30.天然ドルフィン娘
「わあ、やっぱ海っていいね!」
ビーチに着いた瞬間、結月がタオルを広げながら歓声を上げる。俺は新品のフリル付き水着を着たまま、ちょっと恥ずかしく感じている。
「ふふ、見て見て、美玲ちゃんの水着めっちゃ似合う!」
「え、えっと……私、こういうの初めてだから変じゃないかな……?」
前世が男性だったからこそ、水着姿には慣れていない。鏡で何度かチェックしてみたが、いざビーチに出るとやっぱりソワソワしてしまう。
少し離れたところで荷物を置いていた翔が、ニヤニヤ顔で近づいてくる。
「へぇ、女の子の水着っていいもんだな。眼福だわ~」
その言葉に、結月が「ちょ、スケベ! じろじろ見ないでよ!」と軽く突っ込みを入れる。
「いや、別に見ちゃダメとか言われても……。ま、せっかく海に来たなら楽しもうぜ」
翔は肩をすくめながら笑う。俺は顔を赤くしつつムッとした表情をするが、そこまで嫌なわけでもない。不思議な気分だ。
ライフセーバーのエリア内で、安全に遊べるビーチ。結月が「泳ごう!」と先頭を切り、俺と翔も続いて波へ入る。
少し冷たいけれど、真夏の太陽を浴びているから心地いい。腕を伸ばしてバシャバシャと遊び始めると、だんだん楽しくなってきた。
「やっぱ夏は海だな~」
「うんうん、何だかんだ言って最高だよね~」
翔は水をかけてきたり、結月は浮き輪でぷかぷかしていたり、3人とも久々に『普通の夏』を堪能できる……そんな空気が漂っていた。
ところが、ある程度沖へ出たころ、不意に1匹のイルカがスッと水面を上げて姿を現した。
「え、イルカ……?」と驚く3人。普通、海水浴場ではそこまで近くに野生のイルカなんて来ないはずなのに……なぜか、そのイルカが俺の身体にぴったり寄り添ってくる。
「えっ、かわいい……! でも、そんなことある……?」
結月は目を輝かせ、「イルカ、めっちゃかわいいね!」と大興奮。翔も目を丸くして「なんで美玲にだけ……? イルカって人懐っこいのか?」と首をかしげている。
(なんでこんなところにいるんだ……? でも、まぁ可愛いな……)
少し警戒しながらも、イルカは優しく俺にすり寄ってくるように見える。思わず顔がほころんでしまう。
「ねえ、美玲ちゃん、もう1匹来てるよ!」
結月の声で振り向けば、さっきのイルカのほかに2匹目、そして3匹目……水面から次々と灰色の背びれが現れる。
「ちょ、ちょっと……多くない?」
数を数えているうちに最終的には10匹ほどの群れになって、俺の周囲を囲んでしまった。
可愛いけれど、さすがにここまで群がられると怖い。結月も「わわっ、すごい数……!」と後ずさる。翔はあまりにも異様な光景に声を失っている。
(な、なんでイルカがこんなに寄ってくるんだ……)
「ね、ねえ、こっち戻ろう?」という結月や翔の呼びかけもむなしく、イルカたちが俺の身体を押すように移動させていく。
「やめて! どこへ連れてくの!?」と叫んでも、イルカは遊んでいるかのようにじゃれながら沖へ向かって泳ぐ。
「美玲ー! 帰ってこいー!」
翔が必死に叫ぶけれど、イルカの群れの推進力は凄まじく、俺はあっという間に沖合へ引っ張られていく。見渡すと、ビーチが遠ざかり始めるのが分かる。
(や、やばい……ちょ、ちょっと、イルカってこんな強引なの……? どうしよう……)
不思議と敵意は感じないが、このまま沖へ連れて行かれたら溺れるかもしれない。恐怖がこみ上げ、俺は大声で助けを求めるのだった――
――――
(……イルカってこんなに力あるんだ……)
――内心そんな風に思いながら、俺はイルカたちにぐいぐい沖へと引っ張られていた。いつの間にかビーチは遥か後方、遠くに霞んで見える程度。背を押されたり、身体を優しく支えられるようにして、海面を滑るように進んでいく。
その奇妙な『ドルフィン・タクシー』に、最初は怖さも感じたが、不思議と攻撃的な気配はない。彼らはまるで友達を海散歩に連れていくかのように、俺を真ん中に囲んで楽しげに鳴いている。
やがて、群れのリーダーっぽいイルカが海中へ潜ったかと思うと、ブシュッと音を立てて口先に魚をくわえて浮上。そこに続くように、他のイルカも次々魚を咥えて戻ってきた。
