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97.受験生たちの勉強合宿 その1

「よし……それじゃ今日から勉強合宿スタートだね!」


 夏休みの初日、俺は結月の家にやって来ていた。結月と翔の三人で、受験生として勉強に本腰を入れるための合宿をしようというわけだ。


「よーし、やるぞぉー!」

 結月が気合いの声を上げる。彼女はいつものノリノリのテンションで、テキパキと参考書を並べている。

「おう、さっさとやっちゃおうぜ。で、夜には自由時間だ!」

 翔はふあああと大きなあくびをしながらも、一応姿勢を正している。俺はノートを開き、ペンを握って深呼吸した。


(よし、せっかく合宿だから、最初くらいはちゃんと集中しよう……)


――しかし、現実は甘くない。開始から1時間ほど。


「あー、もう疲れた。休憩しようよ~」

 結月が鉛筆をぽいっと投げ出し、背伸びをする。

 翔はすでに机に頬杖をついたまま放心状態だ。


「……オレ、数学とか見ただけで頭痛くなるんだけど……」


「え、ちょっと待ってよ、まだ1時間しか経ってないじゃん。夏休みとはいえ、受験勉強しなきゃ……」


「だって夏休みだよ! 遊びたいじゃん!」

 結月が子どものように駄々をこねる。


「気持ちは分かるけど……勉強合宿って名目で集まったんだから、もうちょっと頑張ろうよ」

「うぅ……美玲ちゃん、正論……!」


 やれやれと思いながら、翔を見る。


「……やっぱちょっと休憩しよ?」

 翔も完全に集中力が切れていた。


「んもう、仕方ないな……。じゃあ、せめて10分だけね?」

「わーい! 10分休憩~」

「おう、10分だけなら……ふぁああ~」


 結月と翔は緩んだ空気感で倒れ込む。俺はペンを置き肩を回した。

 みんなだらけてぼんやりしていると、突然玄関の方から「バタン」という物音が聞こえた。


「ん? 今、誰か来た?」

「もしかしてお母さんが帰ってきたのかな?」


 結月が首をかしげたそのとき、リビングのドアが開いて、なんと1匹の猿がひょこっと顔を覗かせた。


「……え? さ、猿……?」

「ちょ、ちょっと待って、猿が勝手に入ってきた! 何、どこから入ったの!?」


 俺たちは思わず腰を浮かせて驚く。

 猿はなぜか小脇に荷物のような袋を抱え、堂々とリビングへと足を踏み入れてきた。そして、そのままテレビの前にちょこんと腰を下ろし、袋をゴソゴソ探り出す。


「な、何してんの……?」

 結月がそっと近づきかけるが、猿はまるで「ちょっと待ってろ」という仕草で片手を上げる。さらにリモコンを器用に拾い上げ、ポチッとテレビの電源をつけた。


「えっ、テレビ勝手につけた!?」

「すごいな、この猿……」


 翔が目を丸くしている間に、猿は小脇の荷物からゲーム機を取り出し、ささっと配線をつなぎ始めた。明らかに手慣れた様子だ。


「……あれ、あの筐体って……もしかして有名なやつじゃない?」

 結月が目を輝かせてテレビ画面を指さすと、そこには『ぶよりん』というタイトルの落ち物パズルゲームのロゴが映し出されていた。


「ぶよりん……4つ同じ色をそろえると消えるゲームだよね。超有名なやつ」

「まさか猿が遊ぶのか? いったい何者だ……」


 俺たちがぽかんと見ていると、猿はコントローラーをひとつ手に取り、もうひとつをこっちに向かって差し出してきた。まるで「誰か、一緒にやるか?」という感じの仕草だ。


「オレ結構得意だぜ、この手のゲーム」

 翔がすぐに手を挙げ、「じゃあ猿と勝負してみるか」とコントローラーを受け取る。


「ねえねえ、勉強合宿……だよね? みんな忘れてない?」

 俺は若干不安になって口を挟むが、結月はニヤニヤしながら「まぁ、10分の休憩だからいいじゃん!」と開き直る。


「そうそう、美玲も固いぞ。ちょっとぐらい遊んだって……よし、いくぞ、試合開始だ!」


 こうして、翔と猿の奇妙な『ぶよりん』対決が始まった。猿はコントローラーを器用に操り、素早くブロックを積み上げていく。翔も負けじと連鎖を狙う。


「よし、ここで3連鎖……あー! お前、5連鎖!? 早くないか!」

 翔が悲鳴まじりに叫ぶ。

「うわ、すごいねこの猿。ゲーマー猿じゃん!」

 結月も大興奮。


 ゲーム画面には鮮やかに連鎖が決まるエフェクトが出ており、猿は特大のダメージを翔のフィールドに送り込む。


「うっわ、ほんとに翔が猿に負けそう……ねえ、美玲ちゃん、あれ手伝ってやったほうがいいかも?」


 結月が面白そうに眺めている。俺も心の中で「まあ、ちょっと遊ぶくらいなら……」なんて思い始める。


(このゲーム……前世でめちゃくちゃやり込んでたような気がする。確かコツさえ分かってればガンガン連鎖組めるはず……)


