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15.ドキドキ、二人三脚!

 午後の競技も終盤に差し掛かり、校庭では大縄跳びや綱引きが行われる中、アナウンスが響き渡った。


「次は二人三脚リレーのペア、すぐに集合してください! 繰り返します――」


 クラスメイトたちがぞろぞろと走り去っていくのを横目に、俺は自分の出番ではないと気楽に構えていた。

 だがそのとき、担任の小早川先生が血相を変えて駆け寄ってくる。


「藤堂さん、悪いんだけど……二人三脚で欠員が出ちゃったんだ。代わりに入ってくれないか?」


「え、えぇっ!? 私、あんまり運動得意じゃないんですけど……」


 今朝からの波乱続きでヘトヘトなのに。そんな訴えもむなしく、先生はすがるような目つきだ。誰かが体調不良で倒れたらしく、他のメンバーも手が足りていないらしい。


「頼む! もうスタートリストに名前を入れてしまったから……ペアは神崎くんにお願いしてあるから」


「か、神崎くん……?」


 聞き慣れた名前に驚く。あの学園の王子様であり、さっきからちょくちょく接触してきている、いけ好かないイケメンだ。どうも相性が良いとは思えないが……ここで断ったらクラスに迷惑がかかる。


「分かりました……やるしか、ない、ですね……」


 そう呟くと、先生は安堵した表情で「ありがとう!」といい、そそくさとアナウンス係のほうへ走っていった。心臓の鼓動が落ち着かないまま、俺はゴール付近で待っている神崎の元へ向かう。


 体育委員が寄ってきて、二人三脚で使うロープを足首に結びつける。

 神崎は終始冷静な様子だが、一瞬こちらに視線を送ると、小さく微笑む。


「やあ、また会ったね。まさかペアになるとは。……君、ほんとに面白いタイミングで絡んでくるね」


「面白い……っていうか、私だって好きでやってるわけじゃ――」


 言いかけたところで、「位置について、よーい……!」という掛け声がかかる。慌てて体勢を整え、神崎がリードしてくれる形でスタートダッシュする。


 最初の数メートルは意外とスムーズだった。神崎の足の長さを考えると息が合わないかと思いきや、タイミングを合わせて飛び跳ねるように走ると結構速い。

 ところが、コースのカーブに差しかかった瞬間――観客席から「きゃあ! 猫!? 黒猫があんなに……!」という声が上がる。


 ふと目をやると、先日の体育祭準備のときにも見かけた黒猫の群れが、今回はトラックの外周に沿ってグルグルと旋回するように走り始めていたのだ。それも一匹や二匹ではない。数十匹が固まって、まるで結界を張るようにうろついている。


「な、なんだ、また……?」


 俺が慌てて足を止めそうになると、神崎が「止まるな!」と声を張り上げる。二人三脚なのだから、どちらかが止まれば転んでしまう。

 そうしてなんとか進もうとした瞬間――黒猫の一部が俺たちのコース内へ乱入し、神崎の足に飛びついてひっかき始めた。


「うわっ! 痛っ……!? な、なんだよこれ……!」


 さすがにイケメン神崎も驚きの声を上げる。猫は「シャー!」と威嚇しながら、彼のシューズやすねに爪を立てている。

 俺もどうしようもなく、二人の足はロープで結ばれているから逃げるにもままならない。


 混乱に拍車をかけるように、空からカラスの群れが何羽も降下してくる。これまで何度か目にしてきた謎のカラスたちだが、今回は的確に神崎を狙ってつついてくる。


「い、痛っ……やめろよ……!」

「ちょ、ちょっと、なんで神崎くんばっかり狙うの……!?」


 俺は慌てて手を振り回すが、二人三脚のせいで上半身のバランスを崩しそうになる。猫たちも相変わらず足元にまとわりつくし、カラスは頭の上をバサバサと飛んで暴れ回るしで、もうむちゃくちゃだ。

