王弟の思惑
「私が興味があるのはあなただけ。ですので、帝国の政治はどうでもいいですし、あなたが望むならイーサン陛下の魅了を解いて差し上げます」
マレフィクスはいとも簡単に言い切った。
(つまり、彼にとっては陛下を操るのなんてたいして難しくもないということ)
ディアナは自身の背中に冷や汗が流れるのを感じる。
帝国の皇帝がこうも容易く操られてしまっている事実に恐怖を覚えた。
「ああ……心配なさらなくても、私には陛下をどうこうする気はありません」
「思惑はどうであろうとも、あなたのしていることは国同士が敵対しかねない事態に手を貸していることになりますわ」
「いいえ。私は自国内で香水を販売しただけ。それをどう使うかは購入者の手に委ねられています」
マレフィクスの言い分に納得はいかないが、彼の言っていることが間違っているわけではない。
それがディアナにとってはもどかしかった。
「陛下を魅了すると知っていて販売したことに問題はないと?」
「意中の相手に自分への興味を持ってもらいたい、その気持ちは先ほどディアナ様が望まれたこととどれほどの違いがあるのでしょう?」
たしかに、ディアナもイーサンの心を惹きつけるような香りはないか、と聞いた。
しかしそれはあくまで『好意的な気持ちになってもらいたい』というレベルのもの。
魅了の力はそれとは一線を画する。
「魅了の力は人の精神へ複雑に作用します。陛下の魅了を解くのであれば、私の協力は必須になりますよ」
精神作用のある力を解くにはそれをかけた者が解除を行うのが本人に対する負荷が一番少ない。
「……魅了の解呪と依頼者情報の開示、その対価にあなたが望むものは何でしょう?」
マレフィクスはディアナに興味があると言った。
であれば、女神の愛し子に関する情報やその実態などを知りたいのだろうか。
「私の望むものは簡単です。先ほどから申し上げている通り、あなたです」
「ですから、私に対して何を望まれるのかをうかがっているのです」
なかなか会話が噛み合っていないことにここで初めて気づいたとばかりにマレフィクスが目を見開く。
「気持ちばかりが先走ってしまい言葉が足りませんでしたね」
そう言うとマレフィクスはカウンター越しにディアナの右手を取り、うやうやしく自身の額に押しいただいた。
「私の望みは、ディアナ様、あなたにユエラン国へ来ていただくことです」
「!?」
(ユエラン国へ、行く?)
その言葉の意味を理解するのに数瞬を要した。
「フォルトゥーナとユエラン国との間には国交がありませんし、何より私はウィクトル帝国の皇后となる身。理由なくおいそれと国をまたぐことはできませんわ」
「もちろん、そんなことは理解しています。私は外交に来て欲しいわけではありません」
(国同士の交流をしたいという意味ではないというの?)
現状ユエラン国とのつき合いがあるのはオルランド公爵領のみ。
今後公爵領とだけでなく、ウィクトル帝国と、さらにはフォルトゥーナ国との交流に繋げていきたい、そういう意図ではないということだろうか。
「ディアナ様。あなたは男女の心の機微には疎いのですね」
そう言って、マレフィクスはディアナの右手の甲に触れるか触れないかの口づけをする。
「!!」
「つまりこういうことです」
(まさか……)
「私はディアナ様にウィクトル帝国の皇后ではなく、ユエラン国王弟妃になっていただきたい」
「無理ですわ!」
「なぜ?」
「私がイーサン陛下に嫁ぐのはウィクトル帝国とフォルトゥーナ国との取り決めです。国同士で決めたことを私の一存で反故にすることはできません」
「ならば、このままの現状を良しとされるのですね」
「……それは!」
このままではイーサンの魅了は解かれず、政務は滞り国内へも遠からず影響を及ぼしていく。
「聡明なあなたならどうすればいいか、おわかりでしょう?」
「……」
「あなたが頷いてくださるのであれば、陛下は魅了を解かれ、さらにはウィクトル帝国へ仇なす者たちを排除できます」
ゆっくりと、まるで遅効性の毒のように、マレフィクスの言葉がディアナの中に落ちていく。
「帝国を救えるかどうかは、ディアナ様、あなたにかかっているのです」
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