64.大餅つき大会
年が明けて、まだお正月気分の抜けないある日の昼下がり。俺のスマホに、突如メッセージが届いた。
(西園寺さんから? なんだろう……)
画面を開くと、いつもやたら気品ある文体の彼女らしからぬ、ちょっと砕けた文章が表示されていた。
【餅つきしない?わたくしの家に臼と杵があるのよ。ちょっと人手がほしいの。来られる?】
思わず「餅つき? 家で?」と二度見してしまった。イメージとして、西園寺麗華はそんなことよりもお稽古やサロンでの優雅なティータイムを好むタイプ……と思っていたが、どうやら本格的に正月行事をやる気らしい。
(ま、まぁちょっと楽しそう。実は餅つきってやったことないし……ちょっとやってみたいかも?)
ぼんやり考えていると、同じメッセージの転送を見たらしく、結月からも通話が入った。
「美玲ちゃん! 西園寺さんから餅つきのお誘いあったよね? 私行きたい!」
画面越しの声がめちゃくちゃ楽しそう。
「あ、うん。どうなんだろ? 私も興味はあるかも……」
「じゃあ一緒に行こう! きっと翔くんも呼ばれると思うし、みんなでお餅作りしよ!」
結月がキラキラした声でまくし立てる。確かに家にいたってこたつに埋もれてるだけだし。いや、こたつも没収されたけど…… 正月らしい行事を体験するのも悪くないかも。よし、やるか。
そんなわけで翌日、俺・結月・翔の三人は西園寺さんの家へ向かった。豪邸ってほどじゃないけど、一般よりは少し大きめの一軒家。
家のチャイムを鳴らすと、西園寺が落ち着いた表情で出迎えてくれた。
「よく来たわね。では、早速餅つきの準備をしましょう。」
彼女が言うなり、俺たちは玄関を通って裏庭へ案内される。そこには本物の臼と杵がどんと置かれていて、すでにもち米らしきものが蒸し器で蒸されている途中みたいだ。
「すごい、本格的!」
結月が興奮気味に声を上げ、翔も「へえ、思ったよりちゃんとしてんだな」と感心している。
いざ準備を始めると、もち米を研いだり、水で浸す工程、蒸し器に火をつける工程など、けっこう手間がかかる。しかも、蒸すのにも時間が必要だし、その合間に道具を洗ったり布巾を用意したり、細かい作業が色々。
「これ、結構めんどいんだね……西園寺さん、私たちを手伝い要員として呼んだんじゃない?」
俺がぼそっと呟くと、結月が「うわ、そうかも……」と苦笑。翔が「まあ、でも餅つけるならいっか」と楽観している。
一方の西園寺は隣で不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「違うわよ、わたくし一人でもできるけど、折角だからみんなで体験してみたいと思ったの。それに……重労働で大変だし、人が多いと助かるし……」
「やっぱり人手が欲しいんだ……」とみんなで納得の視線を送り、彼女は少し赤面しながら「う、うるさい!」とツンとそっぽを向く。
(まあまあ、これも楽しい正月行事の一環かな?)
そう納得した俺たちは黙々と手を洗い、もち米をチェックしたり、蒸し上がるのを待ったりと忙しく動き回り始めた。結構やることが多い。
数分、いや数十分と経過するうちに、結月が大声で嘆く。
「ねえ、もう準備大変すぎない? 人手がもっと欲しいよ……!」
冗談半分で言ったその言葉が、思いもよらぬ展開を招いた。たまたま庭の垣根を通りかかった近所のオジサンが耳にし、「え、餅つきやってるの?」と飛び込んでくる。
「餅つきか、手伝わせてくれ!」と嬉々としてエプロン姿になるオジサン。その声をさらに聞きつけた他の近所の人々が「餅つき!? やるやる!」と続々現れ始める。
「えぇ……こんなに人集まるの!?」
俺が驚いているうちに、誰かが「俺、追加のもち米持ってくる!」とか「蒸し器もっとあるわよ、うちに!」とか言い出し、あっという間に人数が増加。もう西園寺の敷地内だけじゃ収まりきらないほどだ。
「こっちに自動餅つき機あるけど、持ってこようか?」
「薪ストーブで炊き出しだー!」
なんかもう餅つきイベントが一大祭りと化している。
西園寺が唖然としつつ「ちょ、ちょっと……こんな予定じゃ」とテンパってるが、周囲は「餅つきだ餅つきだー!」と大騒ぎ状態。
