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1.突然の美少女転生?

 目が覚めたら、いや、正しくは「意識が回復したら」と言った方がいいかもしれない。とにかく――いつもと違う。まず、自分の体がやたらと軽いのだ。寝ぼけ眼をこすりながら、真っ先に思い浮かんだのは「仕事、遅刻してないよな……?」というサラリーマンの癖のような思考。しかし、枕元にあるはずのスマホは見当たらないし、そもそも布団の感触も何か違う。


「ここ、どこだ……?」


 起き上がると、そこは見慣れない女の子の部屋だった。少女漫画風の可愛い小物が並び、カーテンもピンク。前世の自分の部屋とは真逆もいいところだ。俺は昔から物を増やさないタイプで、せいぜい漫画とゲーム機がちょっとあるくらい。身の回りを可愛く飾るなんて縁遠い話。


 しかも、この部屋……どうしてか落ち着くような、でもどこかこそばゆい。布団からそっと足を下ろすと、床に可愛らしいルームシューズが置いてある。サイズは明らかに小さい。こんなの……履けるわけが――。


「え? ピッタリ……?」


 困惑しながら静かに立ち上がってみる。すると、さらに軽さを感じた。身長が以前より、かなり低い? それとも身体が軽いだけなのか。頭がまわらないまま、ドアのほうへ視線をやる。そこには姿見の鏡が掛かっていた。


 いつもなら、ここで自分の顔を見れば「ああ、寝癖すごいな」とか「今日こそ髭をちゃんと剃ろう」とか、そんなもんだ。しかし、今は何かがおかしい。まだ寝ぼけているのか、頭が混乱しているせいで、自分を確認するという行為が必要に思えた。


「……俺、どうなってんだ……?」


 ベッドの上には学生服らしき制服が綺麗に畳まれて置かれている。女子用のブレザー風制服とスカート。ワイシャツも細かいレースの入った女子物。高校時代の制服はブレザーでも男子用だったし、少なくともスカートは履かなかった。これは夢なのか? 脳内に疑問符がいっぱい浮かび始める。


 まさかここは自分の家じゃない。いや、それどころか、「自分がどこにいるか」すら分からない状況。でも、一番分からないのは――


 ――この俺は、いったい誰なんだ?


 苦い記憶が頭をかすめる。俺はどこにでもいる地味なサラリーマンだった。特筆するほどの才能はなく、でも真面目に仕事をこなし、「はい、分かりました」と周囲に合わせるタイプ。無理な残業を押し付けられても断れず、結局体を壊して――いや、そこで俺は終わったのか? もしや、あそこで死んで……


 そして今――気がつけばここにいる。何かが決定的に変わったことだけは確かだった。


 こうして、俺の美少女転生という、とんでもない新しい人生が始まったのである。



「いやいやいや……目の錯覚だよな?」


 部屋のドアを開ける前に、まずは勇気を振り絞って鏡の前へ立つ。あまりに現実離れしているが、何も確証のないまま動くのは危険だ。最初に衝撃を和らげるためにも、そっと鏡に近づく。


「……っ! 誰、これっ……!? ……って、俺……?」


 そこには、息を呑むほど美しい女の子が映っていた。ちょっと長めの前髪、ふんわりとした髪質。色白の肌にぱっちりとした大きな瞳。それだけでも絵になるのに、唇はほんのり桜色。全体的に儚げなオーラが漂う、いわゆる『絶世の美少女』ってやつだ。


「嘘……だろ。こんな子、二次元とか芸能人でしか見たことないんだが?」


 まばたきすると、鏡の中の少女も同じ動作をする。右手をあげれば同じようにあげる。当たり前だが、本当にそれは今の俺の姿。混乱のあまり、頭がクラクラする。


「う、うそ……こんなの……悪い冗談だ……」


 声も当然変わっている。高くて、透き通ったような、いかにも可愛い感じの女子高生ボイス。え、これ、俺の声? あまりに衝撃的すぎて、言葉にならない。身体のラインも細いし、手も小さい。胸は……ある! ちょっと布団の上で跳ねるだけで、こっそり揺れるくらいに。


「……これは、どう考えても女の子……」


 やっと自分が女の子の身体になっていることを飲み込むが、次にやってくるのはさらなる大パニック。だって、さっき見た制服。あれを着て学校に行けと? いや無理でしょ! でも、どうやら高校生らしいし、親御さんらしき存在もいそうだし、逃げ場はない。ここで「俺は男なんです!」と叫んだところで、誰が信じてくれるのか。


「……落ち着け、落ち着け……こういうときこそ、前世で培った社会人としての冷静さを出すんだ」


 仕事でクレーム処理を担当したときのことを思い出す。あの頃は、どんな無茶苦茶な要求にも「申し訳ありません」と先に謝ってから粛々と対応してきた。あの度胸を今こそ――


「とはいえ、どう対応すればいいんだ……」


 頭を抱えながらも、選択肢がないのでまず制服に袖を通す。スカートに脚を通すたび、妙な恥ずかしさに襲われた。ブラウスのボタンを留める手つきすらぎこちない。ネクタイではなくリボンを結ぶ感覚が新鮮すぎて、うまくできない。

 苦戦しながらも、なんとか着替え終わる。鏡に映る自分を改めて見ると、制服姿の美少女が恥ずかしそうに俯いている。完全に二次元の世界の住人かと思える可憐な見た目。だが、中身は三十路手前の元サラリーマンだ。

ドアをコンコンとノックする音がする。


「美玲! もう起きてるの? 朝ごはんできてるわよ」


 透き通るような女性の声に、ハッとする。どうやら「俺の」母親らしい。声の感じからすると若くて優しそうな雰囲気だ。前世の自分がいた世界では、すでに両親は高齢だったし一緒にも住んでいなかった。新鮮だ。


 とはいえ、ちゃんと返事をしなければ怪しまれるだろう。


「えっと……は、はい。今行きます……」


 自分の声がまだ慣れない。こっ恥ずかしさで頬が熱くなるけれど、こうなったら演じきるしかない。なりきるんだ、女子高生・藤堂美玲を!


 鏡をもう一度見つめ、深呼吸をして口角をあげる。スマイル、スマイル。


「よし……落ち着いて、普通に生活するんだ。絶対バレないように……」


 そう自分に言い聞かせるけれど、朝からこのテンションでは先が思いやられる。はたして、これから始まる新しい学園生活。ちゃんと普通にできるんだろうか。何やらもう、大波乱の予感しかないけれど……。


 こうして、地味で平凡だったサラリーマンは『迷惑系美少女』としての一歩目を踏み出すことになったのである。

 次の瞬間、俺は部屋のドアを開けようとした弾みで転びそうになり、壁に額をぶつけた。痛いし恥ずかしい。

 「頑張れ、俺……じゃなくて、美玲……!」


 自分を励まして、なんとか玄関へと向かう。なぜかすでに波乱の匂いがそこかしこに漂う。俺は苦笑いを浮かべながら、胸のドキドキを鎮めるべく深呼吸した。

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