14.神崎駿登場
体育祭もいよいよ終盤戦に差しかかり、グラウンドには熱気と歓声がますます高まっていた。そんな雰囲気の中、男子100m走が始まろうとしている。
出場メンバーは、陸上部のエースやクラスの俊足がずらりと並ぶが、その中に一際注目を集める男子生徒がいた――神崎 駿。
「それでは第3組、よーい……パン!」
スターターピストルの音が鳴り響くと同時に、5人の男子が一斉にスタートを切る。
神崎はその中でも、スタートダッシュから頭ひとつ抜けており、軽々と前に出る。まるで無駄のないフォームと圧倒的なスピードで、観客席がわっと沸くのが分かる。
「うわ、めっちゃ速い……!」
「さすが神崎くん! イケメンで運動神経までいいなんて最高……!」
ゴールテープを切ったのは、やはり神崎。次点の2位に大差をつけての堂々一位だった。女子たちの「キャー!」という黄色い声が上がり、拍手と歓声で一気に華やかなムードに包まれる。
神崎はさほど息も乱れていない様子で、軽く手を振り返す。その立ち姿はまさに王子様と呼ぶにふさわしいオーラを放っていた。
その走りを遠目に見ていた俺は、他の女子たちと同様「速っ……」と驚きながらも、そこまでの感動はなかった。もちろんすごいことはすごいと思うが、元男の視点からすると、派手にチヤホヤされている姿に少し白けてしまう。
それなのに、ゴールを切った神崎がクールダウンを済ませると、なぜかこちらへ一直線にやって来るではないか。
「……ん? な、なに……?」
まさか知り合いだったっけ? と戸惑う間もなく、神崎は爽やかな笑みを浮かべて俺に話しかける。
「君、藤堂美玲さん……だよね。前から噂は聞いてたけど……やっぱり面白いね」
「え……面白い?」
思わず目を瞬かせる。今の言葉は褒められてるのか、馬鹿にされてるのか、よく分からない。
あまりにあっさり話しかけられたうえに『王子スマイル』を向けられて、周囲の女子からは嫉妬と羨望が入り混じった視線を浴びまくる。
(な、なんなのこのキザっぽい感じ……)
心底嫌な予感がする。華麗なイケメンがコケティッシュに微笑む姿は、女の子にとっては憧れのシチュエーションかもしれないが、俺(前世は男)からすれば、どこか鼻につくというか……。
すると、そこに颯爽と現れたのは、ライバル視をむき出しにしている西園寺麗華。
彼女は軽く髪をかき上げ、「神崎くん、お疲れ様。やっぱりあなたは期待を裏切らないわね」と、大人びた笑みを浮かべる。
「よかったら、クラス対抗リレーにも出てちょうだい? その華麗な走りで、うちのクラスを勝利に導いてほしいわ」
さりげなく自分の存在感をアピールする麗華。普段なら、男子なら誰でも憧れるシチュエーションかもしれない。まるで美男美女カップル誕生? なんて予感さえ漂う。
しかし神崎は、ちらりと麗華に目を向けるだけで、再び俺に向き直る。
「俺、チーム編成はもう先生に任せてあるから……。麗華さんには悪いけど、まだ決めてない。――それよりさ、藤堂さん?」
そこで視線を向けられて、ぎくりとする。何だか、無駄に距離が近い気がする。
すると、神崎は俺のほうに一歩近づき、小声で言う。
「本当に、君の話は前から聞いてたんだ。転倒しただけでクラス中が騒ぎになったり、借り物競争でおじさんたちに追いかけられたり……不思議な子だね」
「ふ、不思議って……私は普通にしてるだけだけど……」
「そこが面白いんだよ。あ、もちろん悪い意味じゃないよ?」
いや、悪い意味じゃないとはいえ、言われた俺としては複雑な気分すぎる。“面白い”と評されるほど奇行に走ってるつもりはないのに、結果的に目立っちゃうんだ。
「なんなの……」(小声)
心の中では「キザなやつ……いけ好かない」と毒づいてしまう。外見が完璧で運動神経も良く、女子からの支持も圧倒的――そんな男が突然「君、面白いね」なんて言ってくると、どうも胡散臭さを感じてしまう。
前世でも、こういうタイプの上司か同僚がいたら警戒していただろう。妙に距離を詰めてくる奴に限って後々ややこしいことになる……っていうサラリーマンの勘が働く。
その一方で、隣の麗華は明らかに不機嫌になっている。自分と話すよりも、美玲に興味を示している神崎に対し、いら立ちを隠せないのだろう。
「ねえ、神崎くん。今度のリレー走るか決まってないの? もし良かったら私も――」
「ごめん、俺、そろそろ先生に呼ばれてるから。この話はまたあとで」
あっさり麗華の言葉を遮り、神崎はスッと背を向ける。そして、まるで俺の方をチラリと気にするような仕草を見せたあと、「じゃあ、藤堂さん、またね」と涼しげに手を振って立ち去った。
風がそよいで、校庭は賑やかなのに、俺たち二人の間だけ何となく重い空気が漂う。まず麗華が不満げに口を開いた。
「何よ……神崎くん、あんなにあっさり行っちゃうなんて。せっかく私が話しかけたのに……」
「そ、そうだね……私も話したくなかったけど、話しかけられたし……」
「はぁ? なにそれ。あなた、また知らないうちにいいとこ取りしてるじゃない」
麗華が息を荒げる。確かにモテエピソードかもしれないが、当の俺としてはぜんっぜん嬉しくない。むしろ「面白い」なんて見下されてる感さえある。
結局、麗華としては、神崎駿という『学園の王子様』にアピールしたいのに、さらっと流されてしまった。そのくせ俺には興味を示しているように見えたのが悔しいらしい。
「……いいわ。体育祭が終わるまでに、私のほうが神崎くんに印象づけてみせる。あなたも覚悟なさいよ!」
何の覚悟かさっぱりだけど、これ以上面倒に巻き込まれるのはごめんだ。
アナウンスで「女子リレーの選手、招集場所へ集合!」という声が響いている。麗華も「あら、そうだった」と思い出したように踵を返す。
取り残された俺は、遠くに見える神崎の背中をなんとも言えない心境で眺める――実際に顔を合わせて話してみると、王子様キャラというよりはちょっとキザっぽいというか、やはり生理的に合わない気がする。
「はぁ……また妙に絡まれるのかな、勘弁してほしいよ……」
小声で愚痴をこぼすと、ちょうど通りかかった日野結月が「あれ、美玲ちゃん、どうしたの?」と笑顔で声をかけてくる。
彼女には、神崎とのやりとりがどんな印象に見えたのかは分からないが、周囲からすれば「美玲と神崎が話してる」とかなり衝撃だったらしい。
「何かあったの? 神崎くん、かっこよかったでしょ?」
「え、うーん……カッコイイかもしれないけど、私としてはちょっと……」
“ちょっと”なんて生易しい言い方だが、本音を言えば「妙に馴れ馴れしい」「自分に酔ってるタイプにしか見えない」という印象しかない。
――いずれにしても、神崎駿という存在が学園で大きな注目を集めていることは間違いなく、その人物が俺に興味を示している(?)事実だけで、また騒ぎになりそうな予感がする。
「とにかく、これ以上波風立たないといいんだけど……」
そう願いつつも、迷惑系美少女の周りには既に波が押し寄せているのを感じるのだった。