12. 開会式・選手宣誓
青空に校庭のトラックが白線でくっきりと描かれ、鮮やかなクラス旗があちこちで風になびいている。ついに体育祭当日だ。
朝から生徒たちはクラスごとにまとまって待機し、先生たちは拡声器片手に「そこ、整列急いで!」「あと5分で開会式始めます!」と声を張り上げる。
そんな中で、俺は落ち着かない気分でソワソワしていた。なぜなら、選手宣誓という大役を、担任の小早川先生から突然任されてしまったのだ。
(なんで私が……しかもこんな目立つ役、できれば断りたかったのに……)
先生曰く、「藤堂さんもたまには実行委員に協力してくれない?」とのこと。クラスのみんなも「美玲ちゃんが宣誓したら盛り上がるよ!」とノリノリだったから、断る余地がほぼなかった。
体育祭直前に校庭で黒猫やカラスの異変があったこともあり、不穏な空気を感じてはいたけれど、この会場には既に大勢の生徒と保護者が集まり、開会を今か今かと待ち構えている。
開会式が始まり、校長先生や来賓の挨拶が続いた後、ついに俺の出番――選手宣誓の時間がやってきた。アナウンスの声がグラウンドに響く。
「それでは、選手宣誓。代表、2年B組、藤堂美玲!」
スタンド席から「美玲ちゃん、がんばれー!」という声援や、カメラを構える保護者の姿が見える。恥ずかしさで頬を赤くしながら、俺は壇上のマイクの前へと進む。
クラスメイトの中には、あの西園寺麗華も腕を組みながらこちらを見ている。どこか「また騒ぎを起こすんじゃないでしょうね?」といった目が少し気になる。
(……でも今日は大丈夫だよね? ただ宣誓の言葉を読むだけ……何も起きない……はず……)
不安をなだめ、書面を広げて、深呼吸一つ。スポーツマンシップにのっとり、正々堂々と競技に臨む――かしこまった台詞を口にし始める。
「「……我々選手一同は、日頃の鍛錬の成果を発揮し、正々堂々と――」」
そこまで読んだところで、いきなりザーッというノイズがマイクスピーカーから鳴り始めた。直後、まるでどこか別のラジオ放送が混線したかのように、荒々しい男の声が割り込んでくる。
「……こちらファルコン……ターゲットは既に包囲……無駄な抵抗は……要求を受け入れろ……」
まるで脅迫文のような放送内容が、体育祭の会場中に響き渡った。観客席も生徒たちも一瞬で「何事!?」とどよめき、パニック寸前だ。
俺はマイクを握ったまま固まってしまう。来賓席の先生たちが慌てて音響機器のスイッチを探すが、無駄にノイズが広がるばかり。
何とか校内放送の主電源を落とそうと奔走している教員もいるが、すぐには対処できない様子だ。脅迫文のような台詞が、切れ切れに何度も流れ続ける。
「え、ええと……す、すみませんっ……」
俺がその場しのぎにマイクから口を離しても、スピーカーに混じる謎の声は止まらない。「……我々の要求……従わなければ……」などと、物騒なワードだけが繰り返し聞こえる状態だ。
観客席にいる保護者たちがざわつき、子供を抱えて避難しようとする人まで出始める。完全に大混乱だ。
なんとか校長先生の指示で音響設備の電源を強制オフにし、ようやく謎の放送は途切れた。しかし、そのせいでマイクも切れてしまったので、選手宣誓が続けられない。
体育委員を務める先生が壇上に上がり、「あ、あー……えっと、原因不明の混線がありまして、今は復旧作業を……。とりあえず開会式は予定通り進行いたします……」と半ば苦し紛れにアナウンス。
結局、俺は宣誓の続きを読めないまま壇下へ降りるハメになった。なんとも締まらない結果だ。
「すみません、美玲さん……こんなトラブル、初めてで……」
先生が申し訳なさそうに頭を下げるが、いやいや、俺のほうこそ何もできず申し訳ない気持ちがいっぱいだ。
(なんでよりによってこのタイミングで謎の放送が入っちゃうの……?)
