32.川遊び……漁?猟?
西園寺麗華の『料理の鉄人』ディナーを堪能した後、別荘での夜を満喫した俺たちは、今日は川遊びに行くことに決めていた。目指すのは別荘のすぐ近くにある清流の沢。話によれば、そこは冷たく澄んだ水が流れていて夏にピッタリだとか。
「ねえ、美玲ちゃん、早く行こ行こ!」
結月がリュックを背負いながら楽しそうに声を掛ける。
俺はスニーカーを履きながら、「私も準備できたし……今行くよー!」と返す。
結月と俺、そして翔と西園寺麗華の4人で別荘を出発。山道を少し歩けば、すぐに涼やかな沢の音が聞こえてくる。
小さな滝や浅い淵が点在していて、冷たい水を触るだけで気持ちいい。
「うわ~、めっちゃ綺麗じゃん!」
翔が驚嘆の声を上げると、結月も「ほんとだね~! 川の水が透き通ってる!」と笑顔。
「私の家の別荘周辺は良質な水源があって……」
西園寺がドヤ顔をしようとするが、あまり誰も話を聞かずに「すごーい!」と勝手に盛り上がっている。
「ちょ、ちょっと……誰か私の話を……」
若干不満そうな西園寺の声は気にせず、翔と結月は水辺に近づいてバシャバシャと足を浸している。俺も遅れを取らぬように靴を脱いで足を入れると、すーっと冷たさが染みわたった。
「ねえ西園寺さん、せっかく来たんだから、もっとラフに遊びなよ!」
結月が手招きすると、西園寺は「別にいいわよ……」と照れ隠しのようにそっぽを向く。
「硬いなあ。もしかして川遊びって初めて?」
翔がニヤニヤ顔で尋ねると、西園寺は憮然とした表情で、
「い、いいえ、昔、家族と来たことあるし……でも、こんな無防備に水に入るとか、服が濡れるじゃないの……」
とは言いつつも、彼女も少しずつ慣れてきたのか、岩場に腰をおろしたりして、なんだかんだでリラックスしている。結月が水をかけたりして「きゃっ!」と悲鳴を上げさせるなど、いつになく新鮮な光景だ。
俺もくすくす笑いながら、平和な時間を噛み締めていた――このまま何事もなく終わればいいが……。
しばらくして、結月と俺は浅瀬を行ったり来たりして水の冷たさを楽しんでいた。そのとき――
ビチビチッと妙な跳ねる音がして、俺の足元に川魚が一匹、飛び跳ねるように突進してきた。
「わ、魚……!? うわっ!」
驚いて声を上げる間もなく、その魚は俺のズボンの裾やポケットにバタバタと突っ込もうとしている感じ。
「きゃああっ、なんで!?」
結月がさらに指差す先を見れば、もう一匹、二匹、三匹……気づけば俺の周囲に魚が乱入してくるではないか。
(え、なにこれ……海のイルカの次は川魚か……!)
確かに浅瀬に魚がいることは珍しくないが、どうしてこんなに俺に向かって飛び込んでくるのか意味不明だ。慌てふためきながら掴もうとするが、次から次へと俺のポケットや服の内側にヒレや尻尾がぶつかってきてパニック。
「ぎゃああ、ちょ、やめて、服の中に入らないでえぇぇ……!」
結月がサポートしようと寄ってくるが、魚たちの動きは素早く、あっという間に俺の胸元やポケットにバタバタと入り込み、捕獲されてしまう形に。もう逃げ場がないのか、魚が自分から飛び込んでくる。
「美玲ちゃん、大丈夫!? すごい数だよ!」
「俺も助け――ってうわっ、すげぇ……」
翔が岩場から駆け寄ってくるが、すでに俺の服の中やポケットに何匹か突っ込んでいて、見た目にも明らかに魚が飛び出している。
「ひぃぃ……こ、怖い……なんかぬるぬるしてる……!」
パニックな俺が悲鳴を上げたときには、結果として『大量の川魚をゲットする』という謎の事態に。結月も「嘘でしょ……なんでこんなに?」と目を丸くしている。
その後、何とか魚を回収して、水が溜まったバケツやクーラーBOX代わりのケースに移すと、20匹近い川魚がぴちぴち跳ねている。
「……なにこれ、また漁しちゃった感じじゃん」
翔が乾いた笑いを浮かべて言う。結月も腕を組みながら苦笑まじりに、
「すごいね、美玲ちゃん……エサ要らずで魚が勝手に寄ってくるなんて……!」
「イルカに続いて魚を呼ぶとは……ビーストテイマーというか、水族魅了系……?」
