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13.借り物競争大パニック

 体育祭でグラウンドには熱気が立ちこめている。開会式でのマイクトラブルや脅迫文混線事件、さらに膝を擦りむいた一件があったせいで、会場はまだざわめきが収まらない様子。

 そんな中で行われるのは、定番の借り物競争。この競技は、生徒がランダムに引いたおカードに書かれた物や人を探し、ゴールまで連れてくるというものだ。


「それじゃあ、2年B組の借り物競争、最初の組が走りまーす!」

 体育教員の合図とともに、トラックのスタートラインに並んだ生徒たちが一斉に走り出す。観客席やクラスの応援席も大いに盛り上がっている。


 俺――藤堂美玲も、その走者の一人。正直、また何か起きるんじゃないかと嫌な予感がするけれど、クラスからの「美玲ちゃん、出て出て!」という後押しを断り切れず参加している。


「いきまーす……!」


 カードの山から一枚を引いて、勢いよく走り出すが――そこに書かれていたお題を見て、思わず足が止まる。


「……カツラ……?」


 まさかこんなものが借り物になるなんて。学園祭などのコスプレ用ならまだしも、体育祭の観客席や会場でどうやって見つければいいのか。

 首を傾げつつも時間は待ってくれない。とにかく「カツラを持ってゴール」すれば勝利というルールだから、必死に探すしかないのだ。


 まずはクラスの応援席や、先生たちの待機エリアを回ってみる。

 ただ、さすがに教師がカツラをつけている可能性は低いし、もしそうだとしても個人情報の問題があるため、そう簡単に見せてくれるとも思えない。


「うーん……。コスプレ系の応援団とかいればワンチャンあるかも?」


 そう考えて、他クラスのパフォーマンス用の衣装箱をのぞいてみるが、そこには変な被り物(猫耳やヘルメット)はあれど、リアルなカツラは見当たらない。

 焦り始めたところへ、馴染みの声が響く。


「おい美玲、どこ走ってんだ!? 時間ないぞ!」


 佐々木翔が笑い混じりに呼びかける。観客席からも「美玲ちゃんがんばれー!」と声援が飛ぶが、俺はぐるぐる会場を回っているだけで一向に見つからない。

 ああ、やっぱりこれは無理ゲーなのか……と思ったその時、視界の端にキラリと何か光るものが。

 何気なく観客席の方を見れば、そこにはご年配の男性や保護者たちの姿が並んでいる。その中で、明らかに頭髪が心もとない男性を数名見かける。

 いや、まさか……と思いつつ、俺は試しにそのうちの一人に声をかけてみる。


「あ、あの、失礼ですが……カツラ、つけてらっしゃいますか……?」


 失礼極まりない問いかけだが、勝負のため背に腹はかえられない。すると、最初に声をかけたおじさんは目を丸くし、「おお、あんた、借り物競争かい?」と苦笑しながらカツラをちょっと持ち上げてくれた。

 これには俺も「わ、ホントだった……!」と驚いてしまうが、それ以上に驚きなのは、それを見た周囲の他のはげおじさんが次々と立ち上がり、口々に言い出したことだ。


「おい、カツラが必要なら俺のもあるぞ!」

「こっちの方が最新型だからな。風にも飛ばされにくいんだ!」

「オレのカツラを使え! 娘と同じクラスの子だろう?」


 一気に何人もの男性が「私のカツラを使ってくれ!」とばかりに申し出てくるではないか。見渡せば、驚くほど多くのはげ男性がいたらしく、ざっと数十人はいそうな気配。

 まさに予想外の展開だ。会場にいた保護者の中には、「自分と同じ悩みを持つ人がこんなに…」と一種の連帯感があったのだろうか。とにかく、全員がウキウキとカツラを手にして差し出してきた。


