51.修学旅行―出発
「よーし、いよいよ修学旅行に出発するぞー!」
――そんな担任の声に、クラス全体が一気に沸き立つ。朝早くから学校に集まって大きな荷物を持っているのは、俺とクラスメイトたち。行き先は言わずもがな、京都。
数日前にしおりを作ったり班決めで大騒ぎしたばかりだが、その結果として今、こうして興奮に満ちた雰囲気で出発を迎えることができる。
「ワクワクするね! 新幹線乗るの久々だし!」
隣で結月が目を輝かせて話しかけてくる。
「うん、確かに。新幹線で京都行き、修学旅行って感じがするね……!」
俺は睡眠不足の目を擦りながらそう相槌する。ワクワク半分、また何か起こりそうな予感で半分不安な気持ちだ。
集合点呼を終え、クラス全員がバスに乗り込んで最寄りの新幹線駅へ移動。さわやかな朝の風を浴びながら、心の中で祈る。
(どうか、トラブル起きませんように……)
駅に到着し、改札を通って新幹線ホームに向かう。大きな荷物を持ちながら、みんな笑顔で記念写真を撮ったりしている。修学旅行の雰囲気はやっぱり特別だ。
「写真撮ろうよ! 美玲ちゃんも一緒に!」
結月がスマホをかまえてきたので、俺はペコッと頭を下げて一緒に映り込む。隣には翔もいて「うっし、京都楽しみだな」と気の抜けた笑みを浮かべている。
ただ、ホームの様子がなんだか騒がしい。駅員さんがあちこちで「にゃー! シ…シッ! どいて!」と追い払う声が聞こえる。
「え……何? ……猫?」
俺が振り向くと、なんと黒い野良猫が数十匹ほどウロウロしているではないか。こんなところに猫がたむろしているなんて見たことない。
駅員たちは必死に「こら、線路に降りないで……!」「そっち行くな!」などと苦戦している。
なんとも言えない視線を感じてクラスメイトの方を見ると、みんなが「また美玲のせいか?」みたいな目でこっちを見る。そりゃ、俺がトラブル体質なのは認めるが、猫を呼び寄せようと思ったことはない。さすがにこれは理不尽だ。
「私、何もしてないよ!?」
思わず声を上げるが、翔がクスクス笑いながら肩を叩いて言う。
「まぁ、気にすんな。いつものことだろ」
(いつものことって…… 呪われてるのかな、俺)
ともかく猫たちを駅員が追い払ってくれたおかげで、ホームには少し落ち着きが戻る。俺たちも安心して列に並び、新幹線に乗り込む。指定席に座って荷物を整理して、各自わいわい談笑。
「楽しみだね、京都!」
結月が窓から外を見ながら笑みを浮かべる。ホームにあの猫たちが散らばっているのがチラッと見えるけど、もうこちらに迷惑はかけなさそうだ。
(良かった……出発時点から大トラブルとか勘弁してほしいし)
車内アナウンスが流れ、出発の案内。発車のベルが鳴って新幹線がスムーズに動き出すと、クラスメイトたちから小さな拍手が起こった。修学旅行ってだけでテンション高いのが伝わってきて可愛らしい。
新幹線は京都に向けて順調に進行中。何も起きない、平和そのもの。俺は内心ほっとしていた。
――――
先生が「そろそろ、昼食を取ってください!」とアナウンスする。みんな車内で楽しく弁当を開け、「わーおいしそう!」などと騒ぐ。
俺と結月は昼食用に駅のホームで駅弁を買っていた。二人で取り出して食事の準備を進める。
「私はステーキ重にしたよ! 美玲ちゃんは?」
「私は海鮮系にしたい気分だから海鮮弁当だよ!」
(やっぱり旅といえば駅弁だよなぁ……)
結月も「私のステーキ重見て見て! こんなに厚い!」と笑顔。俺もさっそく海鮮弁当を袋から取り出す……と思ったら、何か違和感が。
「ん?……なんか袋が動いてない……?」
