魅了の香り
「それは、陛下には魅了がかかっていますので」
「……!?」
『魅了』とは、その言葉の通り対象となる人の心を惹きつけて夢中にさせることだ。
人の心に干渉することから当然禁忌とされており、ウィクトル帝国では違法となる。
「それは穏やかではありませんね。帝国内において魅了は禁止されています。軽い気持ちでおっしゃっていいことではありませんわ」
咎めるようなディアナの言葉にマレフィクスは苦笑を浮かべた。
「ディアナ様はそのことをわかっていて私に香水の話を振ったのでしょう?」
手に持っていた瓶をコトリとテーブルの上に置くと、マレフィクスがディアナの瞳を覗き込むように見つめてくる。
「もしディアナ様が望まれるのであれば、私はいくらでも証言しますが?」
「どういう意味でしょうか?」
「言葉の通りです。私は誰が陛下に魅了をかけたのかを知っている」
歌うように囁いて、マレフィクスはディアナを惑わす言葉を紡いでいく。
「そしてそれを教えて差し上げても良いと言っているのです」
「あなたの言葉が真実であるという証拠はありませんわ」
「もちろん、信じるか信じないかはディアナ様次第です。しかし……」
不意に視線を外すと、マレフィクスは作業を再開した。
香りを選び、香料を溶かす溶媒を入れて混ぜていく。
そして複雑にカッティングされたフラコンボトルに香水を注ぎ入れた。
「証明できるのは私だけだと思いますよ」
できあがった香水を入れた瓶を、マレフィクスはディアナの目の前に置く。
「ディアナ様は未だ固い蕾でありながら、その奥から艶やかな香りを振りまいている。私の中のイメージですが」
透明なフラコンボトルの中の香水がゆらゆらと揺れていた。
「心配なさらなくとも、その香水は何の効能も加えていないただの香水です。特別な物には別のアプローチが必要なので」
マレフィクスは微笑んでいる。
しかしディアナの目にはその笑みが不気味に映った。
「あなたは陛下に魅了をかけた者を知っているとおっしゃいますが、いったいどうやって証明するつもりなのでしょう?」
「簡単ですよ。魅了に使われた香水を作ったのが私なので。証明の方法はいくらでもあります」
いともあっさりと、マレフィクスが答える。
そこには何の良心の呵責もうかがえなかった。
「それがつまびらかにされれば、あなたも罪に問われますが?」
ディアナの糾弾にもマレフィクスはその笑みを崩さない。
「それは無理でしょうね」
「なぜ?」
「私が魅了の香りを調香したのもそれを売ったのも、帝国内ではないからですよ」
「!?」
「ユエラン国ではどちらも合法です」
(つまり、マレフィクス卿はユエラン国で香水を作って売ったと、そういうことね)
そしてその相手はユエラン国まで出向いてその香水を手に入れたことになる。
国の定める法律の適用範囲は当然その国内に限られる。
つまりユエラン国での売買に関してウィクトル帝国側が罪に問うことはできない。
もちろん、帝国内に持ち込んだ時点で帝国の法に従う必要があるのだが。
マレフィクスの言っていることがたしかならば、彼は合法的に自身が調香した香水を売っただけということになる。
「仮に……仮にあなたの言っていることを信じるとして、いったいなぜあなたは他国の政治に関与し、さらには私にこんな話をするのでしょうか?」
「政治……ですか」
口の中で転がすように呟いて、マレフィクスは考えをまとめるかのように一瞬視線を天井へ投げる。
そして言った。
「私はウィクトル帝国の政治に興味もなければ関与する気もありません」
(イーサン陛下を魅了するという、これ以上ないくらいに国を揺るがす行為をしておきながら興味がないですって!?)
驚くディアナを見つめたままマレフィクスが言葉を続けた。
「私が興味があるのは…あなたです」
熱のこもった視線がディアナを射抜く。
「私?」
「ええ。女神の愛し子であるディアナ様、あなたですよ」
読んでいただきありがとうございます。
少しでも続きが気になりましたら、ブックマーク登録や評価などしていただけるととても励みになります。
よろしくお願いします。