周囲の生徒も「これはもしかして、美玲ちゃんのトラブル体質……?」と半ば冗談めかし、半ば本気で囁いている。確かに、他の人が宣誓してもこうはならなかったかもしれない……。
壇上から降りる階段を気をつけながら歩いていたが、緊張や動揺があって足元がふらつく。
最後の段差で思わずひょいっとバランスを崩してしまった。
「わわっ……痛っ……!」
軽く尻もちをつき、膝を階段で擦りむいてしまう。見ると、薄っすらと擦り傷から血が滲んでいる。
そこへ何人もの生徒が慌てて駆け寄ってくる。
「大丈夫か、藤堂!?」
「今すぐ保健室に連れて行くよ!」
「いや俺が担いでいくから! おんぶするから乗れよ!」
「待て待て、ここは私が……!」
特に男子たちが先頭を争う形で「美玲ちゃんを保健室に!」と名乗りを上げるものだから、その争奪戦が小競り合いに発展。
周りの女子が「あの、勝手に触んないでよ!」と止めたり、男子同士が「お前に譲るわけには!」と睨み合ったり、まるでラブコメの定番シーンのように荒れ始める。
「いや、そんな大げさにしないで……本当に大したことないから……!」
正直、擦り傷程度。少し消毒して絆創膏貼ればいいだけなのに、なぜこんなに騒ぎになるのか。このままだと、いらぬ乱闘劇にまで発展しそうだった。そこへ、いつもの明るい声が割って入る。
「ちょっと、騒ぎすぎ! ほら、私が連れてくよ!」
日野結月が、目を吊り上げて一喝。勢いに押された連中は「うぅ……」と渋々道をあける。
結月は腕を差し出して「ほら立って。保健室まで付き添うから!」と、にっこり笑う。救われるような気分になりながらも、周りの視線が痛い。
結局、俺は結月と一緒に校舎へ向かい、保健室で応急処置を受けることに。
その間、開会式は「予期せぬ混線トラブル」と「宣誓の途中打ち切り」というまさかの展開に見舞われ、何とも締まりのないまま終了してしまったらしい。先生方も対応に追われ、バタバタしているとのこと。
「これ……完全に美玲ちゃんが目立っちゃったって感じだね」
保健室で絆創膏を貼る俺を見ながら、結月が申し訳なさそうに呟く。
確かに、あの場の注目を集めたのは紛れもなく俺だ。謎のラジオ音声で会場が凍りつき、さらに階段で転んで目立つというダブルパンチ……。
「はぁ……やっぱりこうなるのか……普通に宣誓を終わらせたかっただけなのに……」
情けない思いでため息をついていると、ふと窓の外に佇む人影が目に入る。モデルのようなスタイル――西園寺麗華が、校庭からこちらを見上げているのが分かった。
ただ立っているだけなのに、その横顔は明らかに複雑な表情を帯びていた。まるで「またあの子が一番注目を浴びてしまった……」と呟いているかのようだ。
スポーツテストの“測定不能”に続いて、またしても俺ばかりが会場の目を奪ってしまった形。麗華の胸中には、きっと悔しさやモヤモヤが渦巻いているんだろう――とはいえ、決して俺が狙ったわけではないのだが……。
こうして、波乱だらけの開会式は事実上の強制終了となり、短い休憩を挟んだ後、各競技へ移行する運びとなった。
保健室を出る頃には、すでにグラウンドからは歓声が聞こえてきて、競技が始まっている模様。体育祭はまだ始まったばかり。ここで落ち込んでいるわけにはいかない。少なくともクラスメイトが一丸となって競技に参加している以上、負けていられない。
(大丈夫……今度こそ、迷惑かけないようにしないと……)
決意を新たに、膝に貼った絆創膏を見つめる。ちくりと痛むけれど、競技に支障がない程度には回復するだろう。
――大丈夫。ここから挽回して、みんなと一緒に体育祭を楽しんでみせる。ほんの少しだけ意気込む自分に、複雑な笑いがこぼれた。
「さぁ、行こう! 結月、ありがとう。もう少ししたら競技が始まるし、急がなきゃね……」
「うん、私も一緒に頑張るよ!」
こうして、迷惑系美少女の体育祭は、最初からドタバタスタートを切るのだった。