小さくガサゴソ音がしてる。俺は「気のせい?」と紙袋をまじまじと見る。そっと開いてみると――
「にゃー……」
「うわぁああああ!? ね、猫!? なんで!?」
思わず声を押し殺して叫ぶ。なんと黒猫が紙袋の中に入り込んで、俺の海鮮弁当をむさぼっているではないか。そりゃ袋がガサガサするはずだ。
隣の席にいた結月が「きゃっ! どうしたの、美玲ちゃん?」と反応。俺は焦って「しーっ、しーっ!」と口に人差し指を立てる。
「あ、あの……黒猫が……紙袋に……」
結月が紙袋を覗き込んだ瞬間、「うそでしょ……」と小声で青ざめる。
「これ、ダメだよね!? 新幹線に動物乗せるのは手続きとかいるんじゃ……」
結月がパニック顔で囁く。俺も同様に焦る。
「確か動物を新幹線に乗せるときは、専用のケージとかに入れなきゃいけないはず……しかも無賃でだし……降りるまでどうする?」
頭を抱えて言う。
そもそも猫がいつ、どうやって紙袋に潜り込んだのか想像すると、あの駅のホームでウロウロしてた奴かよ! と直感的にわかる。ふと視線を落とすと、猫が「にゃー」と可愛い声を立てつつ海鮮をがっつり食べている。
(おまえ……俺の弁当……)
「もう、どうする……? 仕方ないから、バレないように袋に入れておこう……?」
結月が必死に提案してくる。俺は苦笑しつつ、「そうするしかないよね……」と同意。
「でもこれ、私のお昼……」
猫に奪われた俺の駅弁はもう半分以上食われてぐちゃぐちゃだ。「最悪……」と思うが、結月が「私のステーキ重、半分あげるから……」と申し出てくれたので、それでなんとか腹を満たす。優しいな、結月。
結局、黒猫は紙袋の中に隠したまま。にゃーにゃー鳴いたらどうしようとビクビクするが、食べたら眠ったのか割とおとなしい。仕方なく紙袋をそっと閉じて収容。やり過ごすことに。
「はぁ……なんでこんな序盤から猫の密航みたいなことやってんの……」
頭を抱える俺。結月は恐る恐る鞄を見て、怯えながら言う。
「動物乗せちゃって……バレたら怒られるよね……」
周囲の席ではクラスメイトが「美玲ちゃん、駅弁どうだった?」とか軽く声をかけてくるが、俺は「う、うん、美味しかったよ……」と曖昧に答えるしかない。本当は猫に奪われたんだけどね……。
(なんだよ、この先が思いやられる……まだ京都に着いてもいないのに……)
ただ、結月のステーキ重は確かに美味しくて、半分こした分だけでも満足感ある。
「ごめんね、ありがとう。おかげで飢えないで済んだよ……!」
俺は結月に大感謝しながら言うのだった。
(こういうトラブルでも、結月は優しいんだよな……たまに俺の写真を売って金儲けしたりするけど……)
猫がスヤァと袋の中で眠ってる気配を感じ、まるで爆弾を抱えてるみたいな緊張感を味わいながら、どうにか昼食を終了した。
――――
これから数時間後には京都駅に到着して、見学コースや宿に向かうわけだ。そこでは新たなトラブルが待ってるかもしれないが、俺はもう慣れっこ……いや、さすがに猫連れ込みは想定外だった。
「はぁ……まだ修学旅行の旅程は始まったばっかりなのに……」
心の中でため息をつきつつ、席を少し倒して休憩体勢に入る。改めて紙袋をそっと覗き見ると、猫が「にゃ……」と小さく鳴いて目を閉じている。かわいいが、降りるまで大丈夫だろうか……?
「とりあえず大人しくしてて……」
と心底願いつつ、俺は軽くまぶたを閉じて車窓の流れる景色を感じる。ああ、先が思いやられる……
こうして修学旅行という大イベントは、早くも波乱の幕開けを迎えたのだった。




