49.読書の秋と秋眠の呪い
文化祭が終わった後、何気ない日々の中でも、この体だと思い通りにいかないことが多い。トラブルが起きても起きなくても、困惑する出来事が多くある。今回はそんな日々の一例を紹介しよう――
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「ねぇ、美玲ちゃん、見て見て! これ、すっごくいい小説なの!」
朝、教室で席に着いていた俺に、結月が興奮した様子で手に取った一冊の文庫本を見せてきた。その表紙には幻想的なイラストが描かれ、タイトルは英語っぽいカタカナでカッコよく記されている。
「へぇ……そんなにいいの? ていうか、めっちゃ泣いてない?」
実際、結月の目はうるうるし、鼻をすすりながら本を抱き締めている。
「うん……もうラストが切なくてさ、でも心が温かくなるの。私、今朝の通学中に読み終わったんだけど、電車で涙止まらなくてヤバかったよ……」
(電車の中で号泣って、周りからめっちゃ見られそう……)
とはいえ、結月がここまで感動しているのは珍しい。俺は素直に興味をそそられてしまう。
「えー、そんなにいいなら、私も読んでみたいな。貸してよ」
そうお願いすると、結月はちょっと嬉しそうに本を差し出してくる。
「もちろん! ほんとオススメ! 美玲ちゃんもきっとハマると思うよ!」
口調までキラキラした勢いで力説する結月。この時点で嫌な予感などまったくない俺は、単純に「よーし、秋の夜長に読書なんて最高だな」とワクワクしていたのだが……。
その日帰宅した後、さっそくベッドに腰掛けた。結月から借りた小説を取り出し、表紙を眺める。
「じゃあ読んでみよう……楽しみ!」
本の冒頭をパラパラと読み始める。
しかし、何ページかめくったあたりで――。
「……ふわぁ……なんか眠い……?」
急に瞼が重くなり、視界が薄ぼんやりする。夕飯前だから体力が落ちてるのかと思いつつも、「ちょっと仮眠かな」と横になったら、そのまま意識が遠のいた。
気がついたら夜中の12時を回っていた。「うわっ、寝ちゃった……」と焦って起き上がるが、本を開いたままで数ページしか読めていない。仕方なく翌日に回すことに。
(ま、明日また読むか……)
そう呟いて布団をかぶり、再度就寝。「なんか眠かったなぁ……」程度であまり深く気にしなかった。
翌朝、学校へ行くと、朝から結月が「読んだ? 感動したよね?」と目を輝かせて迫ってきた。
「え、あ、えっと……ごめん、途中で寝ちゃった……」
俺が正直に答えると、結月は「えー! ちゃんと読んでよー!」と頬を膨らませてむくれる。
「あれだけ面白いのに、なんで寝ちゃうのさ!」
「わ、私も楽しもうと思ったんだけど、なぜか急に眠くなっちゃって……」
弁解するけど、結月は「うーん……勿体ないよ。翔くんとかにも勧めてみよっと。みんなで語り合いたいんだ!」と若干不機嫌そうに去っていく。
(うわ、やっちゃったかな……まあ仕方ないよね……)
その日のうちに、結月はクラスメイトや他クラスの友達にも「この小説ヤバイよ!」と触れ回り、「読書の秋なんだし、ぜひ読んでみて!」と本を貸し出していた。
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次の日の昼休み、翔もその小説を受け取ったらしく、「結月から借りた本すげぇ面白かったぞ。最後泣いたわ」などと語る。「マジで?」と俺は驚く。翔みたいなタイプがそこまで熱く語るなら、相当ストーリーに力があるのだろう。
周囲でも口々に「めっちゃ面白い、すごく良かった」と言う人が増え、教室のあちこちで感想トークが盛り上がる。俺だけが置いてけぼりだ。さすがに居心地が悪い。
「このままじゃ仲間外れだ……今度こそ読破する!」
そう決意し、その夜も本を開く。正直なところ、冒頭数ページしか読んでいないから内容をまったくつかめない状態。せめて半分くらいまで進めてから睡眠に入りたい。
しかし、不思議なことに、やはり読み始めるとものすごい眠気が襲ってくる。
「な、なんだこれ……また眠い……」
必死に目を見開いて耐えようとするが、文字を追っていると頭がぐらぐらし、意識が朦朧とする。
「やば……寝たらまずい……でも……ふぁ……」
そのままうとうとし始め、結局1ページも進まないまま夢の世界へダイブ。翌朝、目を覚まして本が枕元に転がっているのを見てガックリする。
(何これ……)
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翌日、登校するとクラス内では例の小説を読んだ人々が集まり、熱い談義を繰り広げていた。
「あの主人公の決断、すごいよね」「分かる、あのシーンの描写、泣けるよ……」
みんな目を潤ませながら語り合っている。結月はそれを聞いて「でしょ! でしょ!」と嬉しそう。翔も「あれはいい小説だったな」と腕を組んで納得の顔。
「こっちへおいでよ、美玲ちゃんも感想聞かせて!」
結月が俺を呼ぶが、俺は視線をそらしながら「う、うん……まだ全部読んでない……」と申し訳なさそうに返す。
すると周りが「えー、まだなの?」とびっくりした様子。「なんで? もう2日あったじゃん!」と聞かれるが、俺は真実を打ち明けるしかない。
「読もうとすると……眠くなるんだよね……何でか分からないんだけど、無理なんだ……」
瞬間、みんなが「えぇー……」と呆れたような目。結月も「もう……がっかりだよ」と口を尖らせるし、俺だけ仲間外れ感が強い。
(うう……読書の秋なのに、なんでこんな呪いにかかったみたいになるんだ……)
三度目の正直、という思いで俺は一計を案じた。夜に読むとなぜか眠くなるなら、昼間なら大丈夫かもしれない。学校の休み時間や授業中にこっそり読むのだ。
しかし、ただの休み時間だとクラスメイトに「お、読んでるんだ!」と話しかけられて集中できない。「よし、授業中にこっそり読もう……」と悪い考えが頭をよぎる。
そして問題の5時間目、歴史の授業が始まる。先生の話をちょっと聞き流しながら机の下に小説を忍ばせ、文字を追う……が、またしても突然の強烈な睡魔が襲ってきた。
「やば……また眠気が……あ、あかん……」
意識がふっと飛びかける中、「ぐぅ……」という漏れた声で先生に気づかれ、
「おい、藤堂! 居眠りか? 教科書広げて読みなさい!」
と叱られてしまう。恥ずかしすぎて顔が真っ赤になる。さらに机に置いていた小説がバレそうになるところを必死で隠したが、結局大して進まないまま轟沈。
「なんで……どうしてこんなに眠くなるんだ……秋眠の呪い……?」
机で突っ伏しながら呟くしかなかった。
放課後、結月が「どう、進んだ?」と声をかけてきた。俺は情けない顔で首を振り、「全然読めてない……」と打ち明ける。
「このままじゃ私だけ読書の秋ができてないっていうか……」と嘆く俺を見て、結月は何とも言えない表情を浮かべる。
「なんで眠くなるのかなぁ。ほんと面白いんだけどね、あの小説……」
そう言われても、俺にはさっぱり分からない。もしかして著者が描く文体かリズムが催眠作用を引き起こすのか、それとも俺が夏の疲れを引きずっているのか……。
「私だけ読めない!」と壁に頭を打ちつけたくなる衝動をこらえる俺。本当に呪いみたいで悔しい。
(こんな呪いみたいな眠気、いつか解けるだろうか……)
俺は「催眠小説」を前に成す術なく敗北。俺だけが、すごく面白いらしい小説を楽しめないのだった。




