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2.初登校とクラスメイトの視線

 朝食を終えて家を出ようとした時、ふとテーブルの上に置かれていた学生証が目に留まった。昨日から何もかもが未知数だったが、そういえば自分が「誰なのか」すら正確に把握していない。慌てて手に取ってみると、そこにははっきりと『藤堂 美玲』と記されていた。


「やっぱり『美玲』……こう書くのか」


 前世の書類ばかり見てきたせいか、改めて自分の名前を眺めると不思議な感覚に襲われる。しかも女子高生。もう戸惑うしかない。

 朝の家族との会話などから推察すると、どうやらここは家族三人暮らし。父は一般企業に勤め、母は専業主婦。中学時代にはけっこう優秀だったらしいが、高校に入ってから少し成績が落ちた――という情報も、ちらりと会話から窺い知れた。「美玲ちゃんは勉強苦手になってきた?」みたいな話を母が呟いていた。


「うわ……なんか変に緊張するな。いや、普通にやればいいだけ……なんだけど」


 前世ではいかにも地味で目立たないサラリーマンが自分の在り方だったのに、今ではあまりにも華のある容姿だ。自分で言うのもなんだが、鏡を見るたびにギョッとする美少女。「普通」に振る舞いたいのに、どう考えても目立たないわけがない。

 着替えるだけであれだけ大変だった。今日の初登校、果たして穏やかに過ごせるのか。不安を抱えつつ、家の玄関を出る。


「……なんじゃこりゃ」


 最寄り駅から歩いて十分ほどで、立派な校門が見えてくる。校門脇には「私立白鳳学園」のプレート。制服姿の生徒たちが続々と登校している。女子は同じブレザーとスカートだが、やはり見比べてしまうと、自分の姿はどうしても普通より際立って見える気がする。


「おはようございまーす……」


 できるだけ小さくあいさつするも、通りがかった生徒たちからの視線が一気に集まるのを感じる。男子も女子も、驚いた顔やら、遠巻きにヒソヒソと話し合うような顔やら。下手にアイドルが降臨したみたいな空気で、すでに頭がクラクラだ。


(こんなに見られるのか……すでに普通とは程遠いぞ)


 内心でため息をつきながら、下駄箱へ向かう。しかしそこでもちょっとした混乱が起こる。下駄箱の前に固まっている生徒のグループが、俺(美玲)が近づくとパッと道をあけてくれた。


「え、す、すみません……」


 恐縮して声を掛けると、彼女たちは驚いたように顔を見合わせてから、妙に照れた顔で「おはよう、美玲さん!」と声をかけてくる。どうやら知り合い――というよりクラスメイトか後輩か、そのあたりだろうか。もともと美玲にはある程度、友達や顔見知りがいたはず。だが俺にとっては初対面みたいなものだから、反応に困る。


 それでも一応の笑顔を見せて、小さく頭を下げながら教室へ向かった。


 教室のドアを開けると、ビックリするほど一斉に全員の視線が集まる。ある意味、先ほどの下駄箱エリアより強烈だ。ガヤガヤとした朝のホームルーム前の時間が、一気に静まり返る。


「……お、おはようございます」


 すると、何人かが「美玲ちゃん、おはよう!」と声をかけてくれた。昨日は一日中混乱していたから気づかなかったが、クラスメイトは総勢三十数名。自分はこのクラスで藤堂美玲として生活していた。なのに、記憶が無いも同然。

 ちらりとクラス名簿が壁に貼られているのが見えたので、こっそり確認すると、自分は2年B組。名簿に名前がある。


「美玲ちゃん。席ここだよ?」


 声の方を見ると、隣の席の女子――日野結月(ひの ゆづき)が親しげに笑いかけてくる。おそらく、この子とは仲が良かったんだろう。


「ありがと……う。あ、ごめんね、ちょっとぼーっとして」


「ううん、どうしたの? 顔色悪いよ? 具合でも悪い?」


「いや、なんか色々、ね……」


 もちろん『前世が地味サラリーマンで……』なんて言えるわけがない。かといって沈黙するのも変なので、軽く笑ってごまかす。

 クラスのあちこちから好奇の視線を感じる。特に男子たちは、チラチラこちらを見ながらひそひそ話。女子たちは「ああもう、美玲ちゃん可愛いなぁ……」などと言いつつ、微笑ましそうに見てくる。これが藤堂美玲としての日常か……当然ながら、俺が望む普通からはかなり遠いのを痛感する。


(頼む、せめてこれ以上変な注目を浴びたくないんだが……)


 そう祈るような気持ちで席に着いた直後――

 ガラガラッとドアを開けて入ってきた担任の小早川先生と目が合う。


「み、美玲さん、体調はもう大丈夫かな? いや、昨日あんなにトラブルがあったから、今日休むんじゃないかと……」


「す、すみません」


 何やら分からず謝ったところで、先生は苦笑いを浮かべた。


「いや、あれはもうしょうがないよね。モップが天井に突き刺さるなんて、どうやったんだか。ま、無事ならいいや」


 クラスがドッと湧く。え、俺(美玲)は昨日何をやったというんだ!?モップやバケツが大暴走する事件が日常的に発生していたら、確かに先生としては頭が痛いだろう。


 周囲のざわめきの中、俺は必死に「普通に、普通に……」と心の中で唱える。昨日あったという大惨事のようなことは絶対に避けたい。だが、クラスメイトの反応は、どうも美玲という存在を放っておいてくれなさそうな気配だ。


「美玲ちゃん、本当に大丈夫? 大きなトラブルがあっても、いつもはけっこうケロっとしてるけど……今日の美玲ちゃん、なんか違う感じがするよ?」


「そ、そんなことないよ。ただ……ちょっと、気を引き締めてるだけ、かな」


「ふーん。無理しなくてもいいからね。何かあったら言って!」


 元気いっぱいそうな結月の笑顔に、思わず救われるような気がする。前世の俺にはあまりなかった「友達と肩を並べて過ごす」学園生活。せめて、本当に普通の青春を味わってみたい――そう思うと、少しだけ希望も湧いてきた。


 まだ始業前だというのに、すでに体力を消耗しきったような気分。けれど、藤堂美玲としての新しい日常を送らなければならない。どうにかこうにか普通を維持しながら、クラスメイトたちと関わっていくしかない。


 「よし……とにかく、目立たないように……普通に、だぞ」


 そう静かに気合を入れ直した瞬間、担任の小早川先生が何か言いかけて、ふと目をこちらにやる。


「……あ、そうだ、藤堂。今日、昼休みの学食の件で用事があって職員室へ来てほしいんだ。お願いできる?」


「へ? 学食で……何か、ありました?」


「ああ……まあ、詳しくはあとで話すけど……」


(この先、波乱しかない気がする……)


 胸を押さえながら、俺はクラスメイトの視線に耐える。

 こうして、誰よりも平凡を望む迷惑系美少女の初登校は、周囲の期待と不穏な予感に包まれながら始まったのだった。

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