家の庭には人が入りきらず、結局「近くの広場を使おう」という話になる。市営の広場だが、閑散としていたところに大勢が押しかけて、蒸し器やテントまで張り出す始末。
もうこうなると「餅つき大会」と呼ぶしかない。初めは俺たち少数だけだったのに、気づけば数百人規模の近所住民まで参加し、「よいしょー! よいしょー!」と掛け声しながら杵を振るっている。
「すごい……なんでこんな大人数になっちゃったの……」
結月が半笑いで呟き、翔も「これ、いつ終わるんだ」と混乱。西園寺は額に手を当てて「わたくしの家の静かな餅つきが……これはなんなの……」と半泣き状態。
それでも世話好きなオバチャン連中が「ほらほら、小さい子もついてみな!」と大はしゃぎし、次から次へともち米を蒸しては臼に入れ、杵でペッタンペッタンついていく。もう『餅工場』と言っていいほどの勢いだ。
山ほどできあがる餅を誰が食べるのかと思ったら、親切な近所の奥様たちが「じゃあぜんざいにしましょう」と鍋を持ち込み、「ヤキモチもいいね」とプレートを繋ぎだす。
「あったかいうちに配ろう!」という声で、まさに炊き出し状態になる。参加した子供たちや通りすがりの人たちに振る舞いが行われ、
「やったあ! うまい!」
広場のいたるところから歓声が上がる。
「これ、ただの餅つきじゃなくてもうお祭りじゃん……」
俺は苦笑しながらその光景を見つめる。結月も「すごい……こんなに盛り上がるとは」と呆れ半分。でもなんだかんだで楽しそうだ。翔はぼーっと見守る。
一方、西園寺は少しショックを受けているらしい。
「わ、わたくしが用意した大切な行事が……なんでこんな地域大イベントに……」
唇を噛んで悔しがっている。いや、これもまた面白いんじゃないかと思うけどね。
そんな賑やかな時間が何時間も続き、日が暮れかけるころには数百人規模で餅を作り、配り、味わうという壮大な会になっていた。テレビ局すら呼ばれかねない勢い。
クラスメイトや知り合いも偶然通りがかっては「なんか凄いことやってるな!」と参加し、一部はSNSで拡散していたようだ。
俺は落ち着いて辺りを見回しながら、この騒動を客観視する。臼は何台も稼働しているし、今や子ども達やおじいちゃんおばあちゃんが楽しそうにつき始め、ヘラでこねている。結月はぜんざいコーナーの手伝いをしていて、翔は焼き餅コーナーで呼び込みを担当。
そして俺はというと……ハッと気づく。
(そういえば……俺、餅つき体験したかったんだよね……?)
結局ここまで準備とか誘導とか人込みの処理とかに忙殺され、杵を握ってない。いつの間にか人々が勝手に作業してるし、俺が出る幕がない!
「餅つきできてないじゃん……」
声に出してぼやくと、隣で西園寺が同じく「わたくしも……」と肩を落としている。結月に声をかけようと周囲を探すが、彼女は大忙しでぜんざいを配ってて、こっちに気づかない。
もう餅は大量に作られて、「もち米はもう尽きたよー」なんて声が飛ぶ。最後の臼まで洗い始めているおじさんもいる。
「ショック……今日来た意味……」
俺は思わず笑い泣きになりそう。西園寺もぼやく。
「人手として呼んだとはいえ、私自身も餅をつける楽しみを味わいたかったのに……」
――――
周囲は「助かったよ、ありがとうね美玲ちゃん!」「西園寺さん、企画ありがとう!」と感謝しきり。「こんなに餅が食べられて最高!」とか「年始恒例イベントにしよう!」なんて声すら聞こえる。
でも俺は胸の中で「いや、餅つきはできなかったが……」と悶々。
「うわぁ、すごいね、大成功だね!」
結月も興奮して駆け寄ってくるけど、俺は苦笑いするしかない。
この規模になった時点で負けか。
こうして、「西園寺の家で餅つき」というはずの行事はいつの間にか地域レベルの餅工場へ拡大し、数百人規模の参加者が集まって賑やかに終了。出来上がった餅はぜんざい・焼き餅・配布などであっという間に消費され、「こんな盛り上がるとは!」と誰もが驚く結果になった。
「まぁ、いっか……こういうのもある意味、正月らしさだよね……」
内心あきらめつつ、みんなで一口だけ残っていたきなこ餅を頬張る俺。めちゃくちゃ美味しくて、これなら杵でつく瞬間を逃しても許せるか、と思ってしまうのだった。




