26.夏休みがはじまる!
「はぁ……暑いなぁ……」
――今日は終業式だ。長かった1学期がついに終わり、明日からは待ちに待った夏休みが始まる。
「えー、これにて1学期の終業式を終了します。皆さん、事故やトラブルに気をつけて、良い夏休みを……」
校長先生の締めの言葉が響き、体育館中に拍手が起こる。
同時に、生徒たちの間から「やったー!」「夏休みだー!」と歓声が上がった。俺もいそいそと椅子から立ち上がり、クラスメイトの元へ駆け寄る。
「やっと終わった……長かったね」
思わず独り言のように呟くと、隣にいた日野結月が満面の笑みで振り向く。
「ね、ね、美玲ちゃん! これから夏休みだよ! 楽しい計画いっぱい立てようよ!」
「た、楽しみだね……」
暑くて、すこし返事も適当になる。楽しい計画とやらにすぐさま巻き込まれそうな予感がするが、結月のキラキラした笑顔を見るとこちらもつい頬が緩む。
校舎に戻ってホームルームを終えた後、クラスメイトたちは一気に解放感に包まれた様子でワイワイと話し始める。
結月がこちらに飛びつくように寄ってきて、テンションMAXで挙げ連ねた。
「美玲ちゃん! 夏といえば、海でしょ? バーベキューでしょ? スイカ割りして、花火もして……そして肝試しのリベンジも……!」
「え、ちょ、肝試し……? さ、さすがにもう勘弁かな……私、この前ひどい目にあったばかりなんだよ……」
先日の廃校舎事件を思い出し、俺は内心で少し戦慄する。
だが、結月は「え~」と唇を尖らせる。
「でも夏の夜はやっぱり怖い話だよ! 絶対もっと楽しいスポット探して――」
「絶対嫌! もうしばらくホラーはいいよ……」
思わず俺は首を横に振る。結月は食い下がりそうな雰囲気だったが、俺が必死に首を振ったのを見て、最終的には苦笑混じりに「じゃあ、また考えとく!」と笑った。
「でも……いろいろ楽しみたいのは同感。海もスイカ割りも、夏休みって感じだよね」
そう言うと、結月は「そうそう! 気合い入れていこうよ!」と再び瞳を輝かせた。
廊下でバタバタと荷物をまとめている佐々木翔を見つけ、声をかける。
翔は外の猛暑を警戒するかのように、顔をしかめていたが、俺たちの姿を見ると面倒くさそうに笑いを浮かべる。
「ん? ああ、オレは夏休み最初に家族旅行があるけど、あとは適当にバイトとかするかもな。暇な日あれば誘ってくれよ、全然付き合うぜ」
「え、じゃあ一緒に海とか行く? BBQなんかもいいよね」
結月が提案すると、翔は「んー、まぁ悪くないな。金もないし誰かが用意してくれるなら……」と、やる気があるのかないのか分からない返答。
でも、一緒に遊ぶ気はありそうだ。
「ほら、美玲、お前も変な騒ぎ起こさない程度に楽しめよ。夏休みだしな」
そうニヤリと笑われ、俺はむっとしながらも「うるさい……ちゃんと普通に夏を楽しみたいんだよ」と返す。翔はクスクス笑って「じゃあな」と言いながら、鞄を肩に掛けた。
一方、廊下の端で淡々とノートをチェックしている西園寺麗華の姿を見つけ、結月が声を掛ける。
「西園寺さんは夏休みどうするの? どこか行く?」
「私? 別に……家族で別荘に行く予定があるだけよ。あとは読書でもして、ゆったり過ごすつもり」
なんともお嬢様然とした回答。結月は「わ、別荘……すごいね!」と目を丸くするが、西園寺は「普通よ」とプライド高そうに首を振る。
「まあ、機会があれば遊んであげてもいいけど……あんまり騒がしい場所は好みじゃないのよ」
そう言い残しながらも、「またね」と軽く手を振って去っていく。何だかんだ言いつつ、前よりは柔らかい表情で別れを告げるのが、ちょっと微笑ましい。
クラスメイトたちも続々と教室を後にし、廊下は夏休み直前の浮かれムード一色だ。「海に行くんだー」「旅行!」「ゲーム三昧で過ごす!」と、それぞれの声が飛び交う。
俺も、下駄箱へ向かいながら、思わず期待に胸をふくらませる。
(せっかくだし、夏をめいっぱい満喫しないとね……。今年こそは、普通に楽しいイベントを……)
ほんの少し不安なのは、いつものように何かトラブルや事件が起きそうな気配が常にあること。肝試しやら神輿騒ぎやら、ろくでもない経験を思い返すと心臓が痛む。
それでも、今の俺は前よりも気持ちが前向きだ。
(できれば、何事もなく普通に楽しみたい……。だけど、ま、起きたら起きたで仕方ないかな……)
そんな半ば諦観まじりの決意を胸に、俺は昇降口を出て青空を仰ぐ。いよいよ始まる夏休み。何かトラブルもあるだろう。
でも、それも含めて楽しみだ。もしトラブルが起きたら起きたで、今度こそ上手く切り抜けてみせる……そんな漠然とした決意が湧いてきて、思わず笑みがこぼれた。
終業式が終わったばかりの校舎は、あっという間に生徒たちが姿を消し、静まり返り始めている。暑い夏の日差しが降り注ぐ中、俺は「夏休み、思いっきり楽しむぞ!」と心の中で宣言する。
……ただし、「どうかトラブルなく無事に」と願わずにはいられない。それがいつもの宿命なのかもしれないけれど、夏休みは少しくらい普通でもいいはずだと信じて。




