皇弟への提案
互いの同意をもって結婚する。
そのことを確認したところで、ディアナは急にユージンの手に取られている自身の手が気になった。
(変な汗をかいていないかしら?)
そんなことを思ってしまうくらいには動揺している。
(この手はいつまで預けていればいいの?)
この状況では誰も答えてはくれないであろう問いを心の中で問いかけてしまう始末だ。
ふり解いて引っ込めるわけにもいかず、かといってずっと預けたままではユージンの手の存在を強く感じてしまって動悸が激しくなる。
(今まで意識したことはなかったけれど……ユージン殿下の手はとても大きいのね)
ユージンの手はディアナの手をすっぽりと包み込んでしまってもまだ余っていた。
剣を振るうことが多いのか、掌はゴツゴツとしていて硬い。
いかにも男性的な手に自分の白い手が包まれている。
そう意識してしまうと顔に血が上りそうだった。
(どうしましょう……)
自分の心がままならず「誰か助けて」と心の中で小さく叫んだところで、思わぬ方向から助け船が出された。
「殿下、紅茶が冷めてしまったようですので変えさせていただきます」
そう言ったのはルラだった。
呼ばれてもいないのに使用人の立場から声をかけるなど本来ならばあり得ない。
叱責されても仕方のない態度ではあったが、ユージンはそんな細かなことを指摘するような人ではないことをルラは理解していた。
もしくは、一人心の中で目一杯の状況になっているディアナを見かねたのか。
はたから見ればあまりわからないディアナの心の動きも、つき合いの長いリリやルラ、そしてアランには隠すことが難しい。
「ああ。ではお願いしよう」
そう言ったユージンが自然とディアナの手を離した。
(あ……)
なぜか少し寂しく感じてしまい、ディアナはまたもや自分の心がわからずに動揺する。
「今回兄上の事件もあり結婚式にかけられる準備の期間が極端に短くなってしまったことは申し訳なく思っている」
「いいえ。それは仕方のないことですわ」
「会場の準備を含めてある程度のことは進めていたが、一番の問題は我々の衣装だろう」
通常王族の婚姻ともなればその衣装をどのようにするのかというのは重要な部分だ。
多くの参加者はそういった面でもウィクトル帝国の内情を探ろうとするものだから。
「今まで衣装に関してはほとんど進められていない。今から帝都中の店の総力を上げて作ることになるだろう。ディアナ嬢には大変かもしれないが、しばらくはそちらに注力してもらう必要がある」
そもそも結婚相手が変更となった時点で新郎側の衣装は全部作り直しだ。
イーサンとユージンではそもそもの体型が違うのだから。
ユージンはイーサンよりも全体的にがっしりしている。
「わかりましたわ」
「それ以外のことに関しては、まぁ、周りも巻き込んでやっていくしかないだろう」
おそらくはどれをとってもそれなりに大変な事態をユージンはあっさりと何とかなると言い切った。
そしてきっと彼は滞りなく進めてしまうに違いない。
そう思わせる力があった。
「そういえば、今度の結婚式にはフォルトゥーナの王族方も参加されるのだろう?」
ふと思い出した、とばかりにユージンがそう問いかけてくる。
「ええ。フォルトゥーナの王族が他国へ嫁ぐことはまずありませんが、逆にそういったことがあった場合は成人した王族全員が婚姻の祝いのために結婚式に参加するという決まりがあります」
「なるほど」
一言答えて、ユージンは思案するように腕を組んだ。
「ディアナ嬢、私がこんなことを言うのは踏み込み過ぎなのかもしれないが……」
いくぶん逡巡しながらユージンがそう言う。
どちらかというと明確な物言いをするユージンが言い淀むことは珍しい。
「正直、女神の神託の件を含めて私はフォルトゥーナの王族方に対して思うところがある」
(思うところ?)
「簡単に言ってしまえば、彼らが何も苦労せずに平和を享受することに対していささか腹が立っている、ということだ」
ユージンの気持ちを表しているのか、彼の眉間には皺が寄っていた。
「その平和はディアナ嬢の苦労の上で得られたものなのにな」
続けられた言葉はディアナを気遣うもの。
(ユージン殿下は私の気持ちを考えてくれているのだわ)
その思いが嬉しくて。
それだけでディアナは報われた気がした。
「彼らには私がすべての事実を知っているのだと、今後のことも考えて少し釘を刺しておこう」
ユージンがそう言ったところでディアナはあることを思い出した。
(そうだわ。であればあの件を利用するのはどうかしら?)
マレフィクスと約束した、あの件だ。
以前ユージンにディアナとマレフィクスの間でどんな約束が結ばれたのかを聞かれた時は打ち明けなかったけれど。
今はもう隠す必要もないと思えた。
「では殿下、私に一つ考えがあるのですが……」
だからディアナは、その秘密を伝えるべく口を開いたのだった。
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