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4.昼休み、騒然の学食

 「やっとお昼だ……」


 今朝、先生やクラスメイトから「学食へ行くなら気をつけろよ」と言われたが、「今日は学食で食べるように」と親から言われたのだ。


(せっかくなら、数量限定だって言うカツサンド食べたいな……!)


 前世では仕事の合間にコンビニ弁当ばかりだったから、美味しそうな定食やパンを見るとテンションが上がる。


「美玲ちゃん、一緒に行こ?」


 隣で元気な声をあげるのは日野結月。いつもニコニコ笑顔を向けてくれる心強い友達だ。彼女も学食派らしく、仲良く並んでスタートを切った。

 廊下に出ると、ちょうど佐々木翔も扉のところで腕を組みながら待っていた。


「お、行くのか? また昨日みたいにやらかさないようにしろよ」


「今日は大人しく列に並ぶから大丈夫……だと思う」


 自分で言いながら少し不安になる。ここ最近の傾向からして、何も起こらないなんてあり得るのだろうか……。しかし、翔は苦笑いしつつも、


「万が一のときはオレもツッコむから安心しろよ」


 なんて軽口を叩いてくれる。どうやら一緒に行ってくれるらしい。結月も「やっぱり一緒がいいよね!」と笑顔で提案してくれて、三人並んで学食へ向かった。


 学食に近づくと、すでに列ができているのが見える。人気のメニューは数量限定だし、みんな少しでも早く来ようと急いでいるのだろう。

 昨日、騒動があったと聞いたため一瞬ビクッとするが、「今日は絶対にトラブルを起こさない!」と心に誓う。前世では普通に列に並んでいたし、大丈夫なはず……。


「よし、今日はしっかり最後尾に並ぼう。えーと、ここかな……?」


 最後尾に並ぶ生徒がこちらを見つめている。俺はそっと会釈して、その後ろについた。結月も翔もスムーズに後ろに並ぶ。特に問題なくスタート……と思われた、次の瞬間――


「ねぇ、美玲ちゃん、よかったら先にどうぞ? こっち、ちょうど間が空いてるし……」


 前にいた先輩らしき女子が、なぜか譲ってくれようとする。周囲がザワッとどよめいた。俺は慌てて首を横に振った。


「え、いえいえ、私は大丈夫です。ちゃんと並びます……!」


「でも美玲ちゃん、お腹空いてるんじゃない? 遠慮しなくていいよ!」


 この先輩だけでなく、周囲の数名までもが「先に譲るよ」と口にし始める。昨日の話を聞いてか、心配してくれているのかもしれない。それともただ単に美玲が目立つせいで、周囲が気を利かせてしまうのか――理由はともかく、ここで断り切れない雰囲気が生まれてしまった。


「え、ちょ、ちょっと待ってください、本当に大丈夫なので……あの、私は並んで……」


 必死に断るが、譲る側が次々と「私はあとでいいよ!」と後ろに回ろうとする。その動きが広がって、列がゴソゴソ入れ替わり始めるから大混乱だ。

 翔がすかさず言う。


「おいおい、だから混ざるなって! 並び直してもらうならちゃんとルール守って――」


「いやでも、美玲ちゃんが困ってるなら……」


「そ、そんな! こんな譲られかたの方が困るよ……」


 俺は完全にオロオロ状態。結月も「みんな優しいのはわかるけど、これじゃあ列が崩れちゃうよー!」と慌てている。あれよあれよという間に、列の先頭と後ろが交錯し始め、学食のカウンター付近で混雑が加速する。


 さらに不運なことに、今日は『月替わりスペシャルカツサンド』が数量限定だった。それを狙う生徒が多かったせいで、ただでさえ競争率が高い。俺が並ぶ列の前方が乱れたことで、「あれ、もう売り切れ?」「先にカウンター行った人が全部持ってっちゃったの?」などと噂が広まり、余計に騒ぎがヒートアップしていく。


「違う! 売り切れじゃないです! ちゃんと残りが……え、残り10個!? マジで?」


 カウンターのメニュー表を見た瞬間、今度はこっちも焦る。あと10個しかないなら、余計に譲られて最前列に行くのは気が引ける。だが、他の生徒も必死だ。結局みんな「どうぞどうぞ!」と押し出し合い、訳の分からない『先に買わせる合戦』が始まる始末。


「おい、やめろって! 落ち着け――」


 翔が声を張り上げるが、一度騒ぎ出した人波はそう簡単には止まらない。俺は、ぐいぐい前へ押し出される形となり、気づけばカウンター前へ一直線だ。


「え、ちょ……押さないで!」


 思わずバランスを崩しそうになった瞬間、横から伸びた腕がふわりと俺の肩を支えてくれた。見上げると翔が少し呆れた表情で立っている。


「ほら、しっかり立て。っていうか、この混乱は何なんだよ……お前が並ぶと何でこうなるんだ?」


「し、知らないよ……私だって、普通に買いたいだけなのに……」


 それでも何とか踏みとどまって、気を取り直す。結月も手伝ってくれながら、「押さないで! 順番に並んで!」と声を上げ、周囲の生徒を落ち着かせようと必死だ。


 ――とはいえ、もう収拾がつかない。残り数個の限定カツサンドをめぐって、さらに「私が先に並んでたはずだ」「いや譲るって言ったのお前だろう」と押し問答があちこちで巻き起こる。なかには「私はパスタにする!」と半ば自棄になってカウンターを後にする者も。


(わ、なんか申し訳ない……)


 前世の俺は、ここまで誰かに気を遣われる経験なんてなかったから、正直どう対応すればいいか分からない。なんとかこの騒動が早く収まって欲しいと祈るばかり。だが、それをあざ笑うかのように、学食にはさらに人が増え始める。続々と生徒が集まってくるのだ。


 このまま放っておくと学食が大パニックに陥りかねない。そこで、翔が強引に声を張り上げる。


「みんな、一回列の並び方を元に戻せって! んで、美玲、お前もさっさと注文してもうここ離れろ!」


「で、でも……」


「買いたいんならさっさと買え。そうすりゃ列の入れ替え合戦は終わるだろ?」


 確かにそうかもしれない。この状況で「譲ってもらった分は遠慮します」なんて言い続けても、余計に話が拗れてしまうだけだ。

 そう判断した俺は、カウンターにぱっと駆け寄り、店員さんに向かって申し訳なさそうに頭を下げる。


「すみません、えっと……カツサンド、残ってたら一つ下さい……」


 店員さんは苦笑いしつつ、「はい、どうぞ。これで残りはあと7つだよ」とカツサンドを手渡してくれる。いつの間にか在庫がさらに減っているらしい。これがまた周囲をざわめかせるが、翔がすかさず「おい、残り7つだってさ! 注文する人は列に並び直せー!」と一喝。結月も「はいはい、押さないでー!」と誘導し始める。二人の連携プレーのおかげで、なんとか皆が冷静さを取り戻し、再び並び始める。


(ご、ごめんなさい……!)


 心の中で何度も頭を下げながら、俺はカツサンドを受け取り、学食の奥へと速やかに退散する。いつの間にか結月と翔もそれぞれ購入を済ませ、無事に合流できた。

 三人でようやく空いたテーブルに腰を下ろす。俺の手には目的のカツサンド。翔は焼きそばパン、結月はおにぎりセットを持っていた。顔を見合わせて一瞬沈黙してしまったのは、さっきまでの騒ぎの疲れからだろう。


「はぁ……。もうめちゃくちゃ疲れたよ……普通に並ぶだけでよかったのに……」


 カツサンドの袋を開ける気力もなく、俺は机に突っ伏す。翔は苦笑交じりに肩をすくめる。


「お前、悪気がないのは分かるけど、マジで不思議な現象だよなぁ。なんで周りが譲り合い合戦になるんだか」


「美玲ちゃんが可愛いからでしょ? みんな、ただ譲りたいんだよ」


 結月が天然なトーンでさらりと言ってのける。言われるたびにこそばゆい気持ちになるが、まぎれもなく原因の一つは美玲の外見なのかもしれない。

 前世では考えられなかったが、今は目を引く美少女という立場。しかもどこか天然だとくれば、こうなるのは必然……なのか?


「でも、せっかく買えたカツサンド、冷める前に食べなよ。美玲ちゃん、さっきから顔が真っ青だよ?」


「う、うん……。いただきます……」


 一口かじると、揚げたてサクサクのカツとソース、キャベツの組み合わせがたまらない。めちゃくちゃ美味しい。でも、落ち着いて味わう余裕はあまりない。周囲からまだチラチラ視線が向けられているのを感じるからだ。「またなんか起こすんじゃないか」って思われてるのか、単純に美少女がカツサンドを食べてる姿に興味があるのか――どちらか分からないが、居心地が微妙に悪い。

 それでも、隣で結月がパクパクおにぎりを食べながら「美玲ちゃん、カツサンドよかったね!」と無邪気に笑ってくれるから、気まずさは少し和らぐ。

 翔も「さっきの列は本当に危なかったな」などと話を振ってくれて、何とか普通のランチトークらしきものが成立していた。


(はぁ……もうちょっと普通に学食ライフを楽しみたいのに……)


 内心ではそう思いつつ、せめてカツサンドは美味しくいただこう。これが美少女の役得なのか、と俺は半分あきれながらも、ほおばるカツサンドの味にしばし幸せを感じるのだった。

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