42.スポーツの秋 引っ越しバイト!
「……うわぁ、また変なの持ってきたなぁ……」
俺はスマホ画面を覗き込みながら、深いため息をついた。
つい先日、違法スレスレの白い粉バイト(?)に巻き込まれ、カラスの鉄球爆撃に遭遇――という地獄の体験をしてから、まだ数日しか経っていないのに。
にもかかわらず、結月がまた怪しげなバイト情報を持ってきたのだ。
「ねえ、美玲ちゃん! これ見てよ、『重労働清掃バイト、日給30万円!』だって。私たち、前回は日給10万だったでしょ? 今度は30万……もっと効率よく稼げるよ!」
相変わらず目をキラキラ輝かせている。何かを企画するときの結月は無敵だ。
「はぁ!? ちょ、それ絶対やばいでしょ。何の清掃させられるの? 今度は死体でも片付けるの!?」
俺は思わず悲鳴を上げる。前回も「合法だよ」と言われて粉まみれの危険バイトだった。じゃあ今回は……もっと凄まじい何かを清掃するんじゃないかと想像してゾッとする。
「だ、だ、大丈夫だって! ほら、ここにも『最大30万円』って書いてあるし……体力を使う清掃ってだけで、死体とか書いてないもん!」
結月が苦笑いで言い訳めいた説明をするが、まったく信用できない。
「嫌だよぉ! そんなの絶対にイヤだぁ! 私、普通のバイトがいい! 普通の! やっぱ引っ越しとか、工場とか……!」
俺は結月にしがみついて全力で拒否する。危険な清掃なんてごめんだ。結月も観念したのか、ようやく折れてくれた。
「う、うん……わかった。じゃあ仕方ない、普通のにしようか……。えーと、引っ越しバイトなら日給そこそこだし、体を動かすし……」
こうして、普通の引っ越しバイトに応募することになった。運送会社の単発募集で、家具や家財を運んで力仕事になるから体力勝負。報酬はそこそこ。
結月は「でも、運動になるよね。運動の秋だし、がんばろ!」とやる気満々。あまりの意気込みに、俺は(なんでこんなに必死なんだろう?)と不思議に思うが、彼女は何も言わない。もしやダイエットでもしてるのか? とふと勘づくが、紳士(?)な俺はあえて口に出さないので深くは追及しないことにした。
そういえば、俺の体はどうなってるんだろう……? 結月よりもはるかに多く食べていたのに、全然太る気配もない。甘いものは別腹と言うか、どこか亜空間にでも消えていったのだろうか……?
――――
当日の朝8時、運送会社へ集合する。
「おはようございます! 今日から助っ人で入る美玲と結月です!」
俺たちは元気に挨拶し、現場担当の社員さんに作業説明を受ける。聞けば、今日は合計3件ほどの引っ越し作業があるらしい。トラックに荷物を積み込み、指定先に運んで下ろす――それを繰り返すわけだ。
「がんばろうね、私たち!」
結月が笑顔でエプロンをつけながら言う。うん、これで大丈夫。普通のバイトだし、死体も薬物もない。問題ないはず。
最初の現場は駅近くのマンション。古いエレベーターしかなく、荷物の上げ下ろしは少々重労働だ。
社員さんが「よし、じゃあこの冷蔵庫運んで……」と言いかけた瞬間、隣の部屋からおじさんが出てきて「引っ越しか? 手伝うよ!」と謎の申し出をしてくる。
それだけでなく、奥さんやら他の階の住民やらがぞろぞろと集まり、一瞬にして10人ほどの人が手伝ってくれることになってしまった。
「え、え? いいんですか……?」
「いいんだよ、引っ越しはみんなで協力するもんだろ!」
と、隣人たちは楽しそうに冷蔵庫や洗濯機を運び出し、俺たちの出番がほとんどない勢いで作業が進んでいく。
結月と俺はというと、
「こ、こんなに手伝ってもらったら仕事にならなくない?」
と苦笑い。結果、ものの30分ほどで全部の荷物がトラックに積み終わってしまった。
「すごーい……あっという間だね」
「ほんと……ありがたいけど、全然運動にならないし……」
続いて向かった2件目の現場。そこでもまた、ご近所さんがわらわら集まってきて「おお、引っ越しか? 任せろ!」「うちの若いもんも呼ぶよ!」と総出で手伝い、作業時間は15分で終了。
3件目の現場も同じ流れ。通りすがりの学生たちや近所の主婦が「手伝いますよ〜!」と参加し、奇跡的なスピードで完了。
「はやっ……こんなに早く仕事が終わったら、日給もらうの申し訳なくない?」
結月が苦笑いしながらトラックに乗り込む。俺も「あまりにもありがたいけど、運動した気がしない……」と正直に思う。
「ね、私たち一応力仕事で筋肉痛になる覚悟だったのに……何もしてないね」
「ほんとだよぉ……しかも社員さんたちも『あっという間に終わったな』って笑ってるし……」
こうなると、バイト代は普通にもらえるけど、当初の体動かす目標が達成されていない。というか、全然疲れてないぞ……。
――――
夕方前には3件全部終わってしまい、運送会社の倉庫に戻って日給を受け取って解散という流れになった。
「はい、これ日給です。助かったよ、今日は順調すぎるほど順調だったな。はは!」
と社員さんは上機嫌。
結月は素直に「ありがとうございます!」と頭を下げつつ、口をとがらせて俺に耳打ちしてきた。
「なんか……楽すぎて消化不良だよね。運動になるどころか……私、まだ全然動き足りない感じ……」
俺も「うん……ありがたいけどさ。まぁ、こんな日もあるよ……」と苦笑いしかできない。
最後に二人で挨拶し、帰り道を歩き出す。結月はふてくされたように顔をぷうっと膨らませながら、一日分の荷物運びでちっとも疲れていない姿が少しかわいらしく思ってしまう俺だった。
「結局また思い通りにいかなかったね」
「ほんとだよぉ。私、がっつり筋肉痛になるくらい働くつもりだったのに…… 運動はあんまりできなかったね」
――――
結月は早朝6時、ひそかに家を抜け出してランニングウェアを着込み、近所の公園を何周も走り始める。
「はぁ、はぁ……ああ、もうお腹苦しい……。でも頑張らなきゃ……」
今まではあまりスポーツに興味なかったが、体重増加という危機を前に真面目に走ることを決心したらしい。ただ、恥ずかしいので美玲ちゃんには言えない。
「うん、運動の秋だし……何とか痩せよう……がんばれ、私……」
と汗をかきながら、静かな公園を周回する結月の姿がそこにはあった。




