退位
「もちろんだ。そのことも含めて今日この場を設けたのだからな」
ユージンがそう言い、その後をイーサンが引き取る。
「ウィクトル帝国は帝国法に法っている。その帝国法には『一度でも精神侵害を受けた者は帝位を継ぐ、もしくは維持することはできないと定める』とあることはディアナ嬢もご存知だろう」
そうだ。
つまり、イーサンはフィリアに魅了されてしまった時点で帝位を維持する資格を失ったということ。
「もちろん存じでおりますわ」
「なら話は早い。私は今回の件の責任をとって帝位を退く」
イーサンの声は落ち着いている。
正気に返ったのが数日前と言っていたから、そこから今日までの間に考え、ユージンとも話し合って決めたのだろう。
「現在私には後継となる子がいない。そのため帝位は継承順位第二位であるユージンに継いでもらうつもりだ」
「そうですか。陛下の決められたこと。私からは何も申し上げることはありません」
イーサンとディアナは婚約者だ。
しかし今までほとんど交流を持つことは無く、二人の間には問題しかなかった。
ディアナが帝国に来た理由は女神の神託の実行のため。
皇帝であるイーサンの婚約者であり次期皇后という立場はそのために必要なものだった。
しかし神託が終了し、イーサンが退位するというのであればディアナとの婚約は解消になるだろう。
「お二人がご存知かどうかわかりませんが……」
そしてディアナは自身の今後のための交渉を始めた。
そもそもイーサンはディアナに興味がなかったから、婚姻に関する手続きは宰相が担当していただろう。
そのため婚姻に際して出されたフォルトゥーナからの条件をきちんと認識していない可能性がある。
また、ユージンはそもそも両国の契約についてはノータッチに違いない。
「フォルトゥーナの王族は婚姻のために国を出た場合戻ることは許されません。今回陛下が退位されれば私との婚約は解消されるでしょう。その場合でも私には戻る先が無いのです」
おそらくリリとルラ、そしてアランはこれからも一緒にいてくれるだろうから、ディアナがたった一人で放り出されることはないけれど。
「ですので、できれば今後も帝国内のどこかに住まわせていただきたいと思っています。場所はどこでも構いませんわ」
元々ディアナは帝国民ではないから、今後もずっとこの国に滞在するなら許可が必要だ。
(ああ……そういえばフォルトゥーナへの連絡もしなければならないだろう)
彼らはいまだにディアナがイーサンとの結婚式を挙げると思っているから。
「フォルトゥーナへ結婚式中止の連絡もお願いしたいと思っています。ここを離れれば私には祖国へ連絡する手段はありませんので。お手数をおかけするのは申し訳ないと思いますが……」
そこまでディアナが言ったところで、イーサンが言葉を挟んでくる。
「ディアナ嬢は今回帝国とフォルトゥーナの間で交わされた契約の詳細はご存知だろうか?」
「いいえ。私は帝国へ嫁ぐように言われただけですので」
帝国へ行き、女神の神託を実行する。
それがすべてだ。
「なるほど……」
ディアナの返答にイーサンが納得したとばかりに呟いた。
そしてその後に、ディアナが驚く言葉を続けたのだった。
「ディアナ嬢、あなたの考えはわかりました。しかし、結婚式の中止はできない」
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