37.夏の残り香
「……夏休み、終わっちゃったんだな……」
俺は校門前で足を止め、しみじみとそう思った。夏休みも束の間に過ぎ去り、今日から新学期だ。
何だかんだで波瀾万丈の日々だったけれど、普通の学校生活に戻れるというのは嬉しくもある。
「宿題は終わったはずだけど……またトラブル起きたりしないよね?」
心の声が出かかりながら、教室へ向かう。昇降口を抜けて廊下を歩くと、クラスメイトたちがわいわいと再会を喜び合っている光景が見える。あぁ、懐かしい……。
「やっほー、美玲ちゃん!」
結月の元気な声が教室のドアから飛び出してきた。いつも通りの笑顔で手を振ってくれてる。
「はいはい、私も今来たところだよ。夏休みどうだった?」
なんて他愛ない会話を交わしながら席へ。そこで、神崎駿がこちらに近づいてきた。
「やあ、美玲。始業式か……夏休み、色々大変だったんじゃないか?」
彼はクールな笑みを浮かべて俺に声をかける。
「まぁ……トラブル続きではあったかな……?」
俺は苦笑しながら答える。正直、そのトラブルが大きすぎてどう言えばいいかわからないけど。
すると神崎が携帯を取り出し、何かのSNSアプリを開いた画面を見せてくる。
「美玲、すごいよ。もう知ってる? ほら……」
「え、なに? 私、あんまりSNS見ないけど……」
(てか、嫌な予感が……)
画面を覗き込むと、「夏の妖精の活動記録」というタイトルの投稿がバーッと並んでいる。
いかにも怪しげな見出しがずらりとある。
「夏の妖精? なんだそれ……」
俺が首をかしげていると、神崎が少し興奮気味にスクロールしながら解説してくれる。
「ほら、『海の家で一万人規模のライブ!』とか、『水着屋さんでファッションショー!』、『海水浴でイルカと戯れる!』……あと、『イノシシ狩っちゃいました』とか……」
神崎の指が示すその投稿には、衝撃的な写真らしきものや目撃談がまとめられている。
海の家ステージの写真、もしくは水着屋で大騒ぎする謎の美女の目撃レポ。
イルカと戯れる姿の絵、イノシシ事件の証拠写真(?)――どれも俺が体験した記憶と妙にリンクしている。
(こ、これって……俺のことを指してる……?)
タイトルには「夏の妖精ミレイたん」なんて書かれたり、コメント欄では「CGか?」「こんなアイドルがいるの?」という反応が飛び交っている。
「う、嘘……私、こんなに拡散されてるの……?」
俺は全身から汗が吹き出しそうになる。
「ね、これってまさに美玲ちゃんだよね。」
神崎が同情混じりに呟く。
「さ、幸い顔とかはぼかされてるっぽいけど……まさかこんなに話題になってるとは……」
俺は半ば呆れ半分。恥ずかしさが込み上げる。
そこで横にいた結月の様子が妙におかしいことに気づく。
彼女は汗をかきながら、視線をそらすように「あ、あはは……」とぎこちなく笑っている。
(結月、なんでそんな冷や汗……? もしかして何か関係ある……?)
「……結月? どうしたの?」
俺が声をかけると、結月は急に「べ、別に何でもないよ!」と慌てる。神崎も「ん?」と首をかしげる。
(なんだろう、この反応……気になる。)
俺は結月の挙動が引っかかったまま、携帯の画面を再度見つめる。
海の家ライブ、水着ファッションショー、イルカとの戯れ、イノシシ……
「あれ……このイベント全部、一緒に居たのって結月じゃない?」
俺は、神崎から見せられたSNSの「夏の妖精」投稿一覧を再度チェックしながら、ふと疑念が湧いてきた。どれもこれも、結月がいた場面だ。
「わわっ、な、なに? 私、なんにも知らないよ……あははは……」
結月がやたら目をそらして挙動不審。余計怪しい。
「いやいや、どう考えても私の写真が載ってるわけだし、そこに映り込みそうな場所に居たのは結月……。ねぇ、まさか――」
「えへ、ばれちゃった……」
恥ずかしそうに頭を掻きながら、結月が白状する。待て、何が「えへ」だ?
