23.打ち上げ花火の眺め方
「うぎゃあああぁぁ……! 降ろしてええええ!」
夜の祭り会場を突き抜ける自分の絶叫が、耳をつんざくように響く。揺れる神輿の上で、必死に手すりを掴みながら、俺は泣きそうになっていた。
そもそも、あれだけ壮絶な道のりを乗り越えて「神の意志に打ち勝った」などと浮かれていたのに、まさか最終的に神輿に乗せられてしまうとは……。
(これも『神の意志』なのか!? 『神の意志』に勝ったなんて言ったから、意趣返しなのか……?)
勢いよく揺さぶられるたびに浴衣がほどけそうになるし、足元はゆらゆら。担ぎ手たちの掛け声の「わっしょい、わっしょい!」が妙に遠く感じて、ただひたすら恐怖との闘いだ。
下を走る結月の姿が時折見えるが、完全に振り回されていて助ける余裕はなさそうだ。
そうこうするうち、神輿の隊列が大きく方向転換して、いったん休憩ポイントのような場所で止まった。担ぎ手のリーダーらしき人が、「お疲れさーん!」と声をかける。
俺はへとへとになりながら、なんとか下ろしてもらった。何とか命拾いした……。
「うわぁ、美玲ちゃん、もう大丈夫? 顔が真っ青だよ……」
結月が駆け寄ってきて、心配そうに肩を支えてくれる。
正直、足が震えて立っていられない。必死に深呼吸していると、後ろから誰かの手が肩を叩いてきた。
「おい、お前。花火師の弟子なんだろ? 早く来い、時間がないんだ!」
え、は、花火師? 弟子……?
思わず振り返れば、作業服を着た初老の男性が、険しい表情で俺を見つめている。そのまま腕を引っ張られてずるずると歩かされる形に。
「ちょ、ちょっと待って! 私は違うんです!」
声を上げても聞いてくれない。周りのスタッフらしき人たちも「ああ、あんたが新人か?」「浴衣なんて着て、やる気あるのか!」と囃し立てる始末。
(ちょっと、浴衣見ればわかるだろ! 観客側なんですけど!)
俺は内心でそう叫びながらも、止める余地がなく連行されてしまう。結月も驚きつつ懸命についてきてくれるが、スタッフたちが早足なので追いつくのがやっと。
いつの間にか花火の打ち上げスペースの近くまで到着し、周囲には火薬っぽい箱や筒が並んでいる。打ち上げ用の機材がずらりと並ぶ光景に圧倒されていると、急にヘルメットを被せられ、ゴーグルまで渡される。
「新人ならちゃんと装備しろ! 防備が甘いと大ケガするぞ!」
いや、浴衣にヘルメットって、明らかにおかしいだろ! 弟子と間違われるにしても限度がある……!
あれよあれよという間に、俺は見知らぬスタッフとして火薬箱のそばに連れていかれそうになる。慌てて「結月、助けて!」と目で訴えるが、彼女自身も状況が呑み込めていないらしくオロオロしている。
夜の空に響き渡る『ドォン!』という爆音。花火が打ち上げられた合図らしい。
すぐ近くで火花が散り、みんなが慌ただしく作業をしている。大迫力すぎて全身が震える。こんな場所にいたら怖いに決まっているのに、誰も話を聞いてくれない。
(なんでだよ……観客側だって言ってるのに……!)
爆風で髪が揺れ、ゴーグル越しに見える夜空には大きな花火が咲いているのがかろうじて分かる。
花火を楽しく見られる距離ではなく、こっちは内心ビビりまくりだ。隣にいる結月も思わずしゃがみ込み、「きゃあ……これヤバいね、美玲ちゃん……!」と半泣きだ。
(……来年こそは、ちゃんと正面から花火が見たい。絶対にこんな目に遭いたくない……!)
いつの間にか爆音の合間を縫って、結月が耳元で囁いてくる。
「美玲ちゃん……こんなことってある……? 花火、そりゃ迫力あるけど、完全にスタッフ扱いだし……」
「そ、そうだよ……こんなの聞いてない……。来年は……ぜ、絶対に……普通に座って……私たち……花火を観られればいいね……」
「うん、そうだね。絶対、来年こそ……」
爆発音と火花の下、背中を丸めながら互いに震え上がっている。
目の前では美しい花火がどんどん上がり、夜空を彩っている――多分、正面の観客席からなら最高の眺めだろうに。
騒ぎが一段落したところで、他のスタッフが「あれ、誰だ? あの娘たち」とヒソヒソ言い合い始める。すると、責任者らしき花火師のおっさんが、面倒くさそうにこちらへ振り向いた。
「なあ、あんたら……ところで何者だ? うちの新人なら紹介されてるはずだが……」
(聞くの遅すぎるだろぉっ!!)
心の中でツッコミを入れつつ、俺はゴーグルとヘルメットを外し、頑張って笑顔を作った。
「い、いえ、あの……私たちは、ただのお客さんなんです……。勝手に連れてこられちゃって……」
花火師のおっさんは目を丸くし、「おいおい、なんでこんな浴衣姿の客がここにいるんだよ……」と周囲に問い詰める。スタッフも「えっ? 弟子じゃないの?」「あれ、誰かが呼んだと思って……」と口々に弁解。
どうやら完全にコミュニケーションミスで、俺たちが混入した形らしい。もっと早く気づいてくれよ……。
花火師たちに平謝りされ、何とか安全な観客エリアへ戻される。夜空に舞う大輪の花火は、すでにクライマックスを迎えつつある時間帯だった。
へとへとになった俺と結月は、姿勢を整え直してからやっと空を見上げる。爆音から少し距離を置いて眺める花火は、さっきまでとは比べものにならないほど綺麗で、少しだけ救われる気分だ。
「はぁ……とんでもない祭りだったけど、やっぱり花火はきれいだね……」
「美玲ちゃん……本当、お疲れ。私、まだ心臓がドキドキいってるよ……」
来年こそは、落ち着いて最初から最後まで花火を楽しみたい。
それはささやかな願いに見えて、俺にとっては大きな目標だ。事あるごとにトラブルに巻き込まれるし。
空には巨大な花火がドンと鳴り、夜の祭りの最後を彩る。
俺は浴衣を整えながら、心の中でそっとつぶやくーー
(来年こそ……ちゃんと花火を眺められますように……)




