16.クラス対抗リレーと閉会式
午後の競技もいよいよクライマックス。体育祭の最後を飾るのは、定番のクラス対抗リレーだ。
見渡せば、走者となる生徒たちがトラックの周りに集まり、それぞれ気合いを込めてウォーミングアップをしている。まさに最終決戦――競技得点が大きいだけに、ここで逆転優勝を狙うクラスもあれば、「どれだけ盛り上げられるか」が焦点のクラスもある。
「さぁ、いよいよ最後の競技、クラス対抗リレーが始まります! スタートラインに並んでください!」
放送委員のアナウンスとともに、A組からE組まで5クラスの選手たちが続々とスタート地点に整列していく。応援席の熱気は最高潮で、拍手と歓声がグラウンドを包む。
俺も、数番目の走者として出場することになっていた。嫌な予感しかしないが、クラスが一丸となって頑張っている以上、「自分だけ逃げるわけにはいかない」と腹をくくったのだ。
(ここでこそ、何も起こさずスムーズに終わらせたい……)
そう祈るような気持ちで、他の走者がスタートダッシュを決めるのを遠目に見ていた。
バトンを受け取るまでは大丈夫……だった。
前走者である佐々木翔が快調に飛ばし、予定よりも速いペースでこちらにバトンを持ってくる。クラスの応援席では「いけー、B組ー!」と大盛り上がり。しかし、俺がバトンを受け取って走り始めた瞬間、なぜか予期せぬ事態が次々と発生する。
片付けが始まっていた大玉転がしの巨大ボールが、勢い余ってトラックのほうに飛び出してきた。
パッと前方に白い巨大な玉が転がってくるのが見えて、思わず「うわっ!?」と声を上げる。避けようとして一度スピードを落とさざるを得ない。
ボールを押していた生徒が「すみません、止まらなくて……!」と謝罪しながら追いかけてくる。
俺は右にステップを切ってなんとか回避。さらに数メートル進んだところで、今度は玉入れ用のポールがゆらゆらと倒れてきた。それがぐらついた拍子に、俺の進行方向へ倒れかけてくる。
周囲の生徒たちが「倒れる! 倒れる!」と叫び、クラスメイトも「美玲、危ない!」と警告してくれる。ギリギリでしゃがみ込むように姿勢を低くして回避。まるで障害物競走かのような展開だ。
ガッシャーンという派手な音をたてて、ポールはトラックに横倒しになる。あちらこちらで悲鳴や歓声が上がり、まさに大パニック。
(ちょ、ちょっと……何で私の走ってるときに限って……!)
内心で嘆きつつも、ここで立ち止まってはクラスに申し訳ない。膝をつきそうになるのをこらえながら、なんとかスピードを上げる。
障害が多発しているのは俺だけで、ほかのクラスの走者は普通に走っている模様。当然順位が下がる。それでも、B組クラスメイトは「がんばれー!」と声を張り上げてくれている。実際、先ほどの騒動で他のクラスも少しだけタイムロスがあったようで、完全にビリというわけでもない。
「美玲ちゃん、ファイトー!」
笑いつつも応援してくれる仲間たちの姿に、妙なやる気が湧いてきた。
(負けてたまるか……ここまで来たら完走するしかない!)
残りわずかな距離を全力疾走。カーブを抜けて次の走者にバトンを渡す頃には、呼吸が乱れきっていたが、なんとか役目を果たしたのだ。
その後、アンカーまでの走りが続き、5クラス中4位という結果。パッとしない結果となったが、クラスのムードはなぜか明るい。
特に俺の周囲には「大丈夫!? あんな大玉来るなんて……」「玉入れのポールまで倒れるってさ、ホントに漫画だよ……」と口々に驚く声が飛び交う。
「美玲ちゃん、あの状況で最後までちゃんと走ったのはすごいよ!」
クラスメイトたちは拍手や握手で迎えてくれ、温かい言葉をかけてくれる。順位は振るわなかったが、あれだけ予期せぬハプニングがあれば仕方ない。
俺は息を整えながらも、少しほっとする。何とかクラスに迷惑をかけずに済んだ……とまでは言わないけど、クラスの空気を悪くすることはなかったようだ。
リレーが終わり、激戦を繰り広げたクラス対抗戦もついにすべて終了。グラウンドには、「今年の体育祭もこれで幕を下ろします。では、最後に校長先生の挨拶……」と放送委員の声が響く。
だが、マイクを持った教頭先生が困り顔でステージに上がると、衝撃的な事実を発表した。
「え、えっと……ただ今、校長先生が見当たりません。よって、校長先生の御挨拶は中止といたします!」
会場がざわつく。実のところ、校長先生ならいつも閉会式に鼻息荒く登場して、長々と話すのが恒例だった。だからこそ、みんな「またか……」と覚悟していたのに、今日は姿すら見えないなんて不思議だ。
さらに教師の間では「昼休み以降、姿が確認されてない」と騒ぎになっている。
後になって分かったことだが、校長先生は『カツラ騒動』に巻き込まれて自分のカツラを失くしてしまい、それが原因で校長室から出られなくなっていたらしい。
「この姿で外に出るのは嫌だ……」と校長は落ち込み、鍵をかけて校長室に閉じこもったまま、閉会式の時間になっても出てこなかったという。
わざわざ校長の安否を心配して探し回った先生たちも「こんな理由だと思わなかった」と呆れ顔だ。
しかしそのおかげで、珍しく短く済んだ閉会式に対して、生徒たちはある意味ラッキーと感じているらしい。
誰もが、今回の体育祭を『忘れられない思い出』として胸に刻みながら、再び平穏な学園生活へと戻っていくのだった……。