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19.打ち上げ

中間試験が終わった後の週末。まだ疲労が残っているものの、せっかくなら「お疲れさま会」をしたい――という流れで、俺たち藤堂美玲、日野結月、佐々木翔、そして合宿の鬼軍曹・西園寺麗華と学年2位・神崎駿まで、計5人でファミレスにやって来た。


「お疲れさまー! テスト頑張ったよね、みんな!」


 結月が嬉しそうにジュースのグラスを掲げる。隣の翔も「ま、オレ的には合宿が一番しんどかったけどな……」なんて苦笑している。神崎は、慣れた手つきでドリンクバーからコーヒーを入れ、「いやー、今回のテストは負けちゃったね」と苦笑混じりに西園寺に声をかける。


「ふふん、私は当然の結果よ。でもあなたも2位とはいえ高得点だったわね」

 西園寺麗華はカップを持ちながら上品に微笑む。まるで「次はもっと差をつけるわよ」と言いたげな雰囲気だ。そんな大物二人が堂々と参加しているからか、テーブル周りがやたらと豪華に見える。


「えへへ……じゃあ、改めて乾杯しようか」

 結月が声を掛け、全員でグラスやカップを軽く合わせる。


「さて、メニューどうする? せっかくだし、デザートも食べたいよね」

「オレはポテトの大盛りとか……あとハンバーグをトッピング追加で……」


 注文をひとしきり済ませ、テーブルでわいわい会話を楽しんでいると、カチャカチャと厨房のほうからやけに慌ただしい音が聞こえてくる。

 一瞬、翔が首をかしげる。


「ん? なんか店員さん、さっきから走り回ってないか?」

「そ、そう……? 忙しい時間帯なのかもしれないわね」

 西園寺がいうが、どうにも嫌な予感がする。俺の経験上、「これは何か起こりそうな気がする……」という予感はだいたい的中するのだ。

 ほどなくして、店員さんが申し訳なさそうな顔でエプロンを握りしめながらやってきた。


「す、すみません……実は今、調理器が止まらなくなってしまって……機械の誤作動で次々ハンバーグが出来上がっちゃいまして……。あ、あの、もしよろしければサービスで提供させていただいております……!」


「は、ハンバーグ……?」

 神崎が目を丸くしていると、店員はカートに乗せた大量のハンバーグを運んできた。湯気が立ち上り、香りは確かに美味しそうだが、量が尋常じゃない。

 しかもハンバーグだけにとどまらず、アイスクリームサーバーまで止まらなくなったらしく、どんどんソフトクリームが絞り出されているとのこと。


「ええ!? アイスも出てきちゃうの?」

 結月は嬉しいやら驚くやらで声を上げる。続々と届くハンバーグやアイスに、テーブル上はたちまちお皿の山になってしまった。


「ちょ、ちょっと待った。いくらサービスといっても、こんなに食えねーよ……」

 翔がテーブルの端に積まれたハンバーグ皿を慌てて押し返す。すでに4枚目5枚目が来ていて、アイスのボウルも何個かが並んでいる。どうやら厨房では機械が暴走状態らしく、次々と焼きあがるハンバーグと絞り出されるアイスをストップできないらしい。店員さんが何人かで対応しているが、全然追いついていないようだ。


「こ、こういうトラブル、よくあるの? ファミレスって……」

 西園寺が呆然としながら問いかけるが、たぶん普通は滅多にない。そう思いつつも、俺も戸惑うばかり。


 しかし、いざとなると翔と結月がすぐ動く。

「分かった、とりあえず厨房に状況聞いてみる。俺が止めるの手伝うから!」

「私も、何かやれることあるかな? 店員さんに協力したいし!」


 と、二人はすぐさま席を立ち、店員の救援に向かう。


 残された俺と西園寺、神崎の3人は大量の料理に囲まれ、言葉を失ったまま。そのタイミングで、強面の店長らしき人物が厨房から出てきた。眉毛が太くて口ひげまで生えている、まさにコワモテな店長が、厨房の状況を確認しながら「ぐぬぬ……!」と唸っている。

 その目線がなぜか神崎のほうへ向くと、「おい、そこのイケメン……ウチのバイトがあんたに見とれて機械確認ミスしたんだと? どうしてくれるんだ?」と絡んできたではないか。


「え、えぇ!? いや、僕、ただ座ってただけなのに……」

「座ってただけで機械止まらずハンバーグを乱造させるだと……? あ?」


 完全なる言いがかりだが、店長は苛立ちの矛先が欲しいのか、神崎へ食ってかかる。普段クールな神崎も、相手が明らかに迫力満点だと気圧されるらしく、少し涙目になっている。


「いや、あの、僕……本当に関係ない……です……」

 いつもなら王子様オーラを放つ神崎も、強面店長の迫力には敗北寸前。もはや言葉もロクに出てこない。


「ちょ、店長さん! 彼はホントに関係ないですよ……」

 俺も慌ててフォローしようとするが、店長は「俺の店でこんなトラブルが起こったのは初めてだ! 何かしら原因があるはずだ!」と、苛立ちを隠せない。

 やはり何かトラブルが自然発生するのか……と俺は半ば呆れつつも、笑いがこみ上げてきた。


「……ぷっ……あはは……な、何これ……! テスト打ち上げに来たはずなのに……やっぱりまともに終わらないんだね……」


 思わず吹き出す。

 テーブルいっぱいのサービスハンバーグとアイス、厨房であたふたする店員たち、強面店長に絡まれて半泣きの神崎、そして呆然とする西園寺。こんな滅茶苦茶な状況だが、逆にここまで行くと笑いが止まらない。


「え、何がおかしいのよ……」

 西園寺が戸惑いながらも、つられて苦笑する。神崎は「助けてくれ……」と涙目で手を伸ばしてくる。


 ふと、俺は前世では絶対にこんな騒動に巻き込まれなかったことを思い出す。地味なサラリーマン時代は平穏だったし、こんなとんでもないドタバタは経験しなかった。だけど、今は美少女の身体になって、毎日のように予期せぬ事件に巻き込まれている――それでも不思議と楽しい部分もある。


(慣れない身体で、トラブル続きで大変だけど……悪くないな……)


 思わず心の中でつぶやく。

 怒号が飛び交う厨房から、翔と結月が「落ち着いてください!」と声を張り上げている。西園寺はハンバーグの皿を焦って避けつつ、「こ、こんな量……食べきれないわよ!」と青ざめている。神崎は店長に絡まれて未だ涙目。

 ――どう見ても混沌なのに、なぜか自分の胸の奥には温かさを感じてしまうのが不思議だ。


(これからも色々あるだろうけど……まぁ、頑張っていこう)


 そう思った瞬間、また店員がこっちにハンバーグとアイスを運んで来ようとしているのが見えた。


「す、ストップ! それはもう無理ですー!」


 大声でツッコミを入れながら、俺は笑いをこらえきれなくなった。

 トラブルまみれの学園生活は、まだまだ続いていくに違いない。だが、それも含めてちょっとずつ前を向いていけそうだ。俺はハンバーグの香りに酔いそうになりながら、そう思ったのだった。

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