 そして、普段どんなことでもクールにこなす神崎が、ちょっと涙目になっているのが見えた。さすがの王子様も、動物に集中的に襲われるのは初めてだろう……。


「くっ、ここまで酷いとは……君って、ある意味すごいよね……」


「ごめん! 私のせいなのか分かんないけど、ごめんって言うしかない……!」


 その騒ぎを目撃した観客席のはげおじさんたち。借り物競争でも大騒動を起こした彼らが、またしても連帯感を見せて立ち上がる。


「おい、大変だぞ! 黒猫があのイケメン少年を襲ってるじゃないか!」

「カラスまで……放っておけない、助けないと!」


 彼らは一丸となり「わしらがなんとかしよう!」とグラウンドへ飛び出してくるが、結果的には追いかけ回される形になった。

 神崎としては「助けてくれるならありがたいけど、正直怖い……」という表情で後ずさる。おじさんたちも悪気はないのだが、やたら人数が多いせいで余計にプレッシャーを与えてしまっている。


「わ、わ、なんかすごい人数が来るんだけど……!?」

「おれたちに任せろー!」


 猫を捕まえようとするおじさん、カラスを追い払おうとタオルを振り回すおじさん、さらには「神崎くん、傷はないか?」と心配して肩をがっしりつかむおじさん――もうカオスの極致だ。

 神崎も思わず「ひぃ……!」と悲鳴を上げそうになるレベルで、今までの王子様オーラが消え去っている。

 そのまま二人三脚の状態でゾロゾロと走り(?)回る形となり、猫やカラスは最後のほうで逃げ去って行く。

 気づけばおじさんたちも周囲に散開しているため、コースの外や中でごった返し。笑いと悲鳴が入り混じる中、なんとか神崎と俺はゴールテープの方向へ歩を進めた。


「もう……はぁ……よく分かんないけど、とにかくゴールしよう……!」


 足首がロープで結ばれているから走るのもままならないが、最後まで諦めず踏み出す。観客が半分呆れ、半分応援モードで見守る中、とうとうゴールラインを踏む。


「い、一応ゴール……だね……?」


 ぜえぜえ息を切らし、神崎と肩を寄せ合う。順位は最下位に近いが、完走しただけでも奇跡だろう。周囲から拍手と失笑が同時に起こる。

 やっとロープを解いてもらい、神崎がその場にへたり込む。ネコに引っかかれた腕やカラスにつつかれた頭を押さえつつ、苦笑いを浮かべる。


「……君は、やっぱり面白いけど……ちょっと疲れるね……」


 視線を落としながらそう呟く姿は、まるで限界を超えてしまった様子。さすがに俺も申し訳なく思うが、どうにもこうにも言い訳のしようがない。


「ご、ごめんね……私だって好きでこんなんなってるわけじゃなくて……」


 すると神崎は、かすかに笑みを浮かべる。


「ううん、気にしないで……」


 そう言って、「でも……やっぱり疲れるな」と再びぼやく。何がどうしてこうなったのか、本人も整理しきれていないのだろう。周囲で先生たちが飛び交い、猫やカラスの件で騒いでいるし、救護班みたいに大わらわだ。


(こいつ、意外にメンタル強いな……)


 俺は内心、少しだけ神崎を見直した。これほどの大混乱に巻き込まれても、泣き言を言いながらも一応完走して、爽やか(?)に笑みを返すなんて。

 それでも、「ナルシストっぽいイケメンはやっぱり勘弁」という思いが頭をよぎる。加えて今回のような事件を繰り返してまで仲良くしたいかというと、甚だ疑問だ。

 神崎がへたり込んでいる横で、はげおじさんの一団が「大丈夫か、君!」と声をかけたり、クラスメイトが「カラスに襲われたんですって!?」と情報収集したり、相変わらず混沌としたままだ。

 その中心にいる俺は、いつものように「普通にやりたかっただけ」の言葉を呑み込み、ため息をつくのだった。

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