若干引き気味の翔と結月を見て、俺は項垂れる。
「もういいよ……どうして私ばっかり……。晩ごはんの材料には困らないかもしれないけどさ……」
西園寺は少し離れた岩の上から呆れて「またか……」という顔。
突然の魚騒動に、俺は「普通に川遊びをしたかったのに」と涙目になりながら深くため息をつく。
こうして、「川魚が飛び込んでくる」という奇妙なハプニングを経て、俺たちの川遊びは大盛り上がり(?)で幕を下ろした。
釣りなんてするつもりはなかったのに、大漁成果を得てしまうとは何とも不可解だが、これが俺――迷惑系美少女(?)の宿命かもしれない。
結局、大量の川魚をクーラーBOXに収め、「夕飯の材料にしよう!」と盛り上がる結月と翔。
「はぁ……疲れたね。川遊びだけなら楽しかったのに、また変なのに巻き込まれちゃった……」
――――
地図アプリで帰路を確認しながら、鬱蒼とした山道を進む。遠くから鳥の囀りが聞こえ、森のひんやりした空気が気持ちいい。
ところが――突然、茂みからガサガサという大きな音がして、1頭のイノシシが姿を現した。
「う、イノシシ……? こんなところに……!」
翔が一歩身を引く。結月は「わわっ、怖い……」と小声で怯える。俺も体がこわばる。
現れたイノシシは、こちらを凝視するように立ち止まっていたが、突然「ブヒィッ!」と唸りをあげ、こちら目掛けて突進を始めたのだ。
「あ、あ、ああっ……!」
突進の先にいるのは、なぜか俺――またか!という感じだが、現実問題としてイノシシがこちらに猛スピードで迫っている。
結月も「美玲ちゃん、危ない!」と叫んで駆け寄ろうとするが、時間的に間に合わないかもしれない。俺は足がすくんで動けない。
(やばい……どこに逃げれば……!)
恐怖で息が詰まりかけた瞬間、イノシシが岩場に足を滑らせた。勢いあまってバランスを崩し、俺から大きく逸れた方向へ。
「ズザッ」と岩を滑った拍子に、イノシシは横へ流れるように進み、そのままガツンと太い木に激突。
大きな音がして、そのままイノシシは倒れ込み、微動だにしなくなった。
「うわっ……!」
結月は思わず目を覆い、翔も「あ、あれ……もしかして……気絶した?」と呆然。
俺はへたり込む形で息をつきながら、胸の鼓動がドクンドクン鳴っている。危うく突かれるところだった。
「えっと……もう大丈夫……? 」
西園寺も近づいて確認しようとするが、「い、いや、下手に触らないほうが……」と結月が制する。とりあえず、イノシシはしばらく動かないから大丈夫そうだ。
どうやら結果的に俺に突進してきたイノシシが岩で滑って自爆し、倒れてしまった形。しかし、周囲からすれば「美玲がまた獲物を仕留めた」みたいに見えるのかもしれない。
「お前さ、やっぱりヤベぇよ。魚の次はイノシシまで狩っちゃうとか……」
「狩ってないよ! 私は逃げようとしただけで……勝手にあっちが転んだんだって……」
怒り混じりに反論しつつ、俺もどっと疲れが押し寄せてくる。
「本当に……美玲ちゃん、ドラマチックすぎ……イルカにイノシシに、何でも来るんだね」
結月も苦笑する。
西園寺も「どうしてあなたはいつも……まったく」と呆れながらも、どこか可笑しそうに肩をすくめる。
「ちょ、ちょっと……私こそ驚いたよ。なんでこんなのに狙われるのさ……」
――――
西園寺がスマホで連絡を取ると、ほどなくして軽トラックを走らせた地元の猟友会の人がやって来た。
「こんなところでイノシシか……危なかったね。若い子が大怪我しなくてよかったよ」と驚きつつも手際よく対処してくれる。
「西園寺さんが別荘に来てるって聞いてたけど、久しぶりだね」などと世間話も挟まるが、とにかくイノシシは意識不明のまま回収され、安全が確保された。
あまりにもバタバタした騒動に、結月と翔は口をそろえて「美玲ちゃん、一体……」と半笑い気味に見る。
(いやもう、勘弁してよ……)
動物が俺の前に現れ、勝手に大騒ぎする。まるで動物の姫にでもなった気分であった。




