皇帝の怒り
「代償……ですか?」
穏やかならざる言葉に国王が警戒の滲む顔をする。
「そうです。何事もなく目的が達成されるのであればそれに越したことはありませんが、世の中往々にしてそう簡単にはいかないものです」
そうユージンが告げたところで窓から差し込む日差しがわずかに陰った。
自分が言うつもりだったことを代わりに言ってくれているのだと、ディアナは気づく。
「先ほどディアナ嬢が言っていたように、今回女神の神託を達成するにはユエラン国の協力が不可欠でした」
ユージンは女神に敬称をつけない。
正直今ではディアナも同じ気持ちではあるが、フォルトゥーナの者たちには不敬と思われるだろう。
それぞれ表情には出さないもののいくぶん気分を害したのがうかがえた。
「女神様のご神託についてユージン陛下がご存じなのはわかりました。しかしこれはフォルトゥーナの問題です。口を出されるのはいささか行き過ぎた行為なのでは?」
「なぜですか?」
国王の言葉に、心底理解できないとばかりにユージンは言う。
「我が国に深く関わる神託について、その当事者である我々を抜きに話し合われる方がおかしいのでは?」
「それは……」
「もちろん、あなた方が我が国の平和を思ってくださっていることは理解しています。そのためにディアナ嬢を遣わしてくれたのでしょうから」
王族が国外に嫁ぐことのないフォルトゥーナにおいて、今回の婚姻が成立した理由。
それを言外に仄めかすユージンに国王は口をつぐんだ。
「先ほど国王陛下も仰っていたように、周りくどい話にする必要はありませんね」
そう言うとユージンはアランに指示し一枚の書類を取り出した。
「こちらを見ていただいた方が早いかと」
テーブルの上に置かれた書類。
それはディアナがマレフィクスとの間に結んだ契約だ。
『女神の神託を実行すために協力する。その見返りとして女神の愛し子がユエラン国へ来ること』
端的にいえばそういった内容だ。
「これは……!」
「そこに書いてある通りです。協力の見返りは愛し子の来国だというのがユエラン国王弟殿下のご希望です」
「……! つまり、ディアナをユエラン国へ向かわせるということですか? そのためにはウィクトル帝国とフォルトゥーナとの婚姻の約束を破棄する必要があると? しかし結婚式は明日ではないですか」
国王の言葉に、ユージンの眉間に深い皺が寄る。
さらには眼差しも鋭くなりまとう雰囲気が剣呑なものになった。
「おかしなことを仰る。私がいつディアナとの婚姻を止めると言いましたか?」
「しかし、ここに契約書があるではありませんか」
国王が言い募れば募るほどユージンから怒気が放たれ周りの温度が下がるかのようだ。
「そこにはディアナ嬢がユエラン国へ行くとは一言も書いてありませんが?」
「……?」
ユージンの言葉の意味をフォルトゥーナ国側が正しく理解しない様をディアナは静かに見ていた。
(やはり、どこまでいっても彼らは自分たちのことだけなのだわ)
彼らは当たり前のようにディアナがユエラン国へ行くと思っている。
明日結婚式を挙げる予定の者がその約束を反故にして他国に渡ることなどあり得ないと、考えなくてもわかることなのに。
ましてやその結婚は国と国の契約に基づくもの。
しかしそれすらも理解できなくしてしまうのが女神の神託なのだろうか。
(私はあなたたちの幸せのための道具ではない)
そうディアナが思ったことを察したわけではないだろうが、ユージンがおもむろに口を開く。
「ユエラン国へ行くのはディアナではありません。フォルトゥーナには他にも王女と王子がいらっしゃるでしょう? 女神の神託です。当然その意思に従うものと思いますが?」
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