー場を越えて、相当な距離を移動してきたのだろうが、最終的に地元の学校近くに戻された形になる。まるで「山から帰れ」と言われてるみたいだ。
ふとポケットのスマホが振動する。幸いまだバッテリーが残っていて、しかもここは電波が届くらしい。見ると結月から着信中だ。
(よかった、何とか連絡取れそう……)
電話に出ると、結月の焦り声がすぐに聞こえてきた。
「美玲ちゃん、今どこにいるの!? スキー場で見当たらないって騒ぎになってるんだけど……」
「ごめん、変なことになっちゃって。実は……」
そう説明しようとすると、結月はあわただしい口調で言う。
「いや、動物が引くそりが走ってたとかいう目撃情報があったの! まさか美玲ちゃんがあれに乗ってたの!?」
「うん、まさかとは思うだろうけど、私が乗ってた……。野犬とシカとトナカイに引っ張られて、今は学校裏の裏山に来ちゃってる」
と言う。数秒の沈黙の後、結月が言う。
「なんでそんなとこにいるの!? どうやって帰ってきたの!? てか、そもそも何で動物に連れ去られたの!?」
高速マシンガントークで問い詰めてくる。いや、こっちが聞きたいよ……。
「よく分からないけど、とにかく勝手に連れてこられた……俺も意味不明だよ」
もう脱力しきっている俺。電話越しに結月は深いため息をつき、でも無事なら何よりと安堵のようだ。
「翔もめっちゃ焦ってたよ、スキー場スタッフも「女の子が行方不明」と探してた。とりあえず、戻ってこれる? 父も車で探そうかと言ってたけど……」
「ありがとう……でも裏山だから徒歩で帰れる。もうそっちには戻らないし……スキー諦める」
「そっか……ごめん、楽しみにしてたのに……まあ無事ならよかったよ」
気遣ってくれるが、俺は「全然よくはないわ!」と内心叫ぶ。結月には聞こえないけど。
「うん、とにかく後で連絡する。ごめん、そりとかレンタル品どうすればいいんだろう……」
結月は「あっ、それ……どうにかするね」と言ってくれて、一旦電話を切る。
――――
電話を終え、俺はもう何もする気が起きないほど疲れ果てていた。そりを引きずりながら、裏山の坂道を下ることにする。そこから学校の敷地裏に出て、さらに家まで歩くルート。
ウェアやブーツはレンタル品で、そりもレンタル品で、大量に泥だらけ雪だらけだし、どうやって返却するんだ……正直憂鬱だ。
(はぁ……普通にリフト乗って滑ったりしたかっただけなのに)
とにかく今日は家に帰ってシャワー浴びて寝よう。
結局、夕方に自宅へたどり着いた俺は、母親に「なんでそんな泥だらけなの!?」と驚かれながらシャワーを急いで浴びる。ほどなくして結月からメッセージが届いた。
【そっちは大丈夫? こっちもスキー終わって帰るとこだよ。 父がレンタルショップに言ってくれるって!】
少しは助かったと思いつつ、何か悔しい気持ちでいっぱい。
(日帰りスキーというより、動物そり暴走ツアーだったよ……)
こうして、結局一度もスキーの板に乗れず、そりによる暴走に巻き込まれた俺の日帰りスキーは、むなしく幕を閉じたのだった。




