21.夏祭りへの試練
待ち合わせは夕方5時、駅前の噴水。
「さすがに浴衣で移動すると慣れないし、トラブルに巻き込まれたら大変だから、早めに出よう」――そう思った俺は、午後3時半には家を出発した。
帯もきつく結んだし、草履だって何とか歩ける。まだ時間はたっぷりある。これで大丈夫……と、胸を撫で下ろしていたはずなのに――。
家から程なく歩いたところで、海外の観光客らしい二人組のおじさんに呼び止められた。
「スミマセーン、○○タワー、ドッチデスカ?」
英語なのか片言の日本語なのか、よく分からないが、とにかく道を聞いているらしい。
俺は英語があまり得意じゃないものの、試験でそこそこ勉強した(はず)だから、なんとか地図アプリを使って伝えようとする。浴衣姿で翻訳アプリと格闘しながら説明する光景は、傍から見ればシュールかもしれない。
「こちらの大通りをまっすぐ行って……そうそう……右折、エーン、ライトターン、プリーズ……」
10分ほど費やして、ようやく納得してもらった。おじさんは大きくお礼をして去っていく。
「まぁ、まだ大丈夫……今4時前だし、30分も使ってない……」
多少焦りがあるが、余裕を見て家を出て良かったと思いながら、再び足を進める。
駅に近づく商店街のあたりで、「おかあさーん、どこー……」という小さな声を耳にした。見ると、5歳くらいの子どもがひとりで半泣きになっている。放っておけるわけがない。俺は慌てて声を掛けた。
「どうしたの? ママはどこかな……」
「おかあさんいないよぁ……」
泣きそうになっている子をなだめながら、通りがかった交番に連れていく。そこにはちょうど警官がいて、親御さんに連絡を取ってくれるらしい。
子どもが「ありがとう……」と小さく呟いて手を振ってくるのを見て、なんとも言えない達成感を感じるが、同時に時計を見るともう4時過ぎ。
「や、やばい……! ちょっと走ろう!」
浴衣でダッシュするのは危険だが、少しでも急がないとギリギリになりそう。俺は半ば小走りで待ち合わせ場所を目指す。
しかし、そう上手くいかないのが世の常。
商店街を抜け、大きな交差点の手前まで来た時、ドン! という衝撃音が聞こえてきた。少し歩くと、普通車とタクシーが軽く接触してしまったらしく、二人の運転手が路上で口論している。
「お前が信号無視したんだろうが!」
「そっちこそ右折レーンからはみ出してただろ!」
すでに道の片側がふさがり、他の車もクラクションを鳴らしまくりで混沌状態。浴衣姿の俺は「関わりたくないな……」と思いつつも、通行人が驚いて足を止め、誰もどうにもできない雰囲気で困り果てている。
(なんでだよ! お祭り行くんだってのに……!)
心の中で叫びつつ、放っておくと大渋滞になりそうだし、お互い危ないので仕方なく割って入る。
「ちょ、ちょっと落ち着いてください! どっちが悪いかは警察呼んで決めてもらえばいいから、まずは車どかさないと、後ろの車が……!」
浴衣姿の女子が声を張り上げる形で、必死に仲裁する。運転手たちも「なんだお前……」と言いながらも、思い切りケンカ腰だったのが少し和らぐ。
交差点には警察が到着し、なんとか事態は収束。運転手同士も「わ、悪かったな……」とそこそこ冷静に。俺は肩を撫で下ろし、「なんでこんな目に……」と涙目で時刻を確認。4時半を回っている。
帯を直しながら、汗を拭って急ぎ足。
「なんとしてもお祭りに行かせまいっていう神の意志でもあるのか?」 そう思うほどに意外なトラブルが連続している。だが、ここまで来たら引き返せるわけがない。「ぜったい行ってやる!」 と内心覚悟を決め、再び走り出す。
ところがさらに、曲がり角を越えた先の歩道橋で、サラリーマン風の男が欄干に手をかけて今にも飛び降りそうな体勢になっている光景に遭遇する。
「いやいや、ふ、ふざけんな……なんでこんなところで……!」
浴衣で走り回って汗だくの俺は、とうとうキレ気味。
見ると、そのサラリーマンは疲れ果てた顔で「もう……やっていけない……」などと呟いている。放っておけるわけがない。
「ちょっと待って! 何があったか分からないけど、こんなことで自分を犠牲にしたらダメだよ!」
思わず腕をつかみ、力いっぱい引き剥がす。サラリーマンも驚いたのか、へなへなとしゃがみ込む形に。
必死になだめながら、「さ、さっき近くに交番があったから……まずそこに行きましょう」と提案。サラリーマンは涙を流しながら、無抵抗でついてきてくれた。
「ありがとう……ごめん、迷惑かけて……」
「い、いや……もう……大丈夫ですから……」
こんなイレギュラーすぎる人助けをするのは人生初だ。急いで交番に連れて行き、警官に任せたときには、俺の頭はクラクラするのだった。
そしてついに、駅前の噴水へ到着。
時計の針は5時少し前。ギリギリでセーフ……どうにか間に合ったけれど、息が切れて吐きそうになっている。
「はぁ……はぁ……っ……!」
結月は既に待っていたらしく、心配そうに駆け寄ってきた。
「美玲ちゃん!? 大丈夫? めっちゃ汗だくじゃん! どうしたの、いったい……!? さっき連絡しても繋がらなくて……」
俺は体を折り曲げてゼェゼェ言いながら、大まかな事情を伝える。旅行者に道を聞かれ、迷子の子供を助け、接触事故を仲裁し、さらにはサラリーマンの自殺未遂まで止めてきたこと。
結月は「えぇっ!?」と驚愕し、しばし呆然。
「そんなにいろいろ起こるなんて……や、やっぱり美玲ちゃん凄い……いや、大変だったね……」
どうにか呼吸を整えながら、俺は内心で「勝ったぞ……!」とガッツポーズを取る。
何に勝ったのか分からないが、とにかくこの試練を乗り越えて夏祭りに来れたんだ! 神の意志がどうであれ、俺の意志のほうが上だったのだ!
しかし同時に、走りすぎて帯が緩みそうだし、頭がぐるぐるして吐きそうになる。結月があわててハンカチを差し出してくれて、一緒にベンチに腰を下ろした。
「ほんとお疲れ……浴衣でここまで走るなんて、訓練か何か……?」
「も、もう歩くので精一杯……。でも、やっと着いた……夏祭りに行ける……」
苦笑いしながらも、すでに周囲の空気はお祭りムード。遠くから太鼓の音や活気ある人混みのざわめきが聞こえてくる。息が整ってきたところで、結月は俺の手をそっと握り、にっこり笑った。
「じゃあ、早速行こっか。せっかく間に合ったんだもん。いっぱい楽しもう!」
こうして、数々の神の試練を乗り越えた末、俺と結月は無事に夏祭りへと向かうことができた。
まるで「今日は絶対行かせない!」と誰かが邪魔しているかのような出来事だったが、最後はぎりぎりのタイミングで勝利。
「ふふ、勝ったぞ……この試練に。お祭り、楽しんでやるんだから!」
大きく息をついて、結月とともに雑踏のなかへ歩き出したのだった。