そして、彼らは口にしていた魚を俺の方へ放り投げてくるではないか。
「うわっ、何これ……生きてる魚……!」
バシャバシャと海面で跳ねる魚が、俺の手元やら腕にバタバタとぶつかってくる。思わず顔をしかめながら、必死に受け止めるしかない。
(し、しんどい……え、食料のつもり? イルカ的には「ほら食えよ」ってこと? そうじゃなくて、陸に帰してほしいんだけど……)
つい内心で悲鳴を上げるが、イルカたちはご満悦の様子で「キュルル」という鳴き声をあげている。魚をごちそうとしてプレゼントしてくれているみたい。ありがたいけど困る……。
やたらと魚を押し付けられて途方に暮れていると、一匹のイルカが俺の足下に潜り込むようにしてきた。背びれにつかまるよう促される形で、背に乗れという合図らしい。
言われるまでもなく、ここで溺れるわけにはいかない。恐る恐る背びれに手を掛けると、イルカはゆっくりと泳ぎ始める。
「や、やっと陸に向かうのかな……? ありがとう。私、もう十分楽しんだから……!」
海の上ではしゃべってもイルカが理解してくれるかは謎だけれど、そう呟かずにはいられない。
まるで意思が通じたかのように、イルカの群れは再びビーチ方向へ向けて移動を開始する。俺が抱えた魚はビチビチ跳ねて重いが、泳いでるうちになんとか落とさずに抱きかかえられている。
――――
一方、ビーチでは結月と翔がライフセーバーさんに懸命に説明していた。
「イルカが美玲を連れ去って……」「一匹じゃなくて十匹くらいが囲んで……!」
だが、ライフセーバーは苦笑いを浮かべて「そんなわけないだろ……ここはイルカが出るほど深くもないし、野生イルカが近づくなんて稀だよ」と一蹴している様子。
「ほんとなんですよ! だから早く捜索を……」
「はいはい、君たちも落ち着いて……」
そこへ、遠くの海面からイルカの背に乗った俺が見えてきた。しかも、大量の魚を胸に抱えたままで。
その光景を目にしたライフセーバーは目を疑うかのように「あれは……嘘……!?」と驚愕の表情を浮かべる。
波打ち際までイルカが近づくと、俺は砂浜へそっと降ろされる形で無事に帰還。腕いっぱいに跳ね回る魚。もう何が何やらという感じだ。
結月は駆け寄ってきて、安堵と驚きが入り混じった声を上げる。
「み、美玲ちゃん……! よかった、無事だったんだね! てか、その魚なに!? まさか漁にでも行ってきたの……?」
「い、いや……イルカが勝手に押し付けてきたんだよ……私も困ってるんだけど……」
翔もびっくり顔で「すげぇな、まさかビーストテイマーでもやってんのか? なんだかんだ言って漁までしてきたってわけ?」と半分呆れ混じり。
「竜宮城にでも行ってきたんじゃ……?」
結月が冗談めかして口を挟む。たしかに、こんな不可思議体験、浦島太郎レベルだろう。
ライフセーバーは砂浜を何も言えずに呆然と見つめている。周囲の海水客もその光景に気づき、「すげー……イルカが人間運んでる……」とざわめき始めるが、イルカたちはすでに沖へ向かって去っていった後だ。
抱えきれないほどの魚に、俺は困惑しながら、「こ、こんなのどうすればいいんだ……」と結月や翔と目を合わせる。
とりあえず、ライフセーバーも「と、とにかく君たち、大丈夫ならよかった……」としか言いようがないようで、頭を抱える形だ。
俺はへとへとになりながら「お騒がせしてすみません」と頭を下げる。泳ぎに来ただけのはずが、まさかイルカタクシーに乗って沖へ行くハメになるとは思ってもみなかった。
「うん、もう……とにかく無事でよかったわ、美玲ちゃん。魚どうする……? 食べられるやつだよね?」
「私もどうしようかと思ってる…… みんな、持って帰る……?」
――結局、なんとなく捨てるに忍びなく。結月と翔にも、持てるだけ持って帰ってもらうことになった。
私も持って帰ったが、母親から「あれ、海水浴じゃなくて、釣りにに行ったの??」と驚かれた。当然の反応だ。
「イルカからもらって……」なんて言っても絶対信じてもらえないので、曖昧な笑顔でお茶を濁すのだった。