 こんなに大勢のはげおじさんたちから、「オレのカツラを使え!」と迫られる光景なんて人生で初めてだ。

 俺は圧倒的な熱気と圧力にビビってしまい、思わず後ずさる。そうしたら、おじさん軍団も「何だ、遠慮するなよ!」とさらに前へ出てくる。


「ちょ、ちょっと……一つあれば十分です! そんなにいっぱいはいらないですから……!」


 手を振りながら拒否するが、まるで奪い合うように「いや、これが一番品質がいいぞ!」とか「若々しい毛色だから似合うはず!」と、誰が一番に提供するか競い始める。

 もはや借り物競争という次元を超えて、カツラ押し付け競争の様相だ。数十人のはげおじさんたちがカツラを掲げてじりじり迫ってくる状況は、正直ちょっと恐怖映像に近い。


「ひぃ……ごめんなさい……!」


 完全にパニックになり、横に逸れようとするが、おじさんたちは「そんなに恥ずかしがらなくてもいいんだ!」「遠慮せずに取っとけ!」と追いかけてくる。

 運動場のトラックをぐるりと走り回る形になり、観客席も大爆笑と騒然が入り混じった状態だ。


「いや、こんな大勢に追われたら逃げるしかないでしょ……!」


 俺が全力疾走しても、おじさん軍団も張り切って走り出す。「娘の友達だから!」とか「せっかくの体育祭だ、協力するぜ!」という謎の団結力で押し寄せてくる。

 他の借り物競争の参加者が「な、何これ……なんであんなことになってんの?」と唖然としているうちに、トラック中央をはげおじさん軍団と俺が走り回る、シュールな光景が繰り広げられた。


「藤堂、美玲、どうしてああなるんだ……」

「借り物競争ってこんな競技だったっけ……?」

 クラスメイトも苦笑いしているが、どうにも手が出せない。声をかけたらさらに混乱しそうだ。


 何周か走り回った末、ふと先頭を走ってきた一人のおじさんが見事な頭髪を再現した高級カツラをガッと俺に手渡してくる。

 パッと見、すごくリアルな仕上がりで、持っているだけで分かる「本物志向」。その瞬間、周りのおじさんたちからも「おお、あいつが決めたか……」と納得のようなため息が漏れた。


「い、一応これで……いいのかな。あ、ありがとうございます……!」


 ハァハァと息を切らしながらそのカツラを手にし、ゴール地点へダッシュ。背後では、他のおじさんたちが「ダメだったか……」と肩を落としたり、「あいつだけ出し物成功とかズルいぞ!」と騒いだり、何かと壮絶だ。

 なんとか記録タイムは最下位近いと思うが、借り物『カツラ』を入手してゴールできたことには変わりない。呼吸を整えつつ、スタート地点から実況していた先生にカードとカツラを見せると、先生も呆れ半分で拍手しながら「わ、分かった、合格……! 戻っていいよ!」と述べる。


(もう二度とこんなお題は勘弁してほしい……)


 心底そう思いつつ、トラック脇まで戻ると、クラスメイトたちが大笑いしている。日野結月が半ば泣きながら「美玲ちゃん、頑張ったね……ほんとお疲れ……」と声をかけてくれた。

 西園寺麗華は「またあなたが注目の的ね……」と呆れ顔。彼女の表情には、悔しさなのか呆れなのか、複雑な感情が交じっている。


 こうして、通常は微笑ましい競技であるはずの借り物競争は、俺のせいで(?)前代未聞の大パニックに終わった。

 正直、俺としてはただカツラを探すだけだったはずが、気がつけば数十人のはげおじさんに追いかけられ、トラックを逃げ回るはめになった。


「はぁ……普通の借り物競争がしたかった……」


 膝に手をついて息を整えながら、そんな贅沢(?)な悩みをこぼす。いや、贅沢でもなんでもなく、ただ“普通”がよかったのに……。

 しかし体育祭はまだまだ続く。次の競技でも、何かまた波乱を起こす可能性は大いにある。


(頼むから、もう大きな事件は起きないで……)


 次こそは、少しでも平和な競技になってほしい――そう願う俺であった。

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