40.秋のスイーツ巡り「贅沢スイートポテト」
「……秋って、ほんと危険だよな……」
俺は枕に突っ伏しながら、ぼそりとつぶやいた。
涼しい風が窓から入ってくるこの季節、やたらと『食欲の秋』が刺激される。しかも最近、結月が提案してくれるスイーツ巡りが楽しすぎて、あちこちの洋菓子店を回るのが日課になりつつある。
「今日も行かない? 次はスイートポテトのお店、見つけたんだ!」
結月からメッセージでの殺し文句。秋の誘惑に勝てるわけがない。
「行く! スイートポテト大好き!」と返信してしまい、あっという間に予定が決まった。
(まぁ、最近なんか……トラブルがあっても、スイーツさえあれば無敵な気がするしな……)
前回は道中に30人の迷子が現れたりしたが、サクサクと対処できた。今日だってもし何かが起きてもスイーツ愛でカバーできるはずだ……たぶん。
「今向かうね。駅前集合でいい?」
結月から電話がかかってきたのは朝9時。
「うん、今起きたばかりだけど……すぐ支度するよ!」と返事をする。
内心ワクワクが止まらない。秋限定のスイートポテトと聞いただけで甘く香ばしいイメージが浮かぶのだ。
シャツとパンツを適当に着込んで、身バレ防止のためサングラスも用意する。
「よーし。今日はどんなトラブルが来ても、スイーツのために乗り越えてやるぞ……!」
そう呟いて家を飛び出した。
――――
駅前で合流した結月と二人、目的の店まで歩いて行く。秋晴れの空が高く、風が涼しくて心地いい。
少し大きめの公園を通り抜けようとしたら、「ヒャッハー!」みたいな掛け声が聞こえ、黒い全身タイツの人たちがバーッと現れた。
よく見ると、戦隊ヒーローショーで出てきそうな戦闘員のコスチューム。それが100人くらいいる……?
「えっ、な、何これ!? 公園でイベント?」
結月がキョロキョロと見回す。すると、その集団のリーダーらしき人が俺たちに駆け寄ってきて、一瞬何かを確認するようにジロジロ見てきた。
「……おまえだな、ピンク!」
唐突にそう叫んできて、次の瞬間、「おりゃー!」と拳を振り上げて突っ込んでくるではないか。スタントマンと間違えているらしい。
「ちょ、ちょっと待って、私、一般人ですけど……!?」
俺が慌てて言う間もなく、ほかの戦闘員も「こいつが新ヒーローなのだな! 脚本どおりだ!」と勝手に解釈して襲撃を仕掛けてくる。
(なんでこんなことに……)
しかし、ここでひるむ俺ではない。スイートポテトを食べに行くのだ。こんなところで足止めを食らうわけにはいかない。
「す、すみません、違います! 邪魔しないで!」
踊りのように華麗なステップでパンチを避け、後ろに回り込みながら戦闘員の腕をすり抜ける。ある者はつまずいて転び、ある者は仲間同士で衝突して倒れる。俺が何もしていないのに勝手に崩れていく感じだ。
結月はその様子を見て爆笑している。
「美玲ちゃん、ほんと本物のヒーローみたいじゃん! すごーい!」
「私、ただの一般人だってば……! 邪魔しないでよね!」
結局、10人、20人……と代わる代わる襲いかかってくるが、俺はすべて華麗に避け、一発も食らわずに公園を横断することに成功した。戦闘員らは大混乱のまま放置。
(やっぱり、俺、スイーツ巡りの間は無敵かもしれない……)
その後はさほど大きな邪魔もなく、目的の店「ポテリンカ」を見つけ出した。外観は可愛いロゴが目印で、ショーウィンドウには秋のイラストが貼ってあり、「スイートポテト推しです!」と全面アピールしている。
「お腹減ったぁ……早く食べたい!」
結月が手を叩きながら店内へ。するとガラスケースに黄金色のスイートポテトが並び、香ばしい香りがふわりと鼻をくすぐる。テンションが一気に上がるのがわかる。
店員が「いらっしゃいませ!」とにこやかに迎えてくれる。俺たちはテーブル席に案内され、メニューを見ながら注文を考える。
「わ……すごい美味しそう。タルト生地に包まれたスイートポテトもあるし、カスタードが混ざった派生版もある……」
結月が目を輝かせて説明してくれるが、俺はすでに決断していた。
「私、スイートポテト50個で!」
周囲が一瞬静まる。店員は唖然として「ご、ごじゅっこ……!?」と固まった。結月は苦笑いする。
「私が奢る予定だけど……そ、そんなに……? 大丈夫かなお金……」
そう、彼女は「夏の妖精ミレイたん」写真で稼いだお小遣いを使うと言っていたが、50個となるとさすがに高額だ。
(申し訳ない気分になるけど、俺はどうしてもスイートポテトを死ぬほど食べたい……)
「私、一部は自分で払うからね!」
そう提案したが、結月は「いいよ、埋め合わせプランだから」と意地を張る。仕方なく、「じゃあ無理しない程度にね……!」と念を押す形になった。
待つこと数分。店員たちは総出でスイートポテトを準備し、大きなお盆に並べてテーブルへ運んできた。
「わぁ……すごい量……」
結月が目を丸くしている。俺も心拍数が上がるのがわかる。まさに黄金色の宝石が50個並んでいるような圧巻の光景だ。
「いただきまーす!」
俺はさっそくかぶりつく。ねっとりとした舌触りと、ふわっと香るバターと砂糖の甘さ、焼き色の香ばしさが絶妙。思わず「んん~!」と声が漏れる。
「美味しそう! 私もいただきます!」
結月も1個を手に取り、「うひゃー、こりゃ美味しい!」と大満足。でも、3個目くらいから顔が苦しげになり始める。
「ふぅ……甘いね……こんなに食べられないかも……」
そりゃそうだろう。炭水化物の塊だし、けっこう腹にたまる。
一方、俺は10個、20個と平然とペースを落とさず食べ続ける。店員もビビった顔をしている。
「うわ、すご……美玲ちゃんの胃袋、どうなってんの……」
結月が唖然と呟きながら、お腹をさすっている。もう限界らしい。
最終的に俺が残りを完食する形になった。テーブルにはカラになった紙皿やカップが散乱していた。
――――
【結月視点】
「はぁ……まさかあんなに食べるとは……」
私――日野結月は夜、自宅のリビングでソファに座りながら、今日の出来事を思い返していた。
朝からあの戦隊ヒーローの戦闘員ともめたのに、美玲ちゃんは華麗に避けて、まるで本物のヒーローみたいに無傷。すごいなぁ……と感心してしまう。
でも、それ以上にスイートポテト50個は衝撃的だった。結構な金額が飛んでいった気がする。
「埋め合わせプラン」としては仕方ないけど、このままやってたら私の貯金がマジでやばい。
「……夏に結構稼いだと思ってたのに……もう尽きそう」
私はスマホの家計簿アプリを眺めて絶望する。「あの写真の売上げ金が、こんなに早く溶けるの……?」と自分でも信じられない。
また、さっきからお腹が苦しい。スイートポテトはなかなかお腹に溜まるのだ。
「うぅ……ちょっとお風呂入って落ち着こう……」
シャワーを浴びようと鏡の前に立つと、いつもよりウエスト周りがムチッとしている気がする。
「え、何これ……夏はそこそこ動いたのに……やばい、最近のスイーツ漬けが響いてる?」
さらに怖々体重計に乗ってみると、「うそっ、こんな増えてるの!?」と絶句。
あまり大きな声を出すと家族に聞かれてしまうから声を押し殺すけれど、気持ちは悲鳴を上げている。結構限界ラインが近い。
「どうしよう……このままスイーツ巡りなんて続けてたら、私、どんな体型になっちゃうの……」
慌ててお腹をつまんでみると、肉がぷにゅっと掴めるレベル。さすがに焦る。
「これは……もう運動するしかないのか……」
テンパった私は、迷わず美玲ちゃんに電話をかける。数回鳴って彼女が出ると、まずはなんとなく世間話を装ってみる。
「もしもし、美玲ちゃん? こんばんわー……あのさ、最近なんか運動不足かもと思わない?」
「え、運動不足?……私は別に、あんまりそう思わないけど……どうしたの?」
美玲ちゃんは疑問の声。うぐっ、このままじゃ本題に入れない。
「ほら、秋って『スポーツの秋』とか言うし……私たちも一緒に、体を動かすバイトとかしない?」
「バイト? スポーツ?」
不審そうな声が返ってくるが、私としてはどうしても付き合ってほしいのだ。理由は言えないけど、お金も欲しいしカロリーも消費したい。
「そ、そう! 運動の秋! だからスポーツ系バイトっていいと思わない? わりと稼げるところもあるらしいし……ね?」
必死で押し通す私。すると、美玲ちゃんがうーんと唸る声が聞こえる。
「ん……まぁ、探してみるか。いいよ。運動がしたいなら付き合うよ!」
やった、OKとれた。私は内心ホッとするが、同時に「どうにかして痩せなきゃ……」という焦りで胸がいっぱいだ。
「う、うん……ありがとう、美玲ちゃん。じゃあまた明日相談しよ!」
電話を切ったあと、私は風呂場で改めてお腹をさすりながらため息をつく。こんなに早く夏の妖精騒動で稼いだお金が底をつくなんて思わなかったし、体重が増えるのもショックだし……。
ちょっと苦笑いしながら、頭に浮かぶのは「やっぱりあの子、妖精なんじゃないのかな」っていう疑念だ。こんなに食べても全然太ってなさそうだし、日焼けもしない。
いや、むしろ、『魔法で美貌を得たものの、代わりに運気が下がる呪いに掛けられた魔女』だろうか?
なんだか、黒猫やカラスに縁があるし、たくさんトラブルに巻き込まれるし……
などと、失礼なことを思う結月。
こうして、『運動の秋 ダイエット計画』が密かに立案されたのだった。




