53.修学旅行―1日目夕方
「はぁ……やっと落ち着く時間だ……」
夕方になり、宿泊する和風旅館の食堂に集まる。修学旅行での夕食はみんなで大広間の座敷に並んでいただく形式らしい。
今日はいろいろあった。黒猫が新幹線に潜り込んだり、清水寺の舞台から猫が飛び降りたり。とにかく慌ただしい一日だったけど、ここでようやくしっかりしたご飯にありつける。
クラスメイトたちは「うわー豪華じゃん!」「お刺身とか、お鍋もあるし!」とテンションMAX。結月も機器として言う。
「いっぱい食べようね、美玲ちゃん!」
「おぉ……私も楽しみ……あれ?」
ところが、他のみんなの席には豪華な和食セットが次々と配膳されるのに、なぜか俺の前だけお膳が来ない。
「すみませーん、私の夕飯は……?」
俺が係の人に声をかけると、当の係員は首をかしげて台帳を見ながら「うーん、名前が……?」「あ、美玲さん……。いや、こちらのリストだと提供済みになってますね」と。
「え、嘘……提供されてないですよ……?」
混乱する俺。隣の結月には立派な舟盛りやら天ぷらやら配膳されているというのに、俺の席だけ空っぽ。
「あ、もしかしてそこの班が間違って二人前食べたのかも……?」
クラスメイトが周囲を見回すが、みんな各自の分で精いっぱい。「いや、俺は自分の分しか食ってないぞ?」とみんな手を振る。
結局、係員が厨房に問い合わせると「食材が足りないので代わりのメニューに……」という悲しい回答。
「ご、ごめんなさい、どうやら仕込みが足りなかったみたいで……。これしかありませんが、どうぞ」
そう言って出されたのが「お子様ランチ」。
しかも旗の刺さったチキンライスとエビフライ、ハンバーグという完全子ども向けメニューじゃないか。どうやら旅館のスタッフが急きょお子様枠を回してくれたようだ。
「ちょ、私だけお子様ランチ……?」
思わず唖然とする俺。隣を見ると結月が「うわ~美玲ちゃんかわいい!」なんてからかうように微笑むし、翔も「クスクス……似合うんじゃね?」と苦笑いしている。
「うう……せっかくの旅館料理を味わうはずが……」
でも仕方ない。俺は意を決してスプーンを持ち上げ、お子様ランチを口に運ぶ……すると
「あ、意外に美味しい!」
プリプリのエビフライ、ケチャップライスが甘めで懐かしい味。
とはいえ、本来の和食コースをみんなが堪能している光景を横目に、「これが修学旅行の夕飯なのか……」と思いながら完食する羽目に。
「美味しいけど……悲しい……。この旗はどこの国のだろう……?」
最後にちょこんと刺さっている国旗を見て、思わず涙目になるのだった。
そのあと、みんなが部屋に戻り一息ついたころ、
「大浴場は男子が先に入って、その後女子が……」
先生が説明する。クラスメイトたちは「やったー、大浴場だ!」と大喜び。
結月も軽くストレッチしながら言う。
「ねえ、美玲ちゃん、一緒に大浴場行こうよ! せっかく広いお風呂だし、思い出になるよ!」
(でも、俺は前世は男だったから……女子風呂ってのは正直大丈夫なのかな……)
内心で戸惑いまくる俺。一応、もうこの体には慣れてはきたものの、やはり大浴場で同級生たちと裸の付き合いっていうのは気が引ける。
「ご、ごめん、私……ちょっと疲れたから、部屋風呂でいいや」
やんわり断ると、結月は「えー! もったいないよぉ……」と膨れっ面。でも無理やり行こうとはしないらしく、「じゃあ先に行ってくるね……」と渋々立ち去る。
「はぁ……じゃあ部屋の風呂でサッパリしよ」
タオルを準備して浴室へ。
部屋の風呂はやや広めの和風風呂だ。俺は服を脱ぎ、シャワーを浴びてから湯舟に浸かる。
「ふぅ……やっと落ち着いた……」
ぼやきながらお湯の温かさに身を委ねる。ほんのり体の疲労が抜ける感覚。これが修学旅行の醍醐味といえば醍醐味だけど……クラスメイトは大浴場で盛り上がってるんだろうな。
そんなことを考えていたら、ガラッとドアが開く音がして、
「え……結月? ちょ、ここは……」
振り向くと、そこに立っていたのは意外な連中――ニホンザルが3匹ほど、タオルをくわえて覗き込んでいるではないか!
「ぎゃああああ!! さ、猿……!?」
俺は驚きで湯舟から飛び出しそうになるが、猿たちは怖がる様子もなく「キキキ……」とよく分からない鳴き声を発しながら入ってくる。
一匹はタオルを床にポイっと置き、もう一匹は勝手に蛇口を回して水を出そうとしている。「え、何して……」と呆然。
そのままサルたちは湯舟の縁に手をかけてこっちを見る。
(まさか入ろうとしてる?)
一匹がスッと湯の中に浸かってきた。
「や、やめてって……!」と制止するも、湯舟の隅に陣取り、気持ち良さそうにプカプカしている。それを見た他のサルも次々と入浴スタイルに……。
「嘘でしょ……なんで猿が……」
部屋風呂で猿と混浴する修学旅行生なんているのか……? 呆然としながらも、彼らは大人しいし襲いかかる気配もない。なんとなくこっちを見て「キキキ」と鳴く程度。
(どういう状況だこれ……)
結局、サルと10分ほど同居するハメに。
「これはトラブルでも…なんかシュールすぎる……」
思わず笑いがこみ上げてしまう。
やがて猿たちは勝手にザバザバと湯舟を出て、タオルをくわえたりしながらまたドアから出て行った。手慣れてるというか、謎すぎる……。俺はひたすら呆気に取られて裸のまま見送る形になった。
「なんで部屋のドア開いてるの? そもそも……どこからきたの?」
疑問がいっぱいだが、サルはもういない。
「旅館周辺の山から来たの……?この市街地に??」
俺も湯舟を上がると、謎の疲れを感じつつ体を拭き始めた。
入浴を終え、部屋に戻って髪を拭いていると、結月が大浴場から戻ってきた。頬がほんのり赤くて「ふぅ……広くて気持ち良かった!」と満足そう。
「あれ、美玲ちゃん……一人で入っちゃったの?」
少し寂しげな口調で質問してくる。彼女としては一緒にお風呂に入りたかったのだろう。悪いことをしたという罪悪感が湧き上がるが……俺には前世の問題があるし、正直気が引けるのだ。
「ごめんね。うん、一人で……いや……一人ではなかった……かも……」
頭をかきつつ曖昧に答えると、結月が「え? どういうこと?」と怪訝そうに顔を近づける。
「まさか私以外の女子を誘ったの!? それはショック!」
少し怒ってる様子だ。
「い、いや違う、猿たちが……勝手に……」
あのシュールな状況を信じてもらえるだろうか? 言葉にならないまま、曖昧に流してしまうのだった。
「……ごめん、とにかくバタバタだったんだよ……」
黒猫に始まり、サルに終わる日……。正直、三日間続く修学旅行の初日でこれだと、今後何が起きるんだろうか。不安が募る一方だ。