 ぼんやりそう考えていると、翔が「うわああー!」と叫び声を上げ、猿の5連鎖攻撃を食らって華麗に撃沈した。画面には『大敗北』の文字。


「負けた……マジか。猿相手に負けるなんて……」


 翔がショックを受けている横で、猿はどこかドヤ顔。小さくガッツポーズを取ったように見える。


「……やっぱり勉強が大事……とか言ってる場合じゃないな。ここは人間としてのプライドを取り戻さないと!」

 翔が闘志を燃やすと、結月が「じゃあ美玲ちゃんやりなよ!」と振ってくる。


「え? いや、でも一応、勉強合宿……って……」

「そんなに強い猿がいるなら、美玲ちゃんが倒してよ! 」


 俺はちょっとだけ悩んだが、気づくとコントローラーを手にしていた。


「あ、あれ? 気づいたら持ってる……」

「よーし、美玲VS猿、スタート!」


 結月がニヤニヤしながら画面を指差す。翔は「頼む、美玲、リベンジしてくれ」と真剣な表情だ。

 そして俺がスタートボタンを押すと、ぶよりんの画面がカウントダウンして、いよいよ対戦開始となった。


 さっそく猿が素早い手つきでブロックを操作し始めるが、前世で散々このゲームをやってきた経験がある――ような気がする。体が勝手に覚えているのか、ブロックを連鎖しやすい形に並べるコツがすっと浮かんでくるのだ。


「お、すごい動き早いね、美玲ちゃん!」

「よし、まずは2連鎖……あ、すぐに4連鎖いけそう……」


 ブロックを積み上げ、色をそろえ、ドーンと大きな連鎖が入る。画面上部の猿のフィールドに大量の邪魔ブロックが落ちていく。


「よし、全消しきたー!」

「えええ、全消し!? は、早いよ!」


 翔がのけぞり、結月が拍手する。猿は「あわわ」とブロックに埋まりかけている。さらに、俺が手を緩めず追加で連鎖を送ると――ついに猿のフィールドがいっぱいになってゲームオーバー。


「やった……猿に勝った!」

「すごーい、美玲ちゃん! 完封勝利じゃん!」


 俺はコントローラーを置いて、少し誇らしい気分。猿は「ぐぬぬ……」と言いたげな表情を浮かべ、再戦を申し込むようにこちらを見てくる。


「どうする、美玲? もう1回やってみる?」

「え、いや、さすがに1回で終わりにしとく……」


 と断ろうとしたら、翔が「いいじゃんもう1回! オレも見たいし!」とけしかけてくる。結月は「あ、じゃあ勝者はジュース無料! 負けたら雑巾がけ担当!」みたいに商品を提案しはじめた。


「ジュース無料……雑巾がけ……?」

「そうそう、せっかくだから、なんか景品とかあったほうが燃えるでしょ!」


 結月の目がキラキラ輝き出す。猿は「ウホウホ」と声をあげて、さらにもう1つのコントローラーを結月にも渡そうとする。


「え、私もやるの? オーケー! じゃあ勝ったらお菓子もゲットとかにしようかな!」


 そんな感じで、完全にゲーム大会の流れができあがってしまった。


――――


 その後、猿も混ぜての『プチぶよりん大会』は、あれよあれよという間に夜まで続いた。気づけば時計の針は深夜を指している。


「うおおお、4連鎖! 結月もなかなかやるじゃん!」

「へっへっへ、暇なときにスマホ版で鍛えてたのだよ!」

「ちょ、そんなところに置いたらダメだって……ほら、邪魔ブロック降ってきた!」

「ああっ……あ、これ詰んだかも~!」


 会場は大盛り上がり。翔は「猿、またお前5連鎖!?」と泣き言を言いながらも、ギリギリで粘っている。結月が駆け回って「勝者にジュース持ってきまーす! あとポテチも!」などとサービスしてくれる。


 こうして『ぶよりん合宿』と化した結月の家。もはや勉強をしている姿は誰一人いない。全員コントローラーを握り、声を張り上げ、画面に集中している。夜食をかじりつつ、ゲームをやめる気配はない。


「っていうか……勉強合宿しに来たんだよね……?」

 連続コンボを決めながら、頭の片隅でそんな気持ちが湧く。


「……まあ、明日から本気出せばいっか!」


 ――こうして初日の勉強合宿は完全にゲーム大会になってしまったのだった。深夜も遅くまで盛り上がり、結局まともな勉強時間はほぼゼロ。

 俺は猿にリベンジを挑まれながら、遠のく学力と夏休みの課題をぼんやり心配しつつも、コントローラーを放せなかった。こんな合宿で大丈夫か……


 次回こそは、本気で勉強する!……のだろうか。

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