「え、どういうこと? 私の写真をSNSに……?」
俺は思わず声のトーンを抑えながら問い詰める。教室の隅でコソコソ話モードだ。
「だってさ、美玲ちゃんのあまりにも面白――もとい、すごい写真を撮っちゃったからさ……。ついSNSに載せてたら意外とバズっちゃって、何枚かは『グッズ用』に売れて……」
「はぁぁ!? 写真が売れるって何?! そんな時代……?」
「うん、なぜか『夏の妖精ミレイたん』って愛称が広がって、みんながグッズ化とかしたがったりして……。うち、バイト代以上の小遣い稼ぎになっちゃったんだよね、あははー」
(えははー、じゃないよ!!!)
しかし、まさか俺が夏の妖精としてネットに拡散され、写真まで売られているなんて……。一気に頭がクラクラする。
結月は申し訳なさそうな顔しつつ、口元はほころんでいる。
「ご、ごめんね、美玲ちゃん。最初はホント冗談でやってたんだよ? でもバズったらテンション上がっちゃって……売れちゃうし、やめられなくなって……」
「そ、そんなに売れてるの……? 収入は……?」
「まあまあ。おかげで新しいゲームとか買えちゃった♡」
内心、俺は(嬉しそうに言うなぁぁ!)とツッコミを入れたくなるが、結月はあまりにも可愛らしい笑顔を浮かべているもんだからキレづらい。
「……ていうか、夏休み終わったからもう今後はやめてよ?」
俺は困り顔で訴える。 すると結月は「だいじょーぶ!」「夏の妖精は、夏しか活動しないから!」とキッパリ言うではないか。
「待って待って、私は夏以外も普通に生きてるんだけど!?」
焦りを隠せない。どうも結月の中では「夏休み中だけの企画」みたいな感覚らしい。SNSでのネタ投稿が急拡散してしまったが、秋以降は投稿しなくなるってこと?
「そうそう。だからきっと大丈夫だよ。涼しくなったら、誰も追いかけてこないって……たぶん」
「たぶん……? 何そのフワッとした未来予測……」
俺は続けて言う。
「で、とにかく……夏の妖精シリーズは終了するとして、なんか埋め合わせしてよ?」
俺は半分怒り、半分呆れながら、結月を見つめる。
「えっ……埋め合わせって?」
結月はきょとんとしてる。だけど、ここで強く言わなきゃ。
「こんなにプライバシーっていうか、恥ずかしい写真バンバンあげて儲けたんでしょ? 何か奢るとかしてよ?」
「え、う、うん、いいよ! もちろん埋め合わせするし、なんでも言って! ごめんね、美玲ちゃん!」
結月はペコペコと頭を下げる。とりあえず悪気はなかったらしい。まぁ、可愛いので許すしかない……かなぁ。
――――
しかし、SNSはネットの海をさまよう永久保存庫と言われる。いつどこで再燃するとも限らないし、俺が身バレするリスクは拭えない。
そこで、翌日から俺は髪を染め(少し暗めに色を変え)、さらに大きなサングラスを装着して登校することに。
「おはよう……って誰?」
クラスメイトたちが唖然とする中、俺はうろたえ気味に「私、今イメチェン中なんです……」なんて誤魔化す。
本来こんな大袈裟なことしたくないんだけど、夏の妖精と身バレしないためには仕方ない。
(頼むよ……もう二度とこの変な企画が再燃しませんように……)
そう祈りつつ、俺はサングラス越しに結月をチラ見する。彼女は苦笑いで頭を掻きながらウィンクして、「ありがと、許してね?」と言いたげだ。
まだまだ波乱は終わらないかもしれないが、とりあえずこの『夏の妖精騒動』は一旦の幕を下ろした……はず、だと思